恋のパワースポット

 外に出るとなにやら周りはそわそわとして噂話をしていた。断片的にしか聞こえないが、まとめてみると隣の区で恋のパワースポットができたらしい。そこで告白をすると必ず成功するとか、結ばれたい人と行ったら良いとか、相手がほしい人が行くと出会いがあるとか。この付近ではパワースポットなどは全くなかったので非常に気になる。心なしか自分もそわそわとしてきた。


 一番近い休みの日にさっそく向かうことにした。場所までは噂では聞き取れなかったので、とりあえず区の境目までバスで行く。

 降りて、どこかで場所まで言っている噂話はないかと聞き耳を立てるがどこにもない。風までその噂をしていると言うのに。

 深呼吸をして、ない勇気を絞り出して風に声をかけてみた。

「あ、の、その、す、スポットはど、こですか?」

 緊張と恥ずかしさで激しく動く心臓がちょっと痛い。いつもは道を聞くときだけは人見知りが発動しないのに、なぜだか今回は発動している。なんともわがままな人見知りだ。

「あ、知ってるー私達も行くのー」

「一緒に行こうよ」

 と言ってくれたので、ありがとうとお礼をしてついていった。

 降りた場所から特に小道も入らずまっすぐ歩いていく。ここの車道は信号機も少なく、上には高速道路もあるので、利用者が多く非常に車が多い。その代わり、店やコンビニが少ないので休める場所もあまりない。

 ある程度歩いていくと、こっち、と言って風が曲がった。築年数が経っているのか古そうな家が並んでいる。店という店は全くなく、小さな郵便局があるくらいだ。なのになぜかやたらと道路が広い。十字路があるので確認のために左右を見るが、そこもやたらと広い。周りの家は駐車場があるわけでもないのに不思議だ。

 その道を曲がったりまっすぐ行ったりしていると、ぽっと全く雰囲気が違う場所に出た。先程とは全く違い、個人病院やコンビニやスーパーや、飲食店が並んでいる。よく見たら弁当専門店もあった。

 そして道路を挟んで向こう側に色々な者たちが集まっていた。横断歩道まで行き向こう側に渡ると風たちはとまって、それじゃあね、と言って別れた。

 見た感じそこらへんの道路に生えた街路樹だ。間を縫って背伸びして見てみると、幹にハート型のコブがあった。周りを確認するが人は誰も居ない。稀に1人歩く人がいるが誰も気がついていない。スマホで調べてみるが、ここにハート型があるというのに誰も噂をしていなかった。たしかにここにハートがあるのに、それもクッキリハッキリと。

 恋に興味がある時代は過ぎたのかもしれない。それでも、有名になる前にゆっくりと堪能できるのは良い。他に人が居ては急いでしまって思いも中途半端になってしまう。

 まずは縁起が良さそうなので写真を撮った。そして手を合わせて、ありがとう、の気持ちでお辞儀をした。

 それにしても、突然だ。突然、前触れもなくこんな噂が出てきた。いったいいつから、このコブはあったのだろう。


 見に来る者たちが減り始めたので木に話しかけてみよう。今度は夕方頃に来るだろうから人見知りなんて言わず早めに聞かないと、また集まってくる。夕方からは夜中をこえてもずっと集まるだろう。

 幹に手をそえ

「あの…木さん、いつからこうなったのですか?」

 と、他の者たちの邪魔をしないように小さな声で聞いた。

「ごくごく最近だよ」

「そうなの?」

「うん。このハートになったのはほんの数日。それまではだんだんコブが大きくなっていたんだけどもね、ただの丸だったんだよ」

「どうしてハートに?」

「きっとそうだね。最初は痛かったんだよ。このコブは元は病気でね。私も全然元気がなくて、倒れそうだったんだ。

 そんな中、子供が私をみて、コブを優しく撫でてくれた。痛いの痛いのとんでけって言って。どんな薬よりも効いたよ。

 それからだね。最初は遠くから運ばれた葉がここに落ちてね。ここに住んでいた葉に恋をしたんだ。最初は相手をしてなかったんだけど、真剣に相手の事を思って、きちんとひとつの葉として見ていたから、彼女も気になり始めたんだ。それからは早かったよ。お付き合いを始めて共に最後をむかえた。その時に、苦しんでいた私に葉たちは、コブに心を込めてキスをした。

 その次はいつもここを散歩している犬だ。その時はなぜだか飼い主は居なくてリードもなかった。どうしたの?と聞いたら、出れるかと思ったら出れたから好きな子に会いに行くんだ!と笑って答えた。僕はすごく幸せだから君に分けてあげるよ、とコブにキスをして走って行った。

 その次は、ここらへんに住んでいる高校生だ。なぜだか彼女は中学に入ってから元気がない。小学生の頃は上を見て目を輝かせて、世の中の負や怖いものを跳ね返すように走り回っていたのに…。今では猫背で下を向いて泣きそうな顔をしている。

 そんな彼女にある時彼氏ができたみたいで、彼氏と歩く姿を見かけるようになった。なのになぜか彼女は愛想笑いばかりして距離をとっている。好きな人なのになぜだろうと思っていたら、次の日幼馴染の女友達に相談していた。どうやら、断っているのにしつこくて勝手に彼女にされたとのことだ。さらに、親は彼氏ができることを望んでいて親公認なのだと。そんな日が数年続いて20歳になった頃、久々に幼馴染とこの道を歩いていた。

 私は何か変えられないかと思って葉を揺らしたんだ。そしたら彼女は上を向いて、口を締め目に光が宿った。

 あなたの事が好きだ、ごめんなさい。と、幼馴染に言った。幼馴染は1分ほど固まって、ほ、本当に?と答えた。彼女はコクリと頷いたら幼馴染は抱きついた。てっきり彼の事が好きなのかと、と泣いた。彼女は、私があなたの事が好きだと親にバレてむりやり彼といさせられたの、と吹っ切れた顔で言っていた。そして彼女はスマホを取り出し彼に別れるために連絡をした。その後、彼女は私を見て、あなたが悪い気を取り除いてくれた、小さい頃から見守ってくれてありがとう、とコブを撫でた。

 そんな日が続くうちに痛みはなくなっていったんだ。そして数日前にハートの形になった。きっと、皆の愛が詰まっているんだよ。今まで不調だったのに、今ではすっかり元気になったんだ」

「本当に詰まってるみたいだね。なんだか幸せになった気分だよ。すごく心が穏やか」

 それはよかった、と言いながら木は葉を揺らした。

 ここであった話を聞いたら、頑張ろうと思えてきた。世界は希望で満ちているのかもしれない。たしかにパワーをもらった。

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