小さな海
私は不器用なので雨が苦手だ。よく滑りコケるからだ。いつもより足元に集中しないといけないのに、それをするといつも以上に物や人にぶつかる。
でも雨は好きだ。苦手なのに好きというなんとも気持ち悪いものだが好きだ。あまりにも土砂降りでも音を聞いてると楽しくなるし、降ってる最中と降り終わった後の香りが大好きだ。雨の日にしか感じる事のできない、ただ地面に水をまいただけではできないあの香り。一瞬で気持ちが切り替わってしまう、切り替えられてしまう。雨の後の匂いの香水とか入浴剤があればいいのになんて思ってしまう。
夜中に雷が鳴るほど降っていたのに外に出る1時間ほど前に雨がやんだ。まだ地面は水たまりが多い。仕事場付近では降ったりやんだりしているかもしれないと思い傘と長靴で家を出た。
あまりにも雨の量が多かったのだろう。水たまりがあちこち多くて、静かに歩かないとすぐ水が飛び跳ねる。念の為、7分丈のズボンにしておいてよかった。
一番の難関の、大きく他より深い水たまりを跳ねないように丁寧に歩いて抜ける。
それを無事に通り抜けて、ほっとしていたらビシャンという水の音が聞こえた。ちょうど下を見てたので何事かと前を向くが何もない。
気のせいかと思い再び歩き始めると、2mくらい先の地面から何かが出てすぐ戻った。
近づいてみると水たまりだった。あまり大きくはなく、150cmの私が大股で少し飛んだら水を踏まずにいけるくらいの大きさだ。
水たまりの中には海でよく見かける魚がたくさん居た。あいにく私は魚の事を詳しくはないので、美味しそうな食べられそうな方の魚としか言えないが、熱帯魚のようなものは見かけなかった。そして、その海は深いのか底は見えない。
本当は手を入れてみたいがさすがに手を洗う場所がないので、傘を入れてみた。そのままスッと入っていった。3分の1あたりまで入れるともういいだろうと思い取り出した。見た目は水たまりで浅いはずなのに中は海で凄く深いのが不思議な感覚だ。
サメとかいないのかなぁと探していると歩く音が聞こえてきた。少し後ろを見ると釣りの道具を持った小さな女の子がトコトコと歩いていた。片方は肌が黒く美しい長い髪をなびかせている。もう片方はよく日焼けをしていて髪の毛を染めているのか黒色と赤の混じった色をしている。
そのままその子達はこの海の側に椅子を置き、箱の中からロープを広げて釣りを始めた。
でも見る限り、この子達にとってはとても大きな魚しか見えない。
どう見てもその子達は、私の手の大きさくらいの身長しかないし、2人で協力しながら持ってきた魚を入れる箱はそれもまた私の手でおさまる大きさだ。小さいイワシくらいしか入らないのではと思うがそんな魚は見えない。いやもしかしたら今はみていないだけでいるのかもしれない。
「ねぇ」
と静かに声をかけた。2人は、なに?と答えてくれた。
「何を釣るの?」
「うーん、釣れたらなんでもいいかな。ここのは美味しくて良いおやつになるっていうから」
と、まるで2人は実は1人なんじゃないかと思うくらい同時に話した。
「じゃあ、ここの半透明のクラゲとかサメとかも美味しいの?」
「うん!昔、大きいものを釣った伝説の人の話によると、凄く美味しかったみたい!」
なんて二人してカラカラと笑いながら言う。
「2人はよく息があうんだね」
「家族だからね」
「ん、そうなんだ?あなた達の家族ってどんな事を家族って言うの?」
我ながら失礼な質問だろう。だが、頭の足りない私ではこれが精一杯、疑問を言葉に出来た。
というのもこの疑問は、彼女たちがあまりにも似ていないから出てきたのだ。もちろん、人間の感覚だから小人達からしたら人間のほうがおかしいのだろう。
「私達の住んでる所はちょっとした街になっててね」
と言ったところで片方が
「そういえば数日前に100人を少しこえたんだよね!」
といい少し盛り上がった。
それもすぐ落ち着き、髪の毛を染めた方が
「それでね、ほかからも移住して来るんだけど、元々私達は1つの家族として住んでるの、だから他にも兄弟姉妹がいるの」
と言った。
髪の黒い方も
「だから皆の顔知ってるんだよ。でね、大変だから名前があるんだ。私はイシュフ、でこの子がキーピン」
と目一杯楽しそうな顔で答えてくれた。
また私は無知なので疑問が出た。
「その名前ってあなた達の言葉なの?」
「ううん、私達は大好きな物の言葉を入れ替えてるの。他にも、人間の見ているテレビからとったり、歌からとったり、ふと思いついたものもあるよ」
こっちとは全く違う名前の付け方で驚いたが、さらにこの子達は、親がつけるのは仮名だから、大人になって自分達で名前をつけるんだ、と言う方が衝撃的だった。
「人間は大変だよね」
と黒髪の子が言った。
「だって、親がつけた名前をそのままずっと続けていくんだもん。一生懸命考えたといっても、気に入らなくてもずっと使わないといけないんだもん」
そうか。そういうのもあるのか。この子達にとっては。
私達は親がつけてくれた名前を使っている。もちろん私のように意味も含めて気に入っている人もいるが、大人達の間でさえ名前でいじめられる人もいる。
─そういえば、元々1人で行動するのが多い子だと名前という概念すらないものもいたな。
他人に話しかけるのは勇気がいってあまり出来ないけど、人間からするとなんで?という生き方やルールや考え方と出会えるから凄く楽しい。
海の中を見ていると段々大型の魚が出てきた。それでもまだサメくらいしかいないがそのうちクジラも来るのだろうか。
それにしても水たまりかと思ったら海だったのは初めてだ。今までにこんなのは見たことがない。
「ねぇ、ここで海を見たの初めてだけど、どうして水たまりに海ができたの?」
と聞くとキーピンが答えてくれた。
「私達が街を作るより前の話らしいんだけど、昔、流れ星の流れの力に乗って泳いでた魚の群れがあったの。もちろん、皆と同じ、自分達にとって住みやすい場所に移るため。
それでここらへんに移動した時、冒険好きのおじいちゃん魚とその孫がこの星の近くに来て、どんな星なのか観察してたの。何回かこの星に来たとき、ちょうど雨上がりみたいで水たまりが出来てたの。
そりゃ冒険好きだから、入れないか試したらはいれてしまって、さらにそこが自分達にとって住みやすい環境だった。もしかしたら移動しなくて住むんじゃないかと思って上に戻って家族たちに伝えて、ここに来たの。でもそこは少し狭くて、なのにこっちは大勢だから世界各地に散らばったんだ。
けど、全ての水たまりがそういう訳じゃなくて入れない水たまりもあったの。
そこで入れなかった魚達は一旦戻って、冒険好きのおじいちゃんと孫がなんで入れるのか入れないのか調べに行ったの。
雨が降る前の夜、何かが夜道を歩いてた。その魚達は分からなかったけど、私達の推測ではヘビだと思う。薄い水色で角度によっては白色のヘビが歩いてたの。そのヘビの鱗が落ちた所には必ず水たまりができるようになっていて中には海が広がっていた。
ただそのヘビもこの国の中だけじゃなく他の国でも渡り歩いてる流れ者だから、滅多に見る事ができない。どうやら研究してる人はいるみたいだけど…。私達もね、住んでる付近に偶然ヘビが来たら家族みんなで探して皆で釣りをしようって話しててね」
「ということは偶然そのヘビが偶然来たんだ…じゃあ今日は凄いラッキーな日なんだ」
「そういうこと!」
そうして2人はキラキラしてとても楽しそうだった。ちょうど行こうかなと思ってた頃、2人とも魚が釣れたみたいで立ち上がってリールをまいていた。私もどうやって持って帰るのか気になっていたからしばらく見ていたら、少し差はあれど2人とも似た魚が釣れた。
ちょうどその子達の持ってきた入れ物にギリギリ入るか入らないかの大きさだ。
2人はすぐさま箱に入れて、少しはみ出ているから蓋は閉まらないけど持ってきていたロープで縛っていた。
そして持ってきていた一式を片付けて、それじゃあね!と手をふって帰っていった。
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