羽化
ここ最近、喉がかすれやすくて喋りにくいからと仕事が休みがちになっている。風邪かと思い病院には行ったが何もないとの事なのでほとほと困っているのだ。
このまま原因不明が続けば生活に支障が出るところだけではない。
声だけにしか影響が出ていないので、風邪というにはなんだか違うような気もする。この原因不明の怖いものが早くなくなるようにと祈る事しか出来ないのがまた苦しい。
声がかすれてから食べ物が喉を通りにくくなっている、けれど、栄養は取らないといけないので頑張って飲み込む。少しのご飯にお水を多めに含んだりと工夫をしてみるが、何をしてもなかなか苦しい。そもそも飲み物ですら何か引っかかる感触があるのだ。
原因不明という事も余計に恐怖をあおる。家族が居ない間に一人で呼吸困難とかに陥り苦しみながら死ぬんじゃないか...そう思うと余計に食事が怖くなった。
茶碗1杯も食べられないうちに満腹になり、ラップをし冷蔵庫に閉まった。少ししか食べてないので多分後でお腹がすくだろうと願って。
ずっと仕事を休んでいる上に家事も休んでいる日が続いて、申し訳ない気持ちがつのっているのでこっそり家事をする。熱も鼻水も咳もない分、風邪じゃなさそうなのが本当に申し訳ない、と、色々とネガティブな事を考えながら洗濯物を干していった。
一通り終えたあともまだ体は元気なので、忘れてる事はないか部屋中確認していく。大掃除の時にしかしない窓拭きも終わってるし、滅多にしない洗面所も終わってる。エアコンは数日前に家族が綺麗にしたばかりだからしなくていいし、自分の部屋は暇すぎてとっくに終わっている。自分の分かる範囲では終わってる事を確認したので、リビングに行きテレビをつける。
する事がない、話す相手も居ない、誰も居ない、そんな空虚さから通販番組などの人の声が少し安らぎになった。
それから何時間か経った頃、チャイムが鳴った。
出てみると義兄だった。
「大丈夫?お姉さんから聞いたよ。お姉さんが仕事が終わったら見てくれって言われたから失礼するね。あぁ、台所を借りてもいい?」
うん、と言う事もしんどいので頷いた。
先程とは違って人が居る安心感からか少し眠くなり部屋に戻り眠った。
起きると外はもうすっかり真っ暗になっていた。寝すぎたかと思い時計を見ると8時だった。とりあえず降りようと部屋を出たら凄く優しそうないい香りがしていた。
リビングを覗いてみると義兄が野菜炒めなどを作っている。声を出しにくくてもお礼は言わないといけないので近づいて声を出した。
「ず...みません、ありがとうございます。お義兄さん」
なにか違和感を感じた。最初こそ引っかかりはしたものの、声に違和感がある。
「...?。ああ、いいよ、家族だからね。それよりほら、出来たら呼ぶからソファで横になってて」
と言うので言葉に甘えてソファに座った。なんだか喉が気持ち悪いので軽く咳をしてみる。
やはりいつもと違う。本当は風邪だったのだろうか。それにしてはおかしな症状の出方だ。テレビに反応してる風に誤魔化して声を出してみる。いつもと声が違うは違うのだが、お腹に力が入って喉に向かった時、喉から出るときがなんだかおかしい。喉が動いていないような。
試しにお茶を用意して飲んでみる。前より引っかかりが少ない。良くなっているのか悪くなっているのか...。
テーブルに料理が次々に置かれていったのでいったんご飯にすることにした。
「おかゆ作ってみたんだけど、ごはんかおかゆどっちにする?」
少し悩んで、おかゆ、と言った。
「さて、これで全部だから食べようか。今日もう少ししたらお姉さんこっちに来て食べるって。楽しみだね」
「うん。....い”...ただきます」
おかゆをスプーンに少しのせて、息を吹きかけて冷ます。そろそろかなと思い口に含むと冷めていたので、次は何もせず食べてみるとちょうど食べやすい温度になっていた。姉も私も母も猫舌なので冷ましてくれていたのだろう。
一般的な卵がゆが優しく全身に染み渡る。喉の引っかかりが薄れているので、食べるのが少し楽しくなった。
今なら野菜炒めが食べられるんじゃないかと思い、キャベツの部分を取り食べてみた。こちらはあっさり喉を通った。引っかかりなんてしない。喉越しの良いはずのおかゆがまだ少し引っかかり、喉越しの悪いキャベツがつるりと入るというのはなんだろう。肉を食べてみたらそれもあっさり入っていった。
今回は前みたいに、飲み込みにくくて息苦しさがあるわけではないので、満腹感を感じるまで食べることができた。
食べ終わって片付けようとしたら義兄が、僕がやっておくからお風呂にはいっておいで、と言われたのでこれまた言葉に甘えた。
着替えを持ち階段を降りると、ちょうど姉が帰ってきて靴をぬいでいるところだった。結婚してからあまり会えないので、あまりの嬉しさに走って抱きついた。
「ただいま」
「ぉ...おかえり。ご飯、お義兄ざ、作ってて、凄く美味しかったよ」
へへへ、と笑っていたら、姉はギョっとした顔でこちらを見た。
「え...!声がおかしい、ちょっと喉見せて」
なんて言うので、口を開ける。
「うーん...何もないわね...熱...も特にない...喉の違和感酷くなってない??」
「う、ん。少しだけマシになったよ。ご飯も引っかかりが少なくな、てて晩ごはん食べれた」
「他には何もないから....お父さんが帰ってきたら見せてみてね」
うん、と言ってお互いそれぞれのとこに向かった。
体も洗い終わり歯も磨き終わって湯船につかる前にもう一度頭からお湯をかける。
そして、念の為鏡で口の中を見てみたが、やはり何も見えない。
未だに分からないことにため息をついて、お風呂に足を入れる。少し熱めの湯が体をほぐしていって心地いい。
お風呂の中に入れて温めていた白いタオルを湯船の外で軽く絞る。そしてそれで鼻以外を覆う。これがまた最高なのだ。これのせいで何度寝落ちする事があっただろうか。
そうして後少しで寝そうになっていた頃。どこからか、すみません、と声が聞こえた。周りを見てみるが誰も居ない。なのにまた、どこからか小さく、すみません、と聞こえた。もしかしてお湯の中にいるのかと探してみるが何も居なかった。安全なはずの家の中で、ましてや無防備になるお風呂の中で幽霊なのかと思ったら、体が冷たくなった。
あの、とまた声が聞こえる。たしかにこの中で聞こえるのだ。
口の中です、と聞こえたので湯船を出、鏡の前で口を開けてみる。中には、小さいほぼ白色に見える生き物が居た。よく見てみると黄色などが淡く色がついているようにも見える。
「あぁ、確認されましたね。もう元の場所に戻って話すので口を閉じていただいて大丈夫です」
と言うので口を閉じた。そして冷えた体を温めるため湯船にもう一度使った。
「突然すみません。私、いわゆる寄生虫というものでして、蛹になる前に生き物の喉に入って羽化したら落ち着くまでの間にあなた達の喉から食べ物を少し食べてるのです。飛び立てるようになるまで少し苦しいと思いますが...蛹の時より少しマシになると思います。話すときも代わりに話しますし、食べる時は引っかからない場所に移動しています。なのでどうかよろしくお願いします」
今声を出して良いのかわからないので頷いておいた。通じていたら良いけれど。
それにしてもいつの間に喉に入っていたのだろうか。蛹になって違和感を覚えるまで本当に何も感じなかった。
病気じゃなかったけど、喉に誰かがいる。初めての寄生なので物凄く気持ち悪く怖い。こちらに害はなさそうなのがまだ救いだ。
羽化して以来、食べ物が引っかかりにくくなって食欲も徐々にではあるが戻っていった。たまに喉を通りやすい柔らかい食べ物の時は多少違和感はあるが、そういうのを食べているのだろう。
2日くらい経ったときのお昼頃だった。また、すみません、と声が聞こえた。
「もう飛べる状態になったので出ます」
と言うので口を開けた。
低い音がかすかに聞こえるので飛んでいるのだろう。体内から聞こえるのがまた不思議な感覚だ。
そのまま外に出ると飛んだままこちらを見た。前の時とは違って、白色がベースだがパステルのような水色や緑色系統のぶち柄がついている。羽は蜂の様な動きなので何色か見えない。目が茶色でいかにも虫かのように大きい。見た感じでは全体的にもっちりしていて凄く柔らかそうだった。
「ありがとうございます。長い間お世話になりました」
「い...え」
あぁ、自分の声だ。やっと自分の元の声が聞こえる。それに喉には何もない解放感。
玄関は遠いのでそのまま窓を開けるとその虫はどこかへ飛んでいった。
解放感で晴ればれとした気持ちと、頷いたとはいえやはり良い気持ちはしないモヤモヤとした感じが混ざっていた。
あの子達には悪いけど次からは寄生されないよう調べておこう。やはり蛹の時の苦しさは怖い。
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