雨の後のイタズラ

 今日は雨だそうだ。さっきから雨音が重たい。ただお昼か夕方頃にあがるらしい。疲れていなかったら少し寄り道をしようか、そう考えると滑ってコケてしまっても痛くないかもしれないと思った。

「いってきます」

「気をつけてなー」

 両親は仕事が朝早いので兄の声しか返ってこない。でも家に誰かがいるというのはなんでこんなに安心するのだろうか。

 ドアを開けると音のとおりに大粒の雨が降っていた。これでも警報どころか注意報すら出てないので、いつも通りに仕事に向かう。念の為上着も着ていて正解だった。これがなければ体が濡れて寒い思いをしていただろう。

 最近コーヒーにハマっているので、駅近くの珈琲屋に寄るために少し早く歩く。

 住宅街を抜け車通りの多い道へ出る。ここには様々な花が咲いていてそこに住んでいる小さな子がいるのだが、こんな大雨なのでどうやら花の下に避難しているみたいでどこにも見かけない。少し寂しい気持ちではあるがコーヒーでひと息つきたいのでそのまま進んでいく。

 そろそろ駅が着く頃くらいにどこからか、いけいけーという声が聞こえた。キョロキョロしても見当たらないがたしかにさっきから聞こえている。とても小さい子が喋っているのか、小さい声だが目一杯叫んでいるような感じだ。

 見えないのでよく聞いていると、傘にぶつかった時に、成功ー!とかやってやったぜ!とか聞こえる。もしかして傘の真上なのかと触れる所まで手を伸ばしてみるが、腕をただ濡らしただけになった。

「さっきから誰?何をしてるの?」

 コーヒーを飲みたいのと知りたいのと仕事がせめぎ合ってるので探すのをやめ聞いてみた。

 すると今度は下から聞こえた。

「えへへ、ごめんね、驚いた?」

 と、聞こえはしたが何も見えない。

「人間達は雨って言ってる!あたしたちこの辺で狙いを定めてぶつかる遊びしてるんだ!人間と動物は動くから狙いにくくて楽しいんだよ!」

「へぇ、それでさっきから、Go!Go!Go!って声とか聞こえてるんだ」

 傘を少し左右に動かしてみると、あ!失敗した!とかが聞こえる。なんだか楽しそうだ。

「雨ってことはまた流れて海に行って雨になるの?」

「も!人間ってなんでそんな偉ぶった考えしてるの?あたしたちは行きたいとこに移動してるだけ!」

 そうだそうだ、と周りの水たまりになっている雨達が言う。

「あたしはこれから森に行きたい集団と合流して移動するの!食べ物が美味しいって聞くから!」

 そう言うと他から言葉が飛んできた。

「海のほうがたくさん栄養あるしー!」

「や、渡り鳥に乗って旅行っしょ!」

「えー家でゆっくりする方がいいー」

 などきのことたけのこ論争みたいになってきた。でも聞いていると凄く楽しそうだ、が、さすがに水が極端に少ない砂漠では危なかったみたいだ。あと、植物を育てていたら花の密と間違われたとか、わざと犬の鼻の付近に行ったらくしゃみをされて鼻水だらけになって落とすのが大変だったとか。

「凄く楽しそうだね」

「楽しいよ!もしあなたもどこか行きたくなったら案内してあげる!」

 その1言から始まった周りの、私も私もと言ってくれるその優しさに胸があたたかくなった。

「うん。ありがとう。その時はよろしくね。それじゃあそろそろ行くからまたね」

 そう言って駅近くにある珈琲店に向かった。

 ここの珈琲店は新しく出来たばかりで静かだけど優しいお姉さんがやっている。お姉さんは凄くコーヒーが好きでずっと研究していたようだ。最初は香りにハマり子供の頃から研究をしていたそうなのだが、さすがにカフェインなので親に飲んでもらうというのでやっていたそうだ。その培った豊富な知識と、周りの協力から珈琲店を開くにまで至ったらしい。

「いらっしゃいませ!」

 と彼女は明るく言う。

 外にも香りが漏れていたが中に入るとより一層香りが強まる。入ると本の中に迷いこんだようで楽しい。

 お持ち帰りはもちろん数席だが店でも飲める。コーヒーが主なので食べるものはコーヒーに合うものを置いてある。まだ私は仕事前に飲み始めただけで頼んだことはないので、いつか頼む日が楽しみだ。

「えっと、ホットを。あの飲みやすいオリジナルの...Sでお持ち帰りで」

 味と接客の他に素敵な所。サイズだ。馴染みのあるS、M、Lでしてくれているし、話せなくても指を指すだけで注文できる仕様でもある。そして面白いことに更にその上の大きさもある。

「はい、300円になります」

 ちょうど持っていたので渡す。レシートはいらないと伝え、お持ち帰りする人のために置いてあるソファに座った。コーヒーを入れる音をBGMに内装を眺める。相変わらず凄く落ち着く飾りだ。主に木を使っていて、壁の色は少しベージュみがかかっている。木も飾りっ気がなく主張をしすぎないからうまく他を引き立て他に引き立てられている。テーブルはどうやらきちんと形を整えられてた物ではなく流れている。その足も綺麗な曲線を描いている。ここまで揃えるのはどれだけのお金がかかったのだろうか。

「お待たせしました」

 小さな袋に入っているのだが、わざと取っ手ではなくコップの方を持つ。できたての熱さが雨で冷えた体を暖める。

 今はまだ熱すぎて飲めないので電車を降りたら飲もう。


             ◇


 17時を少し過ぎ仕事も終わり、少し体力が残っていたので気になっていた道に向かった。

 いつも行く道より数分遠くなる。それでもその場所に向かうとその数分を楽しもうという気持ちになるらしいのだ。

 短い小道にそれて、小道を出ると大通りみたいな広い道にでる。一応車道はあるのだが一歩通行で減速して走らないといけないので滅多に見ない。

 車道と歩道の間に木が植えられている。知り合いに聞いた話だが落ち葉の絨毯じゅうたんが出来るのだそうだ。

 周りの家や個人店も植物が好きなのかオリーブを植えていたりしている。ここだけ日本ではないように錯覚してしまうほどオシャレだ。

 雨の後もあってか、木や土の濡れた香りも上がってくる。雨の時もそうだが雨上がりもなんでこんなに良いのだろうか。雨で空気が澄んでいるようにも感じる。

 次はいつ来られるかわからないので深呼吸をした。

 そうしてゆっくり駅に向かった。

 何歩か歩いていると小さな笑い声が上から聞こえた。上を見ても見えないので、また雨水なのだろうか。

 少し木の真下に行ってみると、きたきた!とかもうちょっと、とかが聞こえる。

 そして真下に着くと、今だー!という声とともに葉に乗っていた水が落ちてきた。それがなんだか楽しくて思わずクスっと笑ってしまった。

「ここで何してるの?」

「わ!バレた!」

 たくさん水があって誰かは分からないけど誰かがそう言うと、バレたねー、バレちゃった、バレたバレた!、とあちこちで話始めた。

「イタズラ!ここに落ちた時に、ここの木から教わったの。はっぱに乗って隠れてね、下に人が来たら一斉に落ちるの。皆雨が終わったって思っているからびっくりした顔が面白いよってね!」

 そう言うとよほど楽しかったのか、もう一回と言って静かになった。多分木を登っているのだろう。

 イタズラかぁ。イタズラにしては声が丸聞こえで可愛いらしい。

 周りを見てみると、どうやら車道をつっきろうとしている男性がいた。まだ仕事なのか帰りなのか、スーツをきっちりと着ている。

 木の下に行くと彼もイタズラを受けていた。思わず上を見上げて服をぱっぱっと払っている。そして車道を走って向かいについた途端またイタズラを受けていた。本人は全く大変なのだろうが、たしかに面白かった。これは木々もイタズラを広めたくなるだろうし、雨水もハマる。私も木や雨水になったらイタズラをしていただろう。

 そろそろ帰るか、と歩いていたら木の下にいるままなのでたくさんのイタズラを受けた。もう驚きはしないもののこのイタズラを受けるのが楽しくてそのまま歩いていった。

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