赤ペンちゃんの悩み

 赤いペンを持ち、布にあてる。

 書く前に散々練習してきた。隣に何を書くかも置いてある。間違えることはないだろう。

 新しく買った服のタグや、食べられてほしくないもの、職場で自分で使うペンなどに名前をゆっくり書いていく。

 少し間違えかけたがまだ書き直せる範囲だったのでごまかした。


 少し危ない所があったがなんとか書き終えた。ふぅ、とため息をつき椅子の背もたれにもたれかかる。

 名前を書くたびに思い出す。小学生の頃、突然赤ペンに怒られたのだ。


 それは家で新しく買った落書帳に名前を書こうとした時だった。

「ちょっと!あたしで名前を書きなさいよ!」

 と、突然ペンの方から声がしたのだ。

 私は元々、名前を書くとき黒色だけじゃなく他の色も使うのが好きだった。見るたびに色が違って凄く楽しい気分になるからだ。そしていつも使うたびにペン入れをひっくり返して色を選んでいた。今思うと、ペンからすると突然地面に叩きだされて凄く怖かっただろう。

 どれからだろうと、一つ一つペンを持ってみる。青色は何も言っていない。ピンク色を持ったとき、私じゃないよと言った。とりあえず目の前にあった緑色を持った時

「赤色よ!」

 とまたどこかで声が聞こえた。言われたとおり赤色を探して手に持ってみる。

「今回名前を書くんでしょ?だったらあたしを使いなさいよ!なんで皆あたしを使わないの?誰よりも明るくて見えやすいでしょ!」

 なんて、自分より遥かに体が小さいというのにこの赤ペンは大声で言う。当時の私は、怒る、叱る、だけじゃなく大声というのが苦手で怖くなって泣いてしまった。すると、赤ペンは、あぁ違うのよ、なんてオロオロし始めた。あの頃は本当に、ペン達は大変だっただろう。皆してあれやこれやと慰めてくれた。

 泣きやんだ頃に赤ペンは優しくこう言っていた。

「皆ね、他の色はたくさん使うのにあたしのは使ってくれないの。あたしだけずっとここに残っているのよ。他の子は皆、使い終わって次の新しい子達なのよ」

 そうして赤ペンは小さく泣きはじめた。

 最初は楽しかっただろう。周りは小さい頃から知っていて夢や希望に心おどらせて。そうしてるうちに周りはいなくなって次に行く。周りの人達は知ってる人達じゃなくなってきて、その違いにとまどい思い出にひたってしまう。そして知りたくなくてもつきつけられる、お前は使われない、お前は必要ないという態度。

 私もそうなるのだろう。今は皆知ってるけど、好きなお店も皆も時間には逆らえず皆なくなってしまう。生まれて育った場所に大人になって住んでいたとしても、周りは変わってきて全く知らない場所になっていく。

 そう思うと私も涙が出て、赤ペンと一緒に泣いた。

 そしてまた他のペン達に慰められる事になった。

 それから赤ペンちゃんを少し多めに使って、他の色も贔屓せずに使うようにした。

 そして最後、赤ペンちゃんが、またくるね、と言ってさよならをして以来この家のペンは皆、またくるね、と言ってさよならするようになった。


 そして今も、なるべくどのペンも平等に使うように心がけている。

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