本の隙間
私には時々、無性に会いたくなる友達がいる。その友達とただそばに居るだけで何でか凄く落ち着くのだ。落ち着いて心が満たされる。その友達は世界各地から集めた話を知っていたり誰かが話す物語を知っていたりする。どうして私と仲良くしてくれるのか不思議なくらい楽しいのだ。
もう出会ってからどのくらいなのだろう。小さい頃からいるから人間で言う幼馴染だ。当時は子供だったので、本屋に住んでるから本屋さんと呼んでいた。その友達は今もずっと変わらず、父の友達が経営している本屋とカフェの一体型の店にいる。
そこはジャズとクラシックを流していて、基本カフェなのだが、本を買いたい時は奥に行くと本屋になっている。もちろん、カフェの方で読める本もある。例の友達はその本屋の本の隙間に隠れている。
あぁ、あそこの店主が作るキッシュとクッキーとショートケーキの味を思い出す。味が口に広がり幸せな気持ちになってくる。
店主の奥さんがお茶が好きでよく聞くお茶だけじゃなく色々な所の茶葉がある。店内では奥さんが紅茶の茶葉でお香を焚いていて、香りが充満していて凄く落ち着く。そして、飲み方も海外のも取り入れていてたくさんあってとても楽しめるのだ。
着いたらハーブティーを堪能して、本屋で友達とお話して、おやつにしよう。
「いらっしゃいませ、あら、ゆめみちゃん!好きな席に座ってね」
「あれ、今は奥さんお一人なんですか?」
「そうなのよ、ちょっと仕入れ業者と行き違いがあってね。足りない食材があって今急いで買い出しに行ってるの」
そうなんだ、大変だね...と言い、いつもの席に着く。
ここは店主夫婦が友達である私の父のよしみでわざわざ作ってくれたお気に入りの席だ。カフェの奥の本屋の部屋の隅に植物などで仕切りを作ってくれている。本は売り物なので本来は食べるところではないのだが、友達の子供だからと作ってくれた。
テーブルの端に置いてある紙とペンを取り出しメニューを見る。今月の気まぐれはミートパイか。食べたことがないから後で頼むか。他に何か新商品がないか確かめるが他にはなかったので、紙に、安らぐハーブティー、ホットと書いて本屋とカフェの出入り口付近にある小さなテーブルに紙を置いた。
これもまた夫婦が私の事を知っていて嫌わずに対応してくれたものだ。もちろん、友達の子供だからではあるが。
目をつむり深呼吸をする。紅茶のお香の香りを鼻と肺で味わう。飲む以外にも楽しめるとは茶葉というのは凄い。あぁ、まだ飲んでもいないのにもう心が満たされている。まだ口にしていないというのに、心が先に飲んでしまっているのだ。
はすっと奥さんが紙を取る音が聞こえた。そして厨房へ向かった。
少ししたあと、カランコロンと音が鳴った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
と聞こえたので店主だろう。足りない物があったという事は、今から仕込みがあるメニューがあるのだろう。それもまた、楽しみを増長させる。
少ししたあと静かに奥さんがハーブティーを持ってきてくれた。ここのは完全に透明なティーポットだから、葉の開き具合を見たいとかの楽しみ方ができる。私はまだよく違いが分からなかったけど、分かる人には分かるのだそうだ。
まずは1杯。日頃ご飯や和菓子にはお茶、洋菓子には紅茶と飲んでいるが、ハーブティーはそれらと違って染み込むように入る。この感覚は本当に他にはないから不思議だ。私はそれで飲みすぎる事があったから、上限を決めるようにしたくらいだ。
ふぅ、ふぅ、と冷ましながらちょび、ちょび、と熱くないよう口の中に少しずつ入れる。
んんん、ずっと舌で転がしていたい。
だけど、喉越しも好きだから我慢出来ずに飲んでしまう。
全てを飲み終わる頃には、カフェの方ではお客さんの声が聞こえてきた。
ここは時間になると満席になるので、夫婦の息子がたまに手伝いに来る。そうじゃなくても今日は仕入れの行き違いでバタバタしていたので息子が急いで手伝いに来たらしく慌ただしそうな3人の声がする。
再びティーポットの中の葉を見る。やはり、開いてるのか開いてないのかよく分からなかった。
ハーブティーセットを、紙を置いた場所に置いて本の所へ向かった。
誰かと話してる声は聞こえないからたぶん本でも読んでいるのだろう。大体はそのどちらかなのだが、稀に何もしていない時は私が来たときに気づいてすぐこっちへ来てくれる。
本屋には、壁際に本棚はもちろん、間の空間にも本棚がいくつかある。間の本棚は、2つの本棚を背中合わせにして置いてある。本棚の間の通路の広さは1人と半分くらい。だから通りたかったらお互いが避けないといけない。が、他店にはない本があるし、店主に聞いたらカタログを見てからだけど貴重な本や、翻訳されていない本もあるので、歩きにくくても来たがる人は多い。
本屋さん、と小声で言いながら本を見ていく。もちろん売り物なので触らずにのぞくだけ。1つ目の本棚には居なかったので裏に回ってもう一つの棚を見る。少し過ぎたあと、ゆめみさん?と声が聞こえた。声のする方へ向くと本屋さんがいた。
本屋さんはどうやら今見ている本棚の向かいに居たらしく、本の隙間から顔を覗かせていた。天使の輪がはっきりと出る短い黒髪に茶色もあるが暗くてよく見ないと黒に見える瞳。その黒と対照的に白い肌。昔は世界中旅してたからよく日焼けしていたみたいだが、今は全くそんな面影はない。
私を確認すると、いそいそと隙間から出て、背中に生えている2つの縮こまった布らしきものを震わせると、今度はそれを広げて羽ばたかせてこちらに来た。相変わらず翼には見えず、飛ぶ姿に驚かされる。
「えっと、1週間前でしたっけ」
「うん、その頃に来たよ」
「ふふ、久しぶりですね」
「うん、久しぶり本屋さん、今日ね本屋さんに無性に会いたくなったから来たの」
「そうなんですね。本屋もまた会えて凄く嬉しいです」
たった一週間のはずなのに何年も会えなかった気がして胸がじんわりとした。先程座っていた席に座って、そしてこの一週間の出来事や今日のハーブティーとこれから頼もうとしているもの、本屋さんはこれから何するのかとか色々な事を話した。
「そういえば数日前に古い友人が来たんですけど、美味しいらしい物を貰ったんです。良ければ食べませんか?」
「食べる。ついでに気になっていたおやつの注文もしてくるよ」
「ええ、本屋は持ってきますね」
また紙とペンを持ち、気になっていたミートパイ、クッキーと紅茶セット、ホット、ミルクと砂糖はなし、と書いた。でもミートパイの味を知らなかったから、お水の代わりに白湯と付け足した。
ちょうど3時あたりなので休憩に来る人達が集まってきてカフェの方は満席になっていた。紙をそっと置いて席に戻った。
本屋さんを待っている間、店内に流れているジャズに集中していた。私はジャズを滅多に聞かないから、ここで学ぶことが多い。題名は全く知らないが凄く良い。なんだか、大人になった気分だ。いや、まぁ大人なんだけども。今度ジャズというものを調べてみよう。
そうしてる間に本屋さんが来た。葉っぱを十字に織られて作られた入れ物から、結構大きめの飴と似た大きさの黄色の固まっている何かを取り出した。
「これはですね、古い友人が海の近くに滞在した時に聞いたそうなんですが…
海の底に咲いている花の花粉が受粉せずに流れたものが他の花粉と引っ付き固まったものだそうです。それが浅瀬の方に流されていくと浮上するようになって、海の近くに住んでる者たちはそれを拾って水でさらっと洗って甘味としてそれを食べているそうです。
それを聞いて友人は滞在期間を伸ばしていたそうで。蜂蜜のように甘いのにしつこくなくさっぱりしてて、飴のように日持ちするそうです」
そのふぞろいな形に固まっている花粉でできた物を口に含んでみた。
なるほど、甘いはずなのに、なんだか鼻に抜ける香りは独特だ。花の香り、というよりももう少し中心部分の香りが少しだけ混じっている。喉越しは上品な感じでスンとしている。海の中にあったというのに全く海の味はしない。食感は飴のように固まっているようにも思えるが少しホロホロと剥がれていく。剥がれたものは溶けやすくて唾液で少しとろみがつく。
「こんなに美味しいとは。海の中にあったとは思えないよ。この食感はいいね…これ、この季節に行くと取れるとかあるの?」
「たしか、春に花粉が出始め、浮上が始まるのは秋の終わりから冬頃です」
「今度取りに行ってみようかな、もしよかったら一緒に行く?」
「いいのですか?もしよろしければぜひ」
そう言っていると頼んでいた物が来た。
まずは甘いのが口の中にあるので紅茶を少しずつ口に含む。独特な甘みが何も入れていない紅茶を飲みやすい甘さにしてくれる。お湯だからか少し剥がれやすくなってきた。紅茶に蜂蜜を入れるのがあるけど、それを真似して入れてみようかな。
「そういえば、前に来た友人が、これを拾ってる最中に泣きながら海から砂浜に上がろうとしている魚が居たそうです」
「なんで砂浜に上がろうとしてたの?」
「聞いてみたら、どうやら陸に身を投げようとしていたそうなのです。
なぜかとも聞いたら、その魚には2人の幼馴染がいて毎日一緒に遊んでいたみたいなのです。その3人は仲が良すぎて周りから3姉妹と言われるほど。
その魚が住んでいる所には例の花の近くでして、ある程度成長すると協調性とかを学ぶためにその花の下に子供たちを集め学ぶんだそうです。
最初は新しい友達が出来たり、この場所は敵が多いとか、ここは何もないように見えるけどここに逃げ込めばいいとか学べて楽しかったと。
でも突然、幼馴染の1人がパタリの来なくなってしまいました。魚は凄く寂しかったのですが、家に帰ったときに遊びに誘えばいいやと思いそのまま学校でもう1人の幼馴染と居ました。
そうしてそこの魚達にとって半月が過ぎた頃、友達グループと幼馴染とで遊んでいた時に、幼馴染が、彼女ここに来ないね…って言いました。魚は、いつでも会えない寂しさを思い出し、そうだね、と答えました。
そして友達に呼ばれたので行くと、友達に小声で、なんで盛り上がってるときにあんな事言うの?おかしくない?と言われ、魚は、特に何も考えず話を合わせておこうと思い、そうだね、と答えました。
そして、それがどうやら聞こえていたらしく、その幼馴染は途中で帰り、どちらの幼馴染とも会うのが気まずくなり今もどうしてるのか分からなくなりました。
年をとった魚は昔は深く考えずにあの後友達と過ごす事を選択していた事を思い出しました。今、彼女達はこの深く切られた傷をどうしているのだろうか。そう思うと、砂浜に身を投げようと思った、と言うのです」
「それで、その魚は、身を投げれたの?」
「いえ、友人が、そんなに思うなら、彼女達に本当の事を言って謝ってからまた身を投げるか考えたら?と言ったみたいなので、その時は、そうだね、と言って戻っていったそうです。それから友人は少し気になっていたみたいで、しばらく見ていたそうなのですが、砂浜に魚の姿は見かけていないそうです」
そうか、と言いミートパイを口にした。思い出せば私も特に考えずに周りに合わせて、元々友人だった子を傷つけた事もある。でも、その魚は私と違ってその時の事を話にいって謝れたんだろう。そのチャンスがあったこと、そしてそれを行動にしたことが少し羨ましいと感じた。けれど、傷をつけてしまったことはなくならないと思うと少しミートパイの味が分からなくなった。
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