お休みクジラ

 アラームが鳴って、もう起きて仕事に行かないとという気持ちにはなるが、まだ外が暗かったので思わず二度寝をしてしまった。

 とはいっても起きないといけないという気持ちが強すぎて慌てて準備をする夢を見た。そして気持ちが強すぎて、夢を見ててもすぐ目がさめる。それを数回繰り返し、だんだん起きないとという気持ちのおかげで目がさめてきた。

 アラームがなっている、ということはもう明るくて良いはずなのになぜだか暗い。目がさめていくのと同じくらい、何故だろうという気持ちも大きくなり目を開けてみた。

 空気が目にしみて痛い。何回も目をパチパチさせ痛みが薄らいだ所で見てみると、天井が白色に染まっていた。私の部屋は、天井は星空をイメージしていて紺色になっている。それが今は白色になっていた。

 不思議なことにその白色は少し動いているように見える。何なんだろうと思い、ほうきでつついてみようとするが届かないので投げてみた。するとその白いものはビクンとなったあとゆっくりと動いた。

 天井を覆っていたものがなくなっていき朝の光が部屋の中に入ってくる。

 そしてゆっくり顔らしきものをこちらに向ける。

「ごめんねぇ。ちょっと僕、迷子になっちゃって、疲れちゃったからここで休んでたんだ。すぐ行くよ」

 と、またゆっくり動き出した。少し離れたのである程度の姿が見える。害のあるものじゃないと知り心がホッとした。

「そうだったの?だったら申し訳ない事をしたよ。もう少し休んでいきなよ。ねぇ、その迷子になったのってここの近くなの?」

「うん、ここらあたりで迷子になって、探してたんだけど疲れちゃって」

「だったらクジラさん、家族が迎えに来るまでここに居たほうがいいよ。人間もそうだもん、迷子になって動き回らないでその場にいた方が良いって言うの」

「そうなんだぁ。じゃあ、ここで休ませてもらうよ。お詫びに雨や風や雷が入らないようにしてるから」

 そう言ってまたゆっくりと動いて先程のようにお腹で天井に蓋をした。

 クジラとは初めて話す。ただ朝の準備するのではもったいないと感じなるべく話題を探してみた。

「ねえ、あなた達はクジラなの?」

 考えすぎて逆に、見たら分かる質問をしてしまった。

「うん。クジラだよ。皆からメアカマルクジラって言われてるよ」

 と、またゆっくり動いて目を見せてくれた。なるほどよく見てみたら目の周りが赤色だ。クジラなので黒くて見えにくいがたしかにあった。

「あとはヒレが他より丸いよ」

 それはここからじゃ見えないから、いつか見てみよう。

「そうなんだ。見せてくれてありがとう。よく見たらたしかに赤色があるね。...と、ご飯行ってくる。またね」

「うん。じゃあ僕もー」

 寝起きでまだ重い体を無理やり動かす。

 部屋を出ると、物凄く美味しそうなご飯の香りで一気にお腹がすいて足をはやめた。階段を降りてる最中にお腹がぎゅるると鳴る。

 顔を洗いうがいを終えリビングに行くと兄が台所に立っていた。我が家では献立表があり、基本的には順番になっていて、当番の人がその時の献立を書く。それとは別で食べたい物がある時は1週間前に先に書いておいて、順番とは別で希望した人がその日の当番になる仕組みになっている。じゃないと4人分の量は多すぎて1人で全部仕事をしながら家事をするのは回らなくなってしまう。

 ─和食とはなんでこんなに良い香りなんだろうか。食欲がなくても和食なら食べられる事が多い。猫舌なので先にお米を盛るために食器棚に向かった。

「今日は、ご飯なに」

「味噌汁とチンゲン菜とベーコン炒めと出汁入り卵焼き、あとほうれん草のおひたし」

 相変わらず我が家はたくさんのおかずが出る。今この家には4人で住んでいるから作るのが大変だと言うのに、毎日きちんとおかずとご飯が食べられる。自分はなんて運が良いのだろう。私自身、食べる事が好きなので、全ての生き物が、もう食べられない!ってなるくらい食べることに困らない日が早く来てほしいとご飯の時にいつも思う。

「んー、美味しそうー」

 背伸びをしながら母が入ってきた。

「父さんは朝早くに呼ばれてたから向こうで食べるって」

「そう。じゃあ今日は非番だからゆっくりするかな。もう少し寝てから食べるよ」

 とあくびをしながら戻っていった。

「じゃあ、もうすぐ終わるから味噌汁とかもってって」

 まだ準備が終わってない事に気づき慌てて準備をした。


「今日はどこか行くのか?」

 そろそろ仕事に行かないとと思っていた時だったのでうまく聞き取れなかった。

「え、ごめん、聞き取れてなかった」

「今日、休みなんだろ?」

 休み。あまり頭が動かなかったので、カレンダーを見てみる。

 ゆめみ、母、優瑞うず、休み、と書いてた。今日は仕事だと思っていたら休みだった。早く起きなくてもよかったんだ。

「今日、仕事だと思ってた」

「ああ、それで早く起きてきたんだ。ばっちり着替えもして...」

 そこまで言うと、こらえきれなかったのか、口元を手で隠しながら笑った。なんと酷いことか。本人でさえ笑うのを我慢したというのに。でも私も我慢できずに一緒に笑ってしまった。

 そうか。今日休みだったらあの迷子クジラと話す事ができるのか。そう考えたら、気の抜けた体がシャキっとした。

「多分出るかもしれない。今、屋根に迷子のクジラが休んでるの」

「ふぅん、そうか。そのクジラは仲間と合流できそうなのか?」

「わからない。この辺りで迷子になったみたいだからしばらくここに居させてる」

 そっか、ゆめみもあまり遠くに行って迷子になるなよ、と兄は私の頭を撫でた。


 部屋に戻ると、クジラはもう戻っていた。

「あれ、もう戻ったの?お腹は大丈夫?」

「うん。ちょうど、真上に魚の雲の群れが来てたから」

「へぇ。雲を食べるんだ」

「うん。今は、夏だからよく脂がのっていて柔らかくて旨いんだ。でもしつこくないよ。あっさりしている」

 ああ、凄く美味しそうだ。よだれがじわりと出てきた。

「そうだ。ねえ、あなた達の事を見たことないんだけど、どこに住んでるの?」

「そうだねぇ。暖かい所が好きか寒い所が好きかによるかな。日本だと北海道と沖縄にわかれてるよ」

 そうなんだね、と言いベッドに座る。このまま読み終わってない本を読もうかと思ったが、なんだかもったいない気がしてクジラの方を見た。

「ねえ。あなたはどうして迷子になったの?」

「うーん、僕たち家族はね、暖かい所に住んでたんだけど、寒い所の魚はどんな味なんだろうって思って移動したんだ。僕、移動するの初めてだから凄くワクワクしたんだ。でも、潮の流れが違う所があって皆バラバラに流されたんだ」

「はぐれてからもう何日か経ってるの?」

「うん。数日探したけど見つからなかった...」

 最後の方は少し涙ぐんでいるのか、泣きそうな声をしていて胸が締め付けられた。

「よかったらずっとここにいたらいいよ。そうだ、こういう話聞いたことある」

 たしか前に出会った蝶の体験談だ。

「町の中に住む蝶が居てね。その蝶は複数の別々の家族が集まった群れで過ごすの。人間の花壇に住んでいてね、他の群れに引っ越す時以外はずっと同じ所に住んでるんだ。そんな中で1匹の蝶が、ふと思いたって花壇から出たの。

 他の花はどんな味がするんだろうって。

 そうして探しているうちに花壇にはいない虫や花を見つけてはひらひらとあっちこっち行ったの。夜になっているのも朝になったのも気が付かずに。そうしているうちに、そろそろ見終わったしもう帰ろうかな、と思って周りを見たら知らない場所だった。

 突然のひとりぼっちに戸惑って帰り道を探してあちこち飛び回った。けど、知らない所から知らない所へ移動するだけ。だんだん怖くなってパニックになって、羽も疲れて動かなくなってきた。お腹がすいたからと、食べようにも周りは花がない所で立ち止まっていた。とりあえず、人間に踏まれないように隅っこに移動して疲れを取ったんだ、。

 次の日、ご飯を探しに行って、周りの虫達に話を聞いて帰り道を探す。そして疲れて寝る。そういう日を繰り返して、寂しさからくる寒気に体を震わせていた。

 そうして何日かたったあと、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたから、向かってみた。ただ、遠くてどこかも分からなかったし誰が呼んだか分からなくて気のせいかと、また泣いた。

 泣き終えた頃にまた名前を呼ばれた気がした。今度はさっきより近い。どこからだろうとキョロキョロしていると、また名前が呼ばれた。こっちからも声を出してみる。少しそうやって待っていたら親の姿が曲がり角から見えた。

 親の姿が見えた安心感からまた泣いた。怪我がないか確かめられていうるちに他にも兄弟姉妹や一緒に住んでる他の家族達が集まった。

「もう、ずっとひとりぼっちかと思った」

 と言うと、親はバカね、と笑った。

「どこにいったって絶対迎えにいるから。見つけられなくても帰りを待っているし、見つけるまでずっと探すから。だってあなたはいつまでも大事な、自慢の私達の子供なんだもの。大好きよ」

 そしてお家に帰っていった。だから大丈夫だよ。絶対探しているから。諦めないから」

 そう言い終わったところでクジラは静かに泣いた。


 あれから寂しくならないようにと思い色々な話をした。時折、おやつ休憩やご飯休憩を挟んで。

 少し元気な時には、クジラも話してくれた。地上からは遠くて見えないが、空にも花畑があったり、雲に寄生するキノコ、雲を超えたさらに上では漂っている木とか。地上からじゃわからない話をしてくれた。そして海に居るクジラと同じく大人はさらに体が大きくなるのだとか。空の色を食べる動物、星の光を食べる動物。知らない事ばかりでとても楽しかった。

 私は飛べないから、いつか誰かに連れて行ってもらおう。

 夜になってきたころ。ご飯に呼ばれたので食べに行った。


 お風呂も歯磨きも全て済ませ、部屋に戻るとクジラが移動していた。少し離れて誰かと話してるみたいだ。上を見るとちょうど星が見えている。雨や風などが入って来ないならずっとこのままがいいなと思う。

 星ってどんな味なんだろう...と想像していると、クジラが戻ってきた。

「姉が来た。はぐれる時に僕の最後の姿を見たみたいで、家族と合流して最近ここら辺りで探したんだって!」

 凄い嬉しいのだろう。さっきまでとは全く違って、声が軽い。

「よかったね」

「うん!あのね、あの話と同じ事を言われた。どこに行ったって必ず迎えに行くって。それでね、あのね、ありがとう。ここを覚えておいていつか遊びに来るよ」

「うん。楽しみに待ってる」

 そう言って、クジラは姉の所へ行った。窓から見てみると、なるほど名前にある通りヒレが他のクジラより丸かった。

 さっきまで1人じゃなかった部屋を見る。迷子の話をしていたせいなのか、人恋しさのせいなのか、ぽっかりと空いた屋根のように心もぽっかりと空いたようで少し寂しくなった。

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