残された人達

 いつもの帰り道から少し外れるとなにかがいる学校がある。


 その事を知ったのは偶然だった。唐突に真夜中にケーキがやたらと食べたくなったのでコンビニに向かった。ほんの少ししか変わらないが近道をしたのだ。

 高校の前を通りかかったとき、誰かがイタズラで叫んでいるような音が聞こえた。しかしその高校は夜間学校ではなく、昼間しかやっていない。なので不審者かと思い警察を呼ぶ準備をした。

 覗いてみるが誰もいなかった。気のせいかと思い顔をそむけた瞬間また叫び声らしきものが聞こえた。驚いて再び見るがやはり誰もいなかった。なんだか怖いので行こうとしたら今度は、高校の向かい側にある校庭から悲鳴が聞こえた。遠目から見てみるがやはり誰もいない。

 嫌な感じに背中がゾワリとしたので早歩きでコンビニへ向かった。もちろん帰りは別の道から。




 次の日、帰りに本屋さんのいるカフェに向かった。昨日は恐ろしくて逃げてしまったが実はホラーが大好きなのだ。実物から作り物、作り話まで。だが、本物との遭遇となると恐怖の方が勝ち、なかなか一人では探索しようという気にはなれない。なので本屋さんに話すことにした。

「いらっしゃいませ」

 と二人が仕事をしながら仲良く言う。いつも通り、ゆめみちゃん好きな席にどうぞ、と言われいつもの席に着く。紙とペンに安らぐハーブティーと書き、小さなテーブルに置いておく。

  待っている間に本屋さんを探そうとしたら、ゆめみさん、と声が聞こえた。

「つい数日前ぶりですね。どうされたんですか?」

 そう言いテーブルに着き、ワクワクした顔でこちらを見る。

「えっと、昨日不思議な事があって。私の家から駅前のコンビニに行く木ノ花通きのはなとおりにある高校なんだけど...夜中に前を歩いたら学校から誰かのイタズラの様な叫び声が聞こえたから見てみたけどいなくて...最初は気のせいかと思って行こうとしたらまた聞こえて、でも居ないからい行こうかと思ったら今度は向かいの校庭から悲鳴が聞こえたの」

 すると本屋さんは、ふむ...と考え込んだ。

 昨日の背中に感じた嫌な感覚を思い出したので、深呼吸をして紅茶の香りに集中した。店内に満たされているとはいえ、全く強すぎず邪魔なんてしないちょうどいい香りだ。

 そうしているうちにハーブティーが来た。コポポ...とコップに入れていると、本屋さんがゆっくりこちらを見た。

「本屋はまだそれがわかる話は知りませんね...本屋も見に行ってもよろしいでしょうか」

 その言葉を聞き安心した。

「うん、じゃあ、私の家で待ってよう」 

 少し小腹もすいていたので追加で木の実パイを頼み一緒に食べて店をでた。




 夜中。昼間は車は多くても夜は極端に少なく、歩くひとは全く見ない。あまりに静かなので、自分の歩く音が酷く響くきがする。話すと全ての家に聞こえそうで話すことはできなかった。

 近づくにつれ緊張してきた。実際、自分から心霊らしきものに向かうのはないからだ。



 着くまでに一時間もかかったように思った。

 二人してじっと耳をすませる。一台、車が通り過ぎる。こういうのは根気がいるのだろう。あまりにも緊張しているのか、手足や鼻などが冷たくなってきた。

 心が落ち着くかと思い校庭を見るのに集中するがあまり落ち着かなかった。

 どのくらいが過ぎたのか、全く時間の感覚がわからないから長くも短くも感じる。突然、カァン、カァン、カァン、カァン!と学校側の門がなにか金属で叩かれているような音が聞こえた。あまりにも急だったので二人して小さく声が漏れた。

 慌ててみてみるが、何もない。

「本屋はずっと見てましたが、なにも居ませんでした。音だけですね...」

 と言った途端に、向かいの校庭の門が勝手に開き、誰かーー!!という叫び声が聞こえた。

「ね、ねぇ、校庭、門....開いた」

「ええ、開きましたね....い...ってみましょ...」

 後半は少し声がかすれて聞こえなかったが、なんとなく意味は伝わったので車が来てないか確認をし、道路を渡った。


 入った瞬間、頭と五感がフル回転した。

 門を過ぎるまでは、校庭だったのだ。たった一歩、たった右足を踏み入れた途端どこかの家の中になった。よくテレビで見る武士とかお金持ちの家のようだ。後ろを見ると戸が開いていた。どうやらここは玄関らしい。そこから見える風景は現代とは全く違っていた。向こうには塀や門があり、その塀の近くには木が植えられている。

 すみません、と小さく本屋さんが言い、私の肩に乗った。凄く動揺していた気持ちが本屋さんの重さで少し落ち着いてきた。

「あ、危なそうだからもどろうか」

 と提案すると、うん、というか細い声が聞こえた。

 戸を出ると、今度はそのまま外にでただけだった。戻ることができない。もしかして門繋がりかと思って門のところへ行き、本屋さんに開き方を教わりながら開けてみた。が、そこには昔の町並みだった。よく時代劇などでよく見かける昔の日本。

 勇気を出して外に出てみるが、出た瞬間先程の玄関に来た。後ろを向くとさっき開けていた門は閉じ、来たときと同じ風景だった。もう戻れないかもしれないと思い、恐怖だけじゃなく寂しさもでてきたので本屋さんに手でそっと触れた。

 二人してどうするか、今どうなっているか考えているなか奥の方で物音がした。何か行動していた方がいいのだろうと思い、音のする方へ向かった。

 といっても部屋が多く全く分からないから、二人で耳を立てた。

 なるべく音を立てないように、何も聞き逃さないようにゆっくりと忍び足で歩いていく。

 少しすると、またガタンという音が聞こえた。そして、どこだ、どこにいるんだ、という独り言が聞こえた。凄く怒気をはらんでいたので危険だと思い離れようとしたら何かを投げつける音が聞こえて肩がビクっとなった。我ながら声を出さなかったのは褒めたい。

 本屋さんが奥の方へ指をさすので言う通りに歩いた。

 どこの部屋のふすまも閉まっている。ここはどこかお金持ちの家で、怪しい人が誰かを探している。元の世界で、悲鳴が聞こえるということは事件なのだろう。それに関するなにかをすることで、満たすことで戻れるのだろうか。でも、ふすまを開ける音が相手に聞こえそうで怖い。

 1つ1つ耳で確認しながら歩いていくと、後ろから男性のおかしな声が聞こえた。それは向こうで学校側の方で聞こえたイタズラの様な叫び声と同じだった。

 声を出さないかわりに心臓が倍驚いているからか、心臓が酷く痛い。

 角を曲がるとなにか布の擦れる音が聞こえた。気のせいか確かめる為に立ち止まってみる。 

 後ろで例の怪しい人が別の部屋に移動する音が聞こえた。その時、すこし差があってまた布の擦れる音が聞こえた。多分このなんだかよく分からない部屋に隠れているのだろう。本屋さんが見張りに立ち、私は小声で話しかけてみた。

「すみません...私、ゆめみと言います...もし良ければ私にも手伝わせてください...」

 声がこの部屋のなかの人に聞こえたら、この話し方で相手に伝われば、と必死で願った。

 が、何も返答は来ない。そりゃそうだろう、怪しい人の仲間だと思われても仕方ないし、そもそも敵に気づかれやすい行動を誰がとるのだろう。

「そちらから外に出られるのなら私にだけ分かる合図をください。こちらからあなた達が逃げられないか考えます」

 と、言ってみるがやはり何もない。時計もないので体感でしかないが返事に数分は待っている気がする。本屋さんを連れ、ふすまの前に待機する。ついでにあまりにも怖いので手に乗ってもらった。

 またイタズラの様な叫び声が聞こえた途端、ふすまが開き考える間もなく部屋の中にいれられた。そして、入った途端やっと見えたのは、私の首に刃物を突きつけている女性の姿だった。

 数十秒の膠着状態のあと、あいつの気を引けば信じてやる、と耳元で呟かれたので、部屋を見渡してみた。比較的こぢんまりとした和室だった。後ろの男性の他には女の人が2人、男の子が1人居た。皆、刃物や刀を持っている。

 本屋さんが刃物の近くにきた。手を後ろに固定されたため、本屋さんがどこにすっ飛んでしまったか不安だったが、無事で良かった。

「相手は強いんですか」

 と小声で聞く。

「あぁ、他にもう1人居たのだが...」

「ここから外にでられるのはどこでしょうか」

「それならここからもう少し奥に行くとそれ用の部屋があってそこから出られます」

 と、先程まで刃物を突きつけていた女性が言った。

「でしたらそこから出ましょう。相手は本屋がひきつけておきます」

 とはいうものの、知らない人がさらに二人増えたので信じるかどうか迷っていた。また、向こうで怪しい人が移動する音が聞こえる。今は1つ1つ部屋を覗いているが、いつ発狂して飛ばしてくるか分からない。どうして信じてもらおうか...。信頼を得るというのは非常に難しい。

 そう思ってはいたが、こういう状況だからか、また叫び声が聞こえた時にふすまを開け移動した。私は最後尾に、本屋さんは相手の部屋に向かった。

 凄い物音がしている。どれだけ怒っているのだろか。相手が物音をたてているとはいえ、開く音が向こうにも聞こえていそうで緊張する。

 中にはいれた時は十分くらい経ったんじゃないかと思うくらい長く感じた。中は部屋かと思いきや壁で囲われてはいるが外だった。私を除く四人は足が汚れるのも痛いのも気にせずそのまま歩いた。

 どうやら玄関から見て右側の部屋に怪しい人がいるらしい。本屋さんが着いたのか、凄く怒鳴っている。なので反対側に行く。


 やっと門が見えたのでほっとした。男性が門を開け皆が外に出て走っていった。

 声を出すのはあまり良くないよね、と思いなにか投げられるものはないかと探してみるが、とてもきれいに整えられているのでそんなものは見当たらなかった。

 とてつもなく怖いが仕方がない、家の中のを使おう。

 玄関に向かって歩いていく。なんだか怪物の口の中に行く気分だ。なるべく静かに歩いているから、相手の暴れる音と自分の呼吸音しか聞こえない。はずなのになんだか違う感じがする。何か見られてる感じがする。

 玄関に足を踏み入れた途端、暴れている物音はパタリとなくなった。

 もしかして本屋さんもいなくなったのかと思い、ごくりと唾を飲む。その音がやたらと響く。この場に居るのも怖いので、あまり動かない足を動かしていく。静かに歩いていても小さく聞こえる足音。足を置くたびにス....と床が擦れる音がする。時折、木の床なのでどんな風に気をつけてもきしむ。それがまた重い音なので響く。

 最初に怪しい人の居た部屋についた。よく聞いてみるが何の音もしない。

 だんだん寒くなってきた。呼吸が浅くなっていくのだが、自分の呼吸すら吸えているのか分からなくなってきた。自分の吸った時の感覚と音が少し一致しない。パニックになっているのだろうか。

 さらに足を進めて、本屋さんがいたのだろう部屋に向かう。ふすまが開いたままなので多分ここなのだろう。部屋を恐る恐る覗いてみると本屋さんが座っていた。よく見ると羽の先が切れていた。本屋さんが私に気づいて、とことこと歩いてくる。私も早く誰かの温もりを感じたかったので歩いていった。

 無事、手の上に本屋さんを乗せ、玄関に向かう為に部屋を出た。

「ひぎぃ...!」

 と思わず声が出てしまった。玄関にもどろうとしたら、暴れすぎたせいで服が脱げかけている刀を持っている男性がいたのだ。ずっと、なんの音もしなかった。いつの間にここに居たのか。いや、今までの自分の行動と少しズレた音。静かになったあの時に後ろについてきてたのだろう。

「隠しているんだろう」

 ギロリとこちらを睨む。

 間に合うのだろうか、現代で甘やかされたこの体が、昔の人に。そう思いながら、走らないといけないと思い振り返って走った。こういう時のために走る用の格好にしておいて本当によかった。さっき外に出るのに向かった部屋へ行く。後ろでなにか壁にぶつけているのか、物凄い音をだしながらこっちへ来る。

 ちょうど開けっぱになっていたので、出た瞬間に勢いよく閉めてまた走る。後ろで叫びながら戸を壊そうとしている音が聞こえる。

 足音と向こうの足音がやけに耳に入る。ザッザッザッザッ...ザッザッザッザッザッ...。だんだん近づいてくる音がする。なんだか呼吸音も聞こえてきた気がした。

 もう間に合わないと思ったが、なんとか門をぬける事ができた。

 今度は玄関に戻ることなく校庭の門の前にいた。まだ怖いので、少し離れて校庭を見る。門は閉まっていて中は普通の校庭だ。

「はぁ、こ、怖かった...」

「なんだったんでしょう...」

 と二人して地面にへたり込んだ。しばらくは恐怖と疲れで足が動かない。

 このあと、このまま帰るのもなんだか怖いので、神社や寺に行ってから家に戻った。


「本屋さん、よかったら泊まっていく?」

 まだ少し怖いので本屋さんに聞いてみた。

「ええ。お願いします」

 このまま寝るのは汗をかきすぎて嫌なので軽くシャワーを浴びて、二人分のお茶をコップに入れ自室に移動した。

「羽...切れちゃったね...」

「大丈夫ですよ。月の光からえられる栄養で元に戻るので」

 羽をゆらゆらさせながら笑顔で言う。痛くないのだろうか...。

「なにか思い出した?噂とか」

「いえ、この類のは...ですが、昔の事件に取り残された人々かもしれないので、それに関しては心当たりがあります。明日休みですよね、たしか」

「うん」

「ではこのまま寝て明日の昼頃に案内します」



「ここです」

「わ、秘密基地みたいで最高の場所だね」

 空き家が少しあってあまり人の来ない道の奥に、誰にも使われていない寂しい公園がある。公園と言っても、遊具なんて1つもなく場所も狭いのに他の公園のように壁などの作りがあり地面もきれいに整えられている。それでも注意書きがあり、みんなの公園とまで書いてある。何のためにあるのか分からないから使ってる人を見たことがない。

 そんな中にはありあわせの板で作られた小さな家があった。

 本屋さんに連れられて入ると狭くて、メモが書かれた紙があちこちに散乱している。テレビで見るような整えられた内装もいいが、こういう雰囲気もまた心地が良い。

「木ノ花先生」

 そう本屋さんが言うと、紙の山がごそごそと動いた。

 んー、と寝ぼけているような声が聞こえる。

「なぁにー、本屋さん...」

 本屋さんが昨日の出来事を説明した。それを聞いて一気に覚醒したらしく、慌ただしく何かを喋ったり動きまわった。

「いやぁ、知りたいよね!あそこね、真夜中に誰かが居るみたいで他の子達も聞きに来るんだよね、私もね、今調べてるんだよね、で、今の話と照らし合わせてね、これじゃないかっていうのがあってね、聞くよね?あ、今私ほうじ茶にはまっててね、飲む?」

 動き回りながらだったので聞き取るのが大変だったが、聞きたいしほうじ茶も好きなので、はい、と言った。

 その子は、薄ピンクのベースの色にほんの少し紫が混じった落ち着いたピンクの模様が全身にある。形は外でよく見る蝶に似ているが胴体も頭もない、蝶と同じ形の羽だけだ。

「えっとね、まず学校じゃなく校庭がね、問題。あちこちかき集めて地図をね、作ったの。ほら、ここ。この家、200年くらい前かな。で、今で言うDVや子供の虐待から逃げてきた人間がねいたんだけどね、この家に逃げ込んだの。そこの夫婦はね凄く優しくてね、いつも周りの人と助け合っていた人達でね、匿ってくれたの。それはもう別人として生きられるようにたくさんの事をしてたし、家の中に引きこもっていても生活できるようにもしてくれた。そうしてね、何年かしてもね、気を抜かなかったの、だけどバレちゃったんだよね。

 そしてね、旦那がきちゃったの、旦那は、一緒に住んでた頃より悪化しててね、地元ではね、取り憑かれたんじゃないか、中の人は違うんじゃないか、って噂が流れてたんだ。でね、夜中に家に忍び込んでね、まず来ていた家主の友人を刺して、旦那がなんとか刀を抜いて応戦してたの、そこにちょうどお酒を持ってきた奥さんが来てね、走ってね、逃げてと叫んだの。旦那もね、なんとか相手を倒せたんだけどね実は一瞬気絶してただけ、夫婦が奥の部屋に隠れていてね、親子を連れて避難部屋からでたの、でも間に合わなくてね。終わったあと門の外で男は変な声を時折出してたそう。」

  ああ、それであそこにずっと取り残されていたんだ。今もそうなのだろうか、あの時出られた時、少しでも心が救われただろうか。

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