忘れた砂の一粒
今日は何か良い日かもしれない。そう思って外を歩いていた。とは言うものの、悪い日だったり何もなかったりするので当てにはならない。けれど、なんとなくそう思うと何も用事がなくても外に出てしまう。
朝ごはんを終えると昼ごはんまでぶらぶらと歩く。飲食店街だったり、住宅街だったり。お昼になりお腹がすくと時間をずらしてお昼ごはんを食べ、それを終えるとまた歩く。行ったことのないスーパーの中を歩いたり並木道を歩いたり。特になにもなくただ体力を消費しているだけだが、様々な流れにいるだけでなんだか楽しい。
上を見れば雲が流れ、左右前後を見れば川や人、車が流れ。その中に自分もいるようで。
疲れたな、と思っていたら少し先に自販機と休憩用のベンチが置かれていた。そこまで足を動かし、よいしょ、と言って座る。
店の自販機なのだろう。たこ焼き屋がある。シャッターが閉まっていて張り紙が貼っているので見てみると、土日のみ営業と書いていた。こことは別に本業があって、仕事が休みの日にたこ焼き屋をしている、ということなのだろうか。
食べ物1つとっても店によって味が全く違う。どんな味なのだろう。想像もつかない。これは土日にまたここにくるしかない。
そうホクホクしていると隣から、ねーえ、と話しかけられた。
隣を見ても誰も居ない。どこにいるの?と聞いたらすぐに、手の近くにいるよ、と返ってきたので下を見た。ベンチに力なく置いていた手の周りを探す。すぐ近くに砂粒があった。砂粒だったので違うと思って他を探そうとしたら、その砂粒から、何してるの?と声が聞こえた。
「お出かけ?ううん、特に用はないから…ただぼーっとしてるだけかなぁ」
「ふーん。それって楽しい?」
「うーん。楽しい?かな?」
「ふふ、私も同じー。色んなものに引っ付いて移動してるのー。なんでこうしてるか分からないんだけどね」
「え?分からない?」
「うん。いつから歩いてるか分からない。なんでここにいるんだろうね?」
どういうことだろう、と砂粒を見ていたがそこで話は止まった。
風が通るたびに葉が揺れて鳴る。葉の音より時の流れを感じられようか。
音が止まっても心のなかでは葉が揺れたままでいる。
「お家は?」
と聞くと、分からない、と返ってきた。
「どこに居たのか、どこに行くのか分からないの?」
「うん。だからこうしてぶーらぶーら遊んでるの」
「それも楽しそうだね。あ、でも疲れたら寝る場所あるの?」
「ないよー。だから寝てる間に知らない場所についてる時があるの」
地に足がつかない感じで疲れそうだが、知らない所に行って知らない事を楽しめるのは楽しそうだ。私も来世とかでは未知を楽しむ人生を暮らしてるだろうか。
「私は遠くまで行かないから知らない事多いんだ。どんな所に行ってきたの?ちょっと聞かせてよ」
「そーだねー。あ、楽しかったけど楽しくない、なんか微妙な所もあったなー。思い出しちゃった。寝て起きたらなんか暗くて臭いところでねー。昼間は上から光が落ちてきて周りはうっすらと見える程度で、夜になると真っ暗。だから私、すっごく怖かった。1人ぼっちで泣いてたの。そこって水が多くて、体が冷えてね。次の日には風邪っぽくて、それでも誰かいる場所に行きたくて、泣きながら歩いてたのー。
そうしてたら、後ろから、ペタ…ペタペタ…って足音がして。誰かいると思って後ろを振り向いたら大きい四足歩行の毛むくじゃらがいたの。その毛むくじゃらは近づいてから、止まった。
「おや、誰かいたのかい?すまないねえ、最近あまり目も耳もよくなくてなぁ。わしぁネズミでな。今ではお祖父ちゃんと呼ばれとるからそう呼んでくれんか」
「わかったよ、おじ、いちゃん…」
「泣いているのかい?どうしたんだ」
そうお祖父ちゃんは言って私を抱き寄せたのー。
「君は随分と小さいんだねぇ。埃かい?石かい?」
「砂粒だよ」
「そうかい。今孫を探していての、ここらへんでわしのような見た目の生き物を見なかったかい?」
「見てないよ、お祖父ちゃんが初めて」
「そうかそうか。まだ歩かないといけんからの、わしの上に捕まっておいて。この先にある心当たりに孫がおらんかったら家に戻るから、それまで待っててくれな」
そう言ってお祖父ちゃんは私を掴んで頭の上に乗せたの。1人じゃなくなってお祖父ちゃんのぬくもりで体も暖まったんだー。
暗くて臭い道をそのまま真っすぐ歩いてくと分かれ道にでたの。左は上から光が降り注いでいる道、右は上からの光がない道。だけど、緑に光る石などが置かれていて見えないわけではなくてねー。緑色に光る道をお祖父ちゃんは進んだのー。灰色の壁や床はその光で緑色になって面白かったよー。ふわふわーって感じでー。
進んでったら途中に小部屋があって、その小部屋の前についてる棒と棒の間を縫って入ったんだー。その小部屋ってそこまで広くなくてね、でも隅っこに穴が空いてて。その中に入ったらまた小さい部屋があったのー。そこにね、お祖父ちゃんと同じ見た目をしたネズミ達が居たのー。
お祖父ちゃんがね、もうご飯だから帰るよ、と言ったらねその子達は文句を言いながらお祖父ちゃんの後をついてったんだ。
道を戻って、私とお祖父ちゃんが出会った所まで戻って、更に歩いてくと灯りが見えたのー。
また同じ見た目のネズミ達が忙しそうにしててねー。串に何かを刺して焼いたり、泣いてる子をあやしたり本当に忙しそうだった。
その輪の中に入るとねー、後ろをついてきてた子達が他のネズミに叱られてね。泣きながらお手伝いしたんだー。
そのうちの1匹が私に気づいてね。
「あら、お客さん?ごめんなさいね、見苦しいところを。お祖父ちゃん、その子にお水だしておいて」
と言ったのー。お祖父ちゃんは、分かった、と言って窪んだ小石に水を汲んで私に渡してくれたのー。
でもね。ここに来てからあまりにも臭くてね、鼻だけじゃなくて頭の中も臭く感じてね。もう壁が臭いのか水が臭いのか…。水の色はなんか妙に見えてね。あれは暗かったからかなー。
だから飲めなかったんだー。それで誤魔化すために会話をしたのー。
「ここってどこなのー?」
「地下だよ。上よりかは比較的安全だけど、食料が少ないからねぇ。たまに危険な生き物も来るし、雨の時は逃げないといけないんだよ」
「地下?だから暗いんだねー。皆何してるの?」
「晩御飯の支度だよ。孫を探していたからね、少し遅れたんだよ」
「ここって楽しいの?」
「楽しいよ。まだ知らない道があってなぁ。兄弟達はその知らない道を行って開拓していったんだ。とは言ってももう何十年も連絡がないからのう。元気にいてくれたらいいのだが…」
そんな話をしていると、他の子が布を咥えて持ってきたのー。
「これ使って。体を拭いて、寒いでしょ。私の事は長女って呼ばれてるからそう呼んで」
「ありがとう、長女」
布の上に乗って体の水分をこすりつけた。けどね、ところどころ黄色やピンクや白色になっててカピカピになっていて拭きにくかったのー。それに、その布も変な臭いで…あと粗いから隙間に入っちゃって大変でねー。
そうこうしてるうちにご飯ができたみたいで、呼ばれたの。
「ねね、砂粒って何食べるの?」
「こら、挨拶まだでしょ?君は誰くんだったかな?」
「ぶー。いーじゃんかーママー。砂粒ー!俺、三男って呼ばれてんだ!よろしくな!で、砂粒、今日はすげーんだぜ!ゴキブリが大漁で!いつもムカデ野郎や猫野郎どもに取られて大変なんだけど、今日はほら!」
と見せられた先は他より暗い部屋に山積みになっているゴキブリだった。
「こえうめーんだえ」
「全く、三男。お前はもう少し落ち着かないか?」
「う。舌噛んだ…」
三男は痛みで床をぺちぺちと叩いていたら、周りは、ほーら言わんこっちゃない、と言うふうに見ていたのー。
私はさすがにこれは誤魔化せないと思って、食べるために気持ちを整えたんだ。もう異臭と異臭のぶつかり合いで…頭もおかしくなってね。あの時は、カビも食べれそうな気になっていたよ。
いただきます、と言うとお祖父ちゃんがよく焼けたゴキブリを目の前に置いてくれたんだー。
足にかぶりついたのー。でもね、味は分からなかった。色々な臭さが混じっていたから。目の前の食べ物がどんな香りなのかも分からなかった。
今思うと、よく耐えたなーって思ったよー。私の体が小さくてよかった。足を1本まるまる食べれずにお腹いっぱいになったからねー。
その後は葉っぱや布で敷き詰めた場所に寝たのー。
寝る前にね、そのネズミの家族がね、帰る場所がないならここに住みなさい、と言ってくれたの。
でも私は、なぜこんな生活をしているのか分からないから、あちこち歩いていくよ、って断ったのー。
そうしたらママが、それじゃあ疲れたらいつでもおいで。と言ってくれたの。
凄く優しくて楽しかったー。でもね、臭くて暗くて楽しくなかった…うぅ、思い出したら吐き気がしてきたー…」
「あ…そ、そういえば、吐きそうな時…私はラベンダー畑を想像してる。砂粒も安らぐ光景を想像したら??ここの臭いのない場所にいったら良いかな…」
とおろおろしていたら、砂粒から大丈夫という声が聞こえた。
「随分と前の事だか…う…大丈夫。もう薄れてるから…。地下のネズミ達は優しいけど、でももう地下には行かない…」
私は、そっかーと言って砂粒の頭らしき所にそっと指を触れた。
「気分はどう?」
あの後、落ち着いたらしく砂粒は私が買ったお茶を飲んだ。
「もう大丈夫。お茶ありがとう」
「よかった。これからはどこか行くの?」
「うーん。ここで葉っぱの揺れる音をもう少し楽しむかなー。あ、でも明日にはどこか行くー。どこを歩こうかなー」
うーんと言って砂粒は横に一回転した。そのすぐ後、あ、と言った。
「あー…きっと、うーん、どうだろう。ほんの少し、思い出したかもしれない。私の番だったんだ。水に流される生活の。そう、それ。ここに居て思い出した。流れるこの感じで。あのネズミの家族のようにぷかぷか暖かかった…」
「それじゃあ海に住んでたのかなぁ。だったらお家ってあってないようなものかな」
「そうだねー。きっとそうだと思うー」
「そっかー。じゃあまだ色々な所に行けるね」
「うん。自分から動いて見に行けるー。水に流されるより楽しいかもー」
また風が葉を鳴らす。それからは会話をせず、共にその時間を楽しんだ。
夢歩き ゆめのみち @yumenomiti
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