炭酸魚
夜、父がウキウキしながら帰ってきた。瓶のラムネを買ってきたようで、冷やしとくから飲んでねとのことだ。久々に売ってるのを見て思わず大人買いをしたらしい。
子供の頃はよく飲んでいたラムネ瓶、今ではパタリと見なくなった。本当に久々なので明日が楽しみだ。
次の日、近くのスーパーの開店時に合わせてさっそく買い物に行った。
まず自分のラムネに合わせて食べたいものをカゴに入れていく。
次についでに家族の買い物リストに書いてあるものをカゴに入れていく。値上がりして大変なものは入れないで次へ。
家に大人買いされたラムネの事を考えると、周りに迷惑とは分かっていても少し駆け足になってしまった。
早く飲みたいという気持ちを抑え、買った物をなおしていく。早く飲みたいのはあるが、こうしてわざと我慢していると楽しみが膨れていく。思わず味と炭酸具合を思い出しよだれが出てきた。しかも冷えてるときた。
やっと終えて、ラムネを1本取り出し自分の分の買い物が入ったカバンを自分の部屋に持っていく。
椅子に座り買ったものを取り出す。数分もないだろうこの時間が楽しみの気持ちで長く感じた。
さて、と、ラムネ瓶を見る。
何かが底で動いた。
何事かと見てみたら底に魚が居た。背中に行くほど黒色に近く、お腹に行くほど青色っぽくある。そしてところどころ紫色がかっている。そんなに濃く色がついているのにヒレだけは透明だった。
その魚はこっちをじっと見て、水道水で良いからここから出して、と言った。
ラベルを剥がし、ついてる玉押しでクイっと押す。この強く押さないといけないけど別にそうじゃない、よく分からないのこの感覚。昔、梱包のプチプチの感触が心地よくてストレス発散になると聞いたことあるが、ラムネ瓶の方が凄く心地良いと思っていた。とは言っても、こんな状況じゃなければ、ではあるけれど。
はじける音が静かになったので玉押しを取る。
魚に、水持ってくるから待ってて、と言って取りに行った。
我が家には天然水はないので言われた通りにどんぶりに水道水を入れる。
どんぶりにラムネの飲み口部分を近づけるとそのまま隙間を縫ってピョンと飛び出た。
「ありがとう!僕、工場で炭酸作る仕事してたんだけど間違って瓶の中入っちゃって!」
「炭酸...?工場...?」
全く聞き慣れない言葉に脳みそが追いつかなかった。魚が飲み物に入って炭酸を作る?。
「あ、安心して!僕達仕事でしてるから常に体は綺麗だから。飲み物を口からエラへ流す時に炭酸に変えるんだ」
「と、トイレとかご飯は...」
「ああ、それなら仕事終わったら家に帰ってしてるよ!ノルマの炭酸を作り終わらせるとその日の仕事は終わり。ご飯はその時の飲み物。でも僕達が集まっても1ヶ月に1ミリ減ればいい方だからあまり食べていないから安心して!」
とは言うもののなかなか慣れないものだ。
「そもそも僕達綺麗好きだし、人間達に管理されてるからねー」
一応きちんとした会社だから大丈夫なのだろう。それに生き物から取るといえばハチミツというのもあるので、そういう感じなのだろう。
ラムネを見てみる。ゴミらしきものは見当たらない。ニオイを嗅ぐが特に変わっていない。一口飲んでみた。炭酸が口の中でよく暴れる。まだ冷たいから凄く美味しい。少し炭酸が強く、喉がクッとなった。
「ごめんね、炭酸が抜けてないか不安に思って少し作ってたんだ」
「なるほど、それで炭酸が強かったんだ」
味も全く変わりはなく、むしろ炭酸がなくならないようしてくれてたおかげで他より良さそうだ。
ふと心の中で、この子を工場に戻すのは無理なんじゃないかと思ったら同じこと思っていたらしく、どうしようと悩んでいた。
「人間は品質守るのにきっちりとしてるから戻れなさそう...向上だから他の人間も入れないし僕がそこで働いてるかも証明できないし...」
そうだなぁと心当たりがないか思い浮かべてみる。まず数少ない友人はそこまで炭酸が好きではない。そして職場。あまり炭酸飲まないか炭酸が体質に合わない人もいる。私や家族もそうだ。今回久々に見たから買っただけで特段好きという訳ではない。ネットでは炭酸が好きな人はよく見かけるが、現実では自身の持っている人間関係というのがいかに狭いか思い知らされる。
とりあえず小さな友達に助けてもらうか、と立ち上がったら、魚が炭酸がなくならないよう見ておくと言ったので、もう一度ラムネの中に戻した。
この子もだめ、この子はそもそも飲まないなどと順調にバツが増えていく。知り合いにも炭酸が好きな子は居ないらしく、あちこち歩き回った。
喉も乾いたので父の友人が経営している喫茶店に入ることにした。
「いらっしゃいませ、あ、ゆめみちゃんこんにちは。好きなとこどうぞ」
と店主が言う。
「こんにちは...ミックスジュースと、ぬるめの紅茶を...紅茶が先で...」
とだけ伝えて、ヘロヘロと奥に行きお気に入りの席に座った。
もともと運動が嫌いで体力もないという最悪コンボなので、はしたないとは分かっていても机に倒れ込んだ。
あぁ、ここの喫茶店には本屋さんが居たな...聞かないとな....なんて思いながら、体は動かないので後回しにして目を閉じた。
カランコロンと遠くで聞こえる。ここの店の奥さんと息子さんの声が聞こえるので帰ってきたのだろう。
多分一瞬寝落ちした。時間を見ていないのでよくは分からないが寝起きの感覚がする。あまり頼んでもないのに長居してしまったと思って慌てて飛び起きたら店主の声が聞こえた。
「大丈夫だよ、少ししか経ってないから。もうすぐ紅茶出来上がるからねー」
その言葉で安心して、体を緩めた。と思ったら
「おはようございます」
という突然聞こえたその言葉に驚いて周りを見渡した。
「机の上ですよ、ゆめみさん」
なんだか聞いたことある声だなと思って机の上を見ると本屋さんがいた。寝起きで頭が働いてなかったので友達だと気が付かなかった。
「ごめん、少し寝ぼけてて」
「ええ、大丈夫ですよ。つい少し前に鈍い音が聞こえて見てみたらぐっすりしていたのを見てたので知ってますので」
あまりの疲れに全く気づいていない事ばかりで少し恥ずかしくなった。他にたくさんの人に見られていたらトイレにこもってしまっていただろう。
少し照れて無言の空気が流れている所に奥さんが、ぬるめの紅茶を持ってきてくれた。
「ミックスジュースは紅茶が飲み終わる頃がいい?」
「はい」
そう言うと、分かったと言って仕事に戻った。
熱すぎず冷たくなく、なのだが連続して飲みすぎると少し熱くなって飲むのをやめる個人的に好きな温度。この温度の飲み物を体は求めていたので、余計に紅茶が体に染み渡る感じがした。一口飲むと脳がリラックスしていく。そうしているうちに心もため息をついて腰をおろす。だんだん落ち着いてきて音や香りもよく分かるようになってきた。
何口か飲んで完全に落ち着いた頃に、ふぅ、と紅茶を置いて本屋さんを見た。
「本屋さん、炭酸好き?」
「いいえ。どうしたのですか?炭酸をたくさん買いすぎたのですか?」
「んー、ちょっとね」
と、魚の事について話した。
本屋さんは思い当たる節があるらしく少し考えたあと口を開いた。
「
あのラムネ瓶の間をすり抜け、飲み口から出られる小さい魚がそんなに炭酸作るとは思わなかった。どこからそんな力があるというのだろうか。
「心当たりがあるので、聞いてみます。どちらの結果でも家に行きますので」
との事で安心して2人でゆっくり時間を過ごした。
家につき部屋に戻る。炭酸魚に今日あった事を伝えると、そうか、と言った。なんとか元気づけようと思ったが、なかなか言葉が出なかった。とりあえず、どんぶりに移しぬるくなったラムネを飲んだ。行く前と変わらず炭酸は保たれていて思わず炭酸魚を凝視してしまった。その様子が面白かったみたいで炭酸魚は笑っていたから良かったと思う。
「そうだ、私、魚飼ったことないんだけどどんな風にしたらいいの?」
「うーん。そうだね...僕炭酸たくさん作れるから、これを使わずに終わるのは嫌だから今まで通り清潔を保っていたいかな。僕が何気なくしている事が誰かにとって必要だから。だから、トイレの水と体洗うとこと住むとこ最低でもこの3つ。で、毎日水換えがいるんだ」
毎日なら忘れてしまう事がないからこちらとしては助かった。
「わかった」
「あ、入れ物を近づけてくれてたら自分で移動するから」
そういうのでどんぶりに水を入れて三角形に隣り合わせて置いた。
夜になり、お風呂の時間が来た。
なるべく部屋で過ごして魚が1匹にならないようにしていたが大丈夫だろうか。いつも仲間たちと暮らしていたのが突然間違えて1匹になったのだ。炭酸魚は頑張って1匹で生きていこうと気持ちを持っていっているが、もう二度と戻れない、会えないという事実が付き纏う。いくら目をそらしたってその事実は心から離れてはくれない。おまけに水の中で暮らす生き物と水の中では暮らせない生き物の大きな壁。隣にいるようで全く遠いのだ。この壁のなんたる大きな事か。
「お風呂行ってくるけど来る?」
そう聞いたら、少し寂しかったのだろう。声をゆらして、うん、と答えた。
「炭酸魚って言うんだね」
「そうだよ!僕たち炭酸魚が一番炭酸を大量に作るんだ!あ、そういえば、周りでお風呂で働いてる魚が居たんだけど...。話で聞いてた通りお風呂ってこんなに温かいんだね。寝ちゃいそうだよ...」
「たしかに、これじゃ仕事をするのに大変だね...」
「だから思うんだ、雇い主と一緒に寝てるんじゃないかなって。これじゃあ誰だって皆寝ちゃうもん...」
と言い終わると炭酸魚は眠くなったらしくウトウトし始めた。私も眠くなったので2人で仲良く眠った。
数日後、チャイムがなった。覗いたら本屋さんが居たので扉を開けた。後ろに見かけない子たちが居たので、これが本屋さんの心当たりなのだろう。
炭酸魚の前に案内したら、3人は目を輝かせた。
「あら!はじめまして!よろしくね!」
「あなた名前あるの?」
「炭酸どのくらい作れるの?」
なんて一気に話しかけるから炭酸魚も戸惑っていた。本屋さんが3人を止め、炭酸魚に説明をした。
この3人が暮らしてる所では炭酸のあの感覚が好きなのだとか、炭酸好きで飲むだけじゃなくお風呂にも入ったりしてるのだとか。炭酸魚がどれだけ居ても足りないとの事だ。
炭酸魚を雇って、引退後も共生しているとの事で、炭酸魚も次の人生の場所としてそこに決めた。
本屋さんにお礼を言って冷蔵庫に向かう。
まだ残っているラムネ瓶を取り出す。全部確かめてみるが誰も入ってなかった。
今度こそはと思い、冷たいラムネを飲む。昔飲んだのと変わらない炭酸だった。
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