小さなモールのあの子

 今日は、母も父も仕事で、兄は弁護士になる為の勉強でしばらく家にいない。外は暑くて溶けそうなので家にあるもので済ませようとしたらチャイムがなった。誰だろうと行ってみると姉だった。

 姉が言うには今日は時間に余裕があるらしく、久しぶりに猫間ラーメンに行こうとの事だった。名前を聞くと、あそこの店にしか出せない味を思い出してすぐ準備をした。

 暑さで食欲が低下していたというのに、名前を聞いただけでお腹が鳴った。

 服を着替え、貴重品しか入っていない小さい鞄持ち階段を降りる。小走りで玄関に行き、強引に靴を履いて外へ出た。姉の旦那が家の前に車を置いていたのを見てほっとした。勢いで出たものの、パーキングまで歩けるか不安だったからだ。

 姉の旦那が運転する車に揺られる。気を遣っているのか、元々穏やかだからなのか、運転中なのかと疑うくらい静かだ。

 あまりの静かさにうとうととなってきて、いつの間にかモールの花に住んでいた友達の思い出の夢を見ていた。


 あの子はこれから行く小さなモールにある花壇に住んでいた。たしか夏まっさかりの時だ。あの子曰く、ここの飲食店の食べ物の匂いが好きで居るのだそうだ。気分によって花壇を移動していると。

 あの子と出会った時は衝撃が凄かった。顔も体もある程度は人間の姿をしているのだが、耳のある場所に魚のエラのようなものがついていて、お腹から下は服の裾のようなものがヒラヒラとしていた。服と皮膚が一体化しているのか、そんな感じにも見える。

 その子は、出店でみせのたこ焼きの前で、休むことなく息をすい続けていた。一度もはくそぶりも見せないので、見ているこっちが気絶しそうになったものだ。

 いったいどのくらいすうのだろうと見ていたら、家族に呼ばれてしまい中断する事になってしまった。

 気にはなっていたが、誰かと来ているので迷惑をかけては申し訳ない。今回は仕方ないとして諦めて、ご飯を食べ、必要な買い物のあと電気屋もあったのでマッサージチェアに座ったりペットショップを覗いていたりしていて結構な時間を楽しんでいた。けれど好奇心はしこりのように心の中に残っていたようで、あのずっと息をすっていた子は今もすっているのか気になって外に出た。

 冷房で冷えすぎた体が外の熱で暖まってちょうどいい。

 さっき居たたこ焼き屋の前にはもういなかった。どこだろうとキョロキョロしていると駐車場とモールの間に植えられている花壇に居た。

 花から頭を出していて可愛い。

 近づいて、こんにちはと言ってみた。

 よく見ると、服と思っていたのは皮膚と一体化していた。もしかしたらこの子達からすると毛や皮膚や鱗みたいなものなのだろう。黒髪なのに光の加減や角度によっては青色に光ってとても綺麗だ。

「こんにちは!そろそろお腹すいたからちょっとごめんね」

 そう言ってまた動き出した。色々な店の前で鼻をすんすんとしては移動している。何軒か過ぎて、定食屋の前で止まった。すると、また息をすい続けたのだ。すううう、と物凄い音がしている。たしかに美味しそうな香りがするが、そんなに息をはかなくても大丈夫なのだろうか。

 何分たっただろうか。あまりに見慣れなくてひきつった顔を戻さないといけない。何分経っても一度も、1秒もやめることはないそれから少し目をそらして気持ちを切り替える。

 そうしてるうちに、すいこむ音が終わった。チラ、とその子の事を見てみるとなんだか満足そうな顔をしていた。

「え、と、何してたの...さっき」

「あぁ、あれ?あれはわたしの食事!」

 なんて事をとびきりの笑顔で言う。

 何分も休むことなくすいこめる、食事。少し頭が回らなかった。

「え?え、ずっと息をすってたけど、いつの間に食べたの?」

 と聞くと、何、わたし達の事しらないの?とケラケラと笑った。

「わたし達の食事はね、食べ物の香りをすいこむ事なの。他の子はわざわざ小さくして口に運んで噛んで飲み込んで大変そう!」

 ああ、そういうことか。だから何分もすいこんでいたんだ。

「でも、凄いよね。1秒もはいてなかった。ずっとすい続けてた」

「はいてたよー。ほら、これ」

 そう言ってその子は、エラのような所を指差した。

「鼻ですって同時にこのもう一つの鼻から出せるの」

 なんと羨ましい事だろうか。今までに、ずっと香りを楽しんでいたい時が何回あった。すうのもはくのも途切れる事なく香りを楽しめるのは大変羨ましい。

「そうだったんだね。初めて見たから驚いたよ」

「みんなそれ言うね!わたし達からしたらそんな面倒な事をしてるあなた達に驚いてるわ」

「ここまで違うとそうなるよね。あ、ねぇ、あなたの事たくさん聞かせてよ」

「いいよ!ずっと1人で暇で仕方なかったからたくさん話すよ!」

 とその子は、えっとねまずはねーと言った。

「香りを食べると言ってもわたし達は人間達が作ったご飯しか食べないの」

「あ、そうだったんだ。香りだからてっきり花もかと思ってたよ」

「ううん!それは他の生き物ならありえるよ。だからここに来たのもここのご飯の香りが美味しそうだったから!実家は別の場所にあるの」

「え?実家??」

「うん!わたし達は子供の頃は家族と過ごしてるけど大人になると引っ越すの。お気に入りの場所を探してね!そして夫婦になっても1人でいてもずっとそこに暮らしてるの。もちろん花をベッドにしてるから寝る場所もないとだめだけど!」

 ずっと同じ場所にすごしていて、味に飽きないのだろうか、とは思ったがそれが当たり前だと飽きるという概念がないのかもしれない。

「そうなんだ。じゃあ、1人ということはもう大人なんだね」

 と聞くと、まだなりたてだけどね!と恥ずかしそうに笑った。

 そうして話してるうちに喉が渇いてる事に気づいた。楽しくてついうっかりしていたが、暑い外で何も飲まずに話していたのだ。それにそろそろ戻らないといけないような気がする。

「ありがとう、話していて凄く楽しかったよ。もう喉も渇いたし戻らないといけないからそろそろ行くよ」

「うん!わたしも楽しかった!久しぶりに話せたの!」

「そうだ、名前があるなら教えてよ。たまにここに食べに来るんだけどもし良かったら、来るたびに一緒に遊びたい」

「いいの?わたしいつも暇だから嬉しい!名前はね、ゆらぽんぽん」

 今日もう一度の驚きだった。

「ゆらぽんぽん?」

「うん、そう!そんな言葉を思いついてから気に入ってるの!」

 なんて、可愛い理由だった。

「私はゆめみ」

 そうしてお互い、それじゃあね、と言って別れた。


 あれ以来、お店で先にご飯を食べてからゆらぽんぽんと遊ぶ仲になっていた。


 車を駐車場に止め、降りる。

 なんだか前と違って凄く寂しい気がした。早く腹ごしらえをしないといけないのでその時は考えないで急いだ。


「ごちそうさま」

 義兄が支払いをしに行く。姉がこちらを向き、今日は友達と話す時間はあまりとれないけど良い?と聞かれたので、良い、と答えた。

 義兄にお辞儀とお礼をして外に出る。

 探そうとしたら花壇がないことに気づいた。花壇がなくなってアスファルトで埋められていたのだ。

 ゆらぽんぽんは食べ物屋だけじゃなく寝る場所も必要だと言っていた。そのどちらかがなくなってしまったので他の所に引っ越したのだろう。

 突然の悲しさに突っ立っていると、ゆめみさんは居ますかー!という声が聞こえた。聞こえた方に向かってみると、手のひらに乗りそうな小さな鳩が居た。見た目は普通の鳩に見えるが青いネクタイをしていて凄く可愛い。

「はい、私がゆめみです」

「あぁ、よかった。こちらで出会った方としか情報がなかったので1ヶ月待ってました。私、やすらぎ町担当の言伝鳩です」

 と鳩がお辞儀をするので私も返した。

「ここの花壇に住んでいたゆらぽんぽんという方からの伝言です。

 ここの花壇が撤去されるって!だから一度実家に帰る事にしたの。でね、次の場所を探していると好きな人が出来たんだ!だからそっちに住む事になったの!ここにはゆめみは居ないけど思い出の中でいつでも会えるんだよね!運が良いと、夢の中でも会えるかも。それに伝書鳩や言伝鳩がいるからまた話せるのが楽しみ!

 以上です。返事されますか?」

 一度、涙をごくんと飲んで、はい、と言った。ひどく声が震える。

「きちんと届いたよ。私の住所、送っておくから次からは早めに返事ができるよ。これからもよろしくね」

 そして鳩に住所も伝えた。

 何度も別れを体験していても、慣れることはないのだろうし慣れたくはない。

 また静かになった駐車場を歩き車に戻った。

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