手のひらサイズわんこ
あまりにもショートケーキが食べたくなった、いや、美味しい生クリームが食べたくなったのでいつもの喫茶店に来た。そして1つめを頼んだはいいが、2つめを注文するかしないか酷く悩んだ。ケーキはホールで食べてしまうから家族から健康の問題で禁止にされている。だから我慢しようと思うけどそれが難しかった。
いつも行ってる喫茶店なので食べ過ぎたら、家族と出会った時の話題に出るだろう。でもあの、甘いけど上品な感じの生クリームが食べたい。どう紛らわそうか、机の上でこちらの様子を見ている本屋さんに聞くか、と散々悩んだあげく紙にショートケーキと書いて注文してしまった。
2個ならまだ皆も食べる範囲だと思う。椅子の背もたれにもたれかかると、くすくすと本屋さんが笑った。
「やはり頼みましたね」
「わ、わかってたの...?」
「ええ、まだ我慢できる余地があったらいつも本屋に聞くのに今回は聞かなかったので」
そこまで見られてたのかと思うと恥ずかしくてモゴモゴしてしまった。
店主がショートケーキを持ってきてくれたのでそちらに集中した。
「最近、お疲れですね。明日、本屋お手製の食べられる花が完成するんです。良ければどうですか」
と聞くのでもちろん、うん、と答えた。食べられる花は親から聞いたことはあるけどそれとは違うのだろうか。どちらにせよどちらも食べたがことないのでとても楽しみだ。
家に着いたら大急ぎで家事をする。そしてそれが終わるとまた大急ぎで手を洗う。少し不安なので手首まで洗う。そして自分用の飲み物とお水を持ち部屋に駆け込む。
部屋に入ると待ってましたと言わんばかりにお出迎えされた。
「可愛いなぁ!喉渇いたろ!ほらほらお水だよ」
なんて普段は絶対に出さない声で話しかける。誰も居ないからできることだ、見られたら引きこもってしまうだろう。
すぐさま部屋に置いてある水入れに水を注ぐ。すると、その子は水を飲み始めた。
行く前にも入れて行ったけど、私の手のひらと同じ大きさなのに飲んだものはどこへ消えているのだろう...。
飲んで落ち着いたのか今度は一人用の座椅子のようなソファに乗って、こちらを見る。仕方ないなぁと心の中でデレデレしながら自分も座った。
水以外何も口にしない不思議なこの子。小さな犬なのだが、あまりにも毛が長くて丸い毛玉の様に見える。毛から目や口や足先がちょこんと生えてる様に見えるのが面白い。そして触り心地が凄くふわふわだ。わたあめみたいでずっと触ってしまう。おまけにこの子は自分が可愛い事を知っているのか、嬉しい時の表情は口を開け広角が上がって笑顔に見える。なのでついつい、可愛いでちゅねーなんて言葉を発してしまう。なので悪魔だと言われても信じてしまうだろう。
今も最大限に自分の可愛さを使っている。私の太ももにちょこんと手を置いたりして、こちらに上目遣いをしている。その上目遣いのやり方も控えめにしていてまた可愛い。
「なぁに、どうちたのー!」
と言うと、その子はパァっと笑顔になり尻尾をブンブンふる。喜んでくれた嬉しさに膝に乗せ撫でまくった。するとその子はすぐにコロンとお腹を見せてくれる。
はぁぁ幸せ...。
ひとしきり撫でた後、私が子供の頃に遊んでた小さいボールを取り出し、軽く投げる。すると誰も教えてないのに取って来てこちらに持ってきた。
最近少し疲れているからこの時間が幸せだ。
「可愛い可愛いふわふわ毛玉ちゃん」
と呼ぶと嫌がるけど一応しぶしぶこちらを見てくれる。きっと他に名前があるのだろうが話すことが出来ないので、私の呼び方で妥協してくれているのだろう。
「んふふー」
それがまた嬉しくてニマニマしてしまう。
今日はやる事は終えてるのでこのまま晩御飯やお風呂までゆったりと過ごそう。
朝、窓を叩く音で目がさめた。不審者かと思い体ごと一気に覚醒した。
窓を見ると本屋さんだったので、一気に脱力した。驚いたなんて思いながら窓を開けて本屋さんを中に入れた。
「良かったです生きていたのですね。安心しました。昨日約束した日なのに来なかったので心配しまして」
なんて不思議な事を言った。たった1日で心配しすぎじゃないか、いや、本屋さんは昨日約束した日と言った。
「あれ?今日が行く日じゃないの?」
「いえ、昨日です」
そう言いながら本屋さんは部屋を見渡す。
「昨日約束して...あれ、昨日だっけ...」
「ゆめみさん、この1週間、本屋と会ってる事覚えてますか」
「え?昨日あったばかりで、前は...えぇと...思い出せないけど前も会ってる...?」
今度はベッドを探り始めた。
「最近、犬の様な子を見かけた事は。あるいは周りに何も居ないのに犬の声が聞こえたとか」
「あぁ、犬なら一緒に住んでるよ。えぇと...いつからかはわからないけど」
何やらベッドで何かを見つけたらしく、これは...と本屋さんは呟いていた。
「それが原因ですね。ほら、出てきなさい!どこに隠れているんですか!恋人が探しにこちらにまで来てましたよ!」
と本屋さんが大声で言うと、デスクと壁の隙間からいそいそと出てきた。
「ごめんなさい...実は友達と食べ歩きしてたら食べ過ぎちゃっていつの間にか迷子に...」
「昨日、近くで探していたのを見つけて、もしかしてと思いここの事を話しましたので...恋人、外で待ってますよ」
「はい...あの、人間さんごめんなさい」
としおらしく言うので、いいよ、と言った。それよりずっと話さなかったのが突然流暢に話し始めたのに戸惑っていた。
まだ鍵を閉めていない窓を器用に開け空中をトボトボと歩いていった。
全く分かっていない私は本屋さんの方を見てみる。
「先程の犬は時間を食べるんです。色々な生き物の忘れたい時間とか、早く終わって欲しい時とか。なのでいつもはこういう場所には絶対に来ないんですが、どうやら友達と夜通し時間を食べ歩いていたら、酔ってしまって感覚が分からなくなってしまったみたいで迷子になったそうです」
「ああ、だから...ここ最近、なんだかおかしかったんだ。何回も遅刻や休みになっていて、なんだか職場の空気がピリピリしていたの...周りと会話が噛み合わなかったし....」
「ええ。本屋も噛み合わなくて不思議に思ってました。ああ、そうだ、一昨日言っていた花を持ってきたのでお茶にしませんか」
「うん、起きたてだから色々準備してくる」
偶然壁にかかってある時計が目に入った。朝だと思っていたけど、お昼の2時になっていた。昨日も一昨日も同じ日に思える、溶けたような感覚。いつの間にかその日に、その時に飛んでいる不思議な感覚は、自分も酔いそうだった。
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