思い出の中の商店街

 今週の献立表の夜の欄に、湯豆腐、と書き加えた。

 少し値が張るがスーパーではなく豆腐屋さんに買いに行く。豆腐のしっかりとした味が大事なので仕方ない。本当は、京都で食べたあの店の豆腐の方がもっとしっかり味があって食べたいが…。そうなると旅行になってしまう。それにご飯も食べられるように東北のやり方をするので、しいたけやちくわも買わなければいけない。

 湯豆腐なので豆腐だけを食べるのも美味しいのだが、タレをつけると豆腐がご飯と合うのだ。単品やサイドのように思っていた淡白な豆腐が、ご飯のお供になると知った時は凄い衝撃だった。ああ、早く食べたい。まだお腹が消化しているというのに、お腹が一気にすいてきた。

 靴を履き外に出る。久々にあそこの豆腐屋さんに行くが開いているといいな。そう思いながら歩いた。


 いつも行く商店街から遠目の商店街。ここはシャッター街になっているが、ちょぼちょぼとまだ開いている店がある。潰れた店を買い取って、それを解体しマンションを建てているのもあるが、元々商店街なので全く似合わない。無理矢理詰め込んでいるので見ているだけで崩れたりしないか不安を覚える。

 人がいないので静かではあるが、代わりに小人や妖精や動物たちが賑わっている。シャッターの前でお店をしていたり、空き地をペットの運動場にしている。駐車場は小さい者たちの乗り物でいっぱいだ。

 あちこちで楽しげな声が聞こえる。友人との遊びで心が弾んでいるからなのか、それともさらに酔っているからなのか歌っているのも見かける。

 歩いていくと次々と変わって香ってくる美味しそうな香り。月の光を練って作ったお菓子や花びらを漬けたジュースのようなその子たちの郷土料理から、人が開発したラーメンや居酒屋までと幅広い。

 そしてその間には、手作りのぬいぐるみや似顔絵や家の要らないものを売ったりしている。たまに評論家っぽい子が、腕を組んでそれっぽい事を言ったりしていて面白い。真似事なので最後ははしゃいでいるまでが1つの流れだ。

 見ながら歩いていると何かを作っている集団がいた。見た感じでは私の膝と同じくらいの高さのものを作っている。熱い熱いと言いながら、何かをぐねぐねとこねている。

 そのこねられた半透明の青いものを次は、伸ばしたり風船のように膨らませたりし始めた。途中で緑色や水色などが出てきてさらに分からないものになっていく。

 それが数分後には孔雀の姿になった。ちょっと前まで謎の物体だったのが、たった数分だけで美しいものになったのだ。あれがこうなるのか、全く頭の整理が追いつかない。いったい何が起きたというのか。最後は魔女が見かねて、魔法で強制的に形作ったんじゃないのか。作るというのはなぜこんなにも謎でできているのだろう。

「飴が完成しましたー食べたい方どうぞー!」

 と作ったうちの1人が言うと、周りにいた子たちが集まった。作った子たちがきれいにパキっと割って渡してく。私も気になるので並んで待ってみた。バランスが崩れないようにあちこちから割っているのだが、それが逆に憐れな姿に見せる。

 それにしても飴というのはあんなにぐねぐねと曲がるもんだったのか。風船のように膨らます、とは言ったが、吹きガラスの方が近いかもしれない。そして絵のように、こんなにも自由な曲線を描くというのか。全く、知らないことばかりだ。

 自分の順番が来て、飴をもらった。

 ありがとう、と言ってさっそく口にいれた。人間の作る飴の味と同じかと思ったら少し違う。胴体の青い部分なのだが、甘いだけじゃなく柑橘類のような爽やかさがある。どちらも主張しすぎないで食べやすい。だからなのか、飴をなめる時は喉が乾きやすくて飲み物がいるのに、これは乾かなくて必要ない。

 半分まで歩いて行くとやっと人間のやっている店がちらほら見えてきた。朝から歌って飲めるスナックに昔からある喫茶店。人は居ないが、比較的新しく作られたコインランドリーも出てくる。それでもとても静かだ。中から声も聞こえやしない。またすぐにシャッターになって、先に精肉店と八百屋があるがおじいちゃんおばあちゃんが数人買い物しているだけだ。

 その先をさらに行き、いったん横断歩道に出た。ここはまだ車も多いので飲食店が少しだけ並んでいる。だけど、歩く人は全くいない。

 横断歩道を渡り、続きのシャッター街を歩く。ここは迷路のように左右にも広がっていて楽しそうな場所だ。先程の商店街とは違って人も全く居なくて道が壊れているところもあるので走ると危険だが、脳内でホラーゲームを想像して歩くにはとてもいい雰囲気をしている。

 ここにも昼間は小さな者たちが店をだしている。そしてこの雰囲気だからなのか夜に開店するスナックや飲み屋が多めだ。

 店という店の形ではないが、占いや何やら怪しげないわくつきのような店も、店の間によく見かける。前に、客が売り物を手にとって買うかどうか迷っていたら、突然発狂して気絶したのを見たことがあるので本物なのだろう。それにもう1つ…噂だが、飲み過ぎで喧嘩が始まって、とある品物を踏んづけた2人がそれ以来居なくなったとも聞いたことがある。

 そんな大筋の商店街から左にそれるとすぐに空き地に出る。そこは下積み用の簡易的な会場になっていて、毎日新人や始めたての子のマジックショーや落語や絵本の読み聞かせなどをしている。変わり種もあって、アナウンサー志望の子もいたり、たまにプロが人前に全くなれないから練習しにくる事もあっていつもここの会場は満席だ。

 前はここの道も書店があったのだがそれもなくなってしまって全く寂しい。そのまま進むと目的の豆腐屋についた。

「あれ?村長さん?」

「おや、ゆめみじゃないか」

 豆腐屋の前で複数人集まっている。店はシャッターが閉まっていて、ざわりと胸を撫でた。

「こ、ここで集まって…何してるの?」

「ここも閉まってなぁ。わしらでどんな店を開くか話あってるんじゃ」

 周りで3人くらいの子たちが、心霊ツアーが良い、いいや豆腐屋だから豆腐屋だ!とか怖い話屋と言い合っている。

 また、知っているところがなくなった。手作りで豆腐を作ってる店はそうそうないというのに。あそこの書店だって、大手じゃ手に入らない珍しい本がいっぱいあった。鶏肉専門の精肉店もあって、弁当もやっていてそれがとても美味しかったし、常連の家には配達さえしてくれた。ただでさえ少ないのに、私がたった20数年生きていたうちにさらに何個かなくなったのだ。

「そ、そうなんだ。ここらへん、豆腐屋がないから豆腐屋をした方がいんじゃないかな…」

 さっきから肌触りの悪い布で心臓が撫でられているように感じる。寂しいけど外だから泣くことはできない。我慢して逆流する涙で胸が少し苦しい。

「そうだねぇ、豆腐屋がいいのう」

 と村長が言うと、豆腐屋をしたかった子が喜んで準備を始めた。他の子らは2人でやけ酒をするらしく肩を組んで歩いていった。

「昔はな…」

 村長は斜め向かいの八百屋を見て呟いた。閉店セールと書いているので、ここもそろそろなくなるのだろう。

「昔はとても賑やかだったんじゃがの。いつからこうなったんだろうなぁ…昔は皆笑って、近くに駄菓子屋があるからここの道は子供が多かったんじゃ。近くの子供は皆の子供での、皆で助け合っていての。

 喫茶店で待ち合わせをしたり、そこで新たな恋が始まったりの。あぁ、喫茶店でゆっくりコーヒーを飲んで本を読んでいるものもいたなぁ。その店の雰囲気が好きみたいでの。

 精肉店があったろ?今はない鶏肉専門とまだ残っている豚と牛の。あそこはの、昔は飲食店もしてたんじゃ。焼き肉での、晩御飯や仕事終わりに来る人でいつも満席だったんじゃよ。

 スナックもたくさんあって、帰る時に友人と歌いながら帰ったりしてての。

 今はもうないが、昔には大手ハンバーガー屋さんも来てたのう。

 書店もな、予約購入も多くてな。店主も幸せな愚痴を言っていたものだ。売れすぎて忙しい、と。

 それが今や皆活気がなくての。ある時お金の巡りがビタッと止められての、それで皆が節約するようになったからここの店の人たちは生活ができなくなって、引っ越すこともできず向こうの世界に行くものも多くて…。それでさらに人が減っての。

 誰も住まなくなったから子供もいなくてなぁ。

 戦争からあそこまで立て直したというのに…立て直してからたった数十年で、それも戦争も起きていないというのになぁ…。

 …はぁ、いつから道を間違えたんじゃろうな。そしていつまで間違えるんじゃろうか。その間違いに気づける日が来るんじゃろうかのう…」

 と涙ぐんだ声で言った。

 昔の賑やかだった時代はいつだか分からないけど、ここには恩恵があったのだろう。

 昔は国民負担率が低かったのもあり、国民が銀行からお金を借りて店を作ったり品物を仕入れて売ったりしやすかった。

 借りたら店を作るために依頼された者たちにお金が渡り、そこから給料として支払われその人たちは客としてどこかで使う。そしてぐるぐると巡っていく。

 店が出来たらその循環で何かを売って、買ってもらって銀行に返す。

 だけどそれではもたない。国民がそうやってお金を世に出すのは銀行に借りているからだ。例えば100万借りたら110万にして返さなければいけない。その余分の10万を他の人が借りて世に出したお金から集めるのだ。

 国民だけでまかなおうとすると、返していった分、世の中からお金が減っていく。今より少ないとはいえ税金もあるのでその分減っていってだんだん返せなくなっていく。

 だからこそ自分で通貨を発行できるこの日本が対策をたてないといけないのだが…。だからこそ、被災地やインフラを整える事や、国民の動きを止める時や色々な事に国が動かないといけない。

 金本位制の時代と違って今は管理通貨制度なのだ。

 それに今は様々な製品が作られ、様々なサービスもある。昔とは違うのだ。

 何も考えず、考える事をやめていけば下から倒れていくだろう。税金が重くて、生活が苦しくなったら嘆きはするけどそれだけだと、いいカモだ。


「また明るかったあの頃が来るのかのう…」

「…私は…来させたいです…」

 いくら人間が暗くなってもここの小さい者たちは、人間が帰ってくるのを待って、夜も灯りをつけているのだろう。また、昔のように賑やかになってほしいと思って。

 もう過去の夢となってしまった思い出の中の商店街を維持している。

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