宝石瓶

 サンダルを履いて波打ち際を歩く。気になるものを見つけると手に持っていた瓶に入れる。他と違う色の砂粒、角が取れたガラス、色々な形の貝殻。その子達と話をして、許可を得てから小さい瓶にいれていく。小さい瓶なので海の端から歩いているうちにすぐにいっぱいになる。そうなると家に持ち帰り、その子達から色々な話を聞くのだ。


 家に着き、改めて小瓶を見る。様々な大きさの貝殻やガラスが砂に囲まれて絵みたいで可愛い。部屋の模様替えをするなら、海をモチーフにするのもいいかもしれない。乳白色の棚の上にこれを飾るのだ。いつかそういう部屋にしてみたい。

 デスクに小瓶を置き、道中で買ったお茶を鞄から取り出して椅子に座る。意外と疲れていて、全身が少しだるい。お茶を飲み乾いた体を潤す。

 ひと呼吸おいて小瓶に、話聞かせて、と言った。

「あら。じゃあ、先に怖い話はどうかしら。最近あった事なのだけれど」

 と、指の腹に乗せれるくらい小さい貝殻が言った。

「どんな事があったの?」

「女性がね、子供を2人、抱えて泣きながら泳いでたのよ。怪我もしていてね…さすがにこのままじゃ捕食者に食べられてしまう。それはあまりにも可哀想だから周りの生き物と一緒に彼女達を手伝ったのよ。

 どうしたの?と聞いたら、幼馴染の彼に子供と一緒に捨てられたって言うの。


 昔からずっと仲良しでね。泣き虫で後ろを着いてきてた彼はいつのまにか太陽みたいに周りを惹き付けるような魚になっていた。大きくなっても自然と2人は仲が良くて、このまま幼馴染のままかと思いきや彼から告白されて付き合ったの。まさか自分に、そしてまさか彼と付き合うとは思ってもなかった。これまでと同じずっと一緒にいる訳だけど、恋人という関係は幼馴染とは違った。それはもう楽しくて楽しくて。

 子供の頃は、周りでは誰と付き合うか、どんな人と結婚したいか、などの話でもちきりだったけど自分にはピンと来なかった。友達とバカな事して騒ぐ方が楽しいと思っていた。そんな自分が、今、楽しんでいるのだ。自分の事だというのに不思議だ。

 そして結婚した。死ぬまで一緒なんだろうなぁと思っていた。

 けれども子供が出来てしばらく経ったら追い出されてしまった。出ていくまで攻撃されて、さらに出るのに必死で外へ泳いでいるのに執拗に攻撃されて。末っ子がその攻撃で死んでしまったの。

 理由はうっすらと感じ取ってはいたそうで。

 いつだったか。これまた美々しい魚が突然家を訪ねてきたのだ。ただ美しいだけではない。彼女の話す言葉、声の1つ1つから彼女の事を知りたいと感じさせる。行動するだけで気になって目が離せなくなる。

 彼女が言うには、大きな魚に食べられそうになっていた所を彼に助けられたのだと。そしてそのお礼をしたいと。

 2人で、そんな事はしなくていいと断ったが、向こうも引かなかったので生活の手助けをしてもらうことになった。自分が子供のお世話に集中して、その他は彼女にしてもらう。食べる事にも全く困らなくて最高の数日間だった。

 お礼も終わり、彼女とさよならをした。その日以来、彼は家に帰る日が少なくなってきた。

 何日か帰らなかったあと、突然帰ってきたと思ったら追い出されたのだ。

 彼女は今では周りの魚達に助けられて無事に楽しく過ごしているわ。


 半年経った後、誰もが逃げてしまうような形相で泳いでいる魚が居た。あまりの怖さに皆、隠れてしまったくらい。このままずっといられても、こちらが生活できなくなるから聞いてみたのよ。

 彼曰く、子供を勝手に連れて出ていった彼女を探していると。責任も果たさずに逃げたと言うのだ。

 小さい頃からずっと一緒にいて、ずっと仲良くしていた。そんな彼女の事をいつしか好きになっていて、お互い大人になったからいい機会だと思い勇気をだして告白をした。好きだった彼女と幼馴染から抜けて恋人になれて最高に幸せだった。日が経って一緒に暮らして子供にも恵まれて。このまま孫の姿も見る事ができたらなと思っていた。

 ある時、帰りに大きな魚に追われている同じ種の魚を見つけた。食べられかけているというのに逃げまどう姿は舞っているようで気づいたら助けていた。

 数日後、その魚はお礼をしに来た。彼女が何かを話すたびに、動くたびに、目が合うたびに心が侵食されているようで。

 お礼をしにきたのだが、頑張りすぎたのか彼女はやつれてしまったので、介抱をしていたら日にちが経ってしまって気がついたら家には誰も居なくなっていた。

 そんな彼はずっと探していて、事情を知らない者たちから探すのを手伝ってもらっているわ。


 それから半年くらい経った後。

 ゆら、ゆら、と白いモヤが泳いできた。そのモヤは前に進んだかと思えば元の場所に戻っている。

 少し時間が経って、そのモヤは突然、雄の魚に変身した。近くに住んでいる魚と同じ種なのにそのモヤが変身した姿は、なぜか目が離せなかったの。そのモヤは、イソギンチャクから雌の魚が出てくると、よろよろとよろけて倒れだした。彼女はモヤに近づいて介抱し始めた。

 その何週間後かに、彼女とモヤが追い出されてどこかへ消えた。

 また日にちが経った後、モヤが1人で戻ってきたので聞いてみた。

 自分に対する恋愛感情をご飯にしていると言った。

 それって危ない目に合わないの?と聞いたら、合うよ、と言った。

 どっちに行っても雌を攻撃して追い出されるから、それなら雄からご飯をもらって自分は攻撃されないようにしているんだそうよ。特に困っていなくても、少しよろけるだけで自分の家まで来てずっと恋愛感情をくれるから簡単でいいそうで。ただ1年前だけは気分が悪かった、と。

 あの時は、雄に近づいた。お礼をしに行って、別れの日に少し疲れたふりをしたら、いつもの様にあれやこれやとしてくれて。家族の事をほったらかしにして私にご飯をくれたわ。それもたくさん。余程私に惚れたんだね。彼は彼女の悪口をいい始めたの。

 あいつは昔から俺にべったりでウンザリだと。この結婚もあいつに押しかけられて、無理矢理子供を作らされたから、だけど俺は責任があるから逃げる事もせずにいたんだ。付き合ってもいないのに酷いもんだ。と言っていたから、別れたら?と言ったらその日のうちに家族を追い出したの。そして私と暮らした。暮らしているうちに彼は年を取って、恋愛感情も美味しくなくなったからモヤに戻って次のご飯を探していたら、次の日彼は怒っていたわ。数日したら今度は自分が追い出した奥さんが出ていったと言って怒りの矛先を向けていたわ。

 可哀想なもんよね、奥さんも。と笑っていたのよ。いったいどれが真実なのか、それともそれぞれの中では真実なのか。私は奥さんと子供の姿を見ているから奥さんが見つからない事を祈ってるけどもね」

 溺れそうな怖さだった。海の中にもそんな話があるのか。そんな世界があるのか。嫌な感じの怖さだ。

 まだまだ知らない世界があるものだ。

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