第3話 ~ショベルの行方~
(あんなたくさんあったのにどこに)
驚愕のあまり言葉を失うほど呆気に取られてしまった。
あれだけ大量にあったショベルが、いつの間にか全てなくなっているのだ。
「トールさーん! こっちも終わったわよ」
呆然と立ち尽くしていると、背後から声が掛けられた。
振り向くと、マリンが手を振っている。
その手にはショベルが握られており、こちらへ歩きながら腰のポーチへ入れようとしている。
「そんなに入るわけが──」
ない。と言葉を続けようとしたが、その声が口から出ることはなかった。
なんと、小さな白いポーチの中に吸い込まれるようにショベルが消えたからだ。
「ん、どうしたの?」
「……お前、マジックバックを持っているのか?」
目の前の現象を理解した俺は唖然としながら問いかける。
マジックバックはゲームでの必須アイテムで、所持できる道具の数と量を飛躍的に多くできる。
しかし、産出される量が圧倒的に少なく、市場価値は非常に高い。
そんな貴重な物をマリンのような少女が持っているとは思いもしなかった。
「ええ、そうよ?」
さも当然のように答えるマリンを見て、開いた口が塞がらないほどの衝撃を受けた。
冒険者の中でも高ランクの者しか持っていないような貴重品を平然と使用する姿に驚きを隠せなかった。
「そんな高価な物を持っていたなんて知らなかったぞ」
「あれ? 言わなかったかしら? これは無限に入る最高級品よ」
マリンは得意げに胸を張り、腰に付けているマジックバックを叩いてアピールする。
無限に入るということは、マリンの持っているポーチはこの世に一つしかないものだ。
「ダメよ! これは私のなんだから!!」
ポーチを見つめている俺から逃げるようにマリンがじりじりと後退る。
「……別に盗りはしない。俺の荷物も入れてほしいだけだ」
俺がそう言うと、マリンの表情がパッと明るくなった。
「そういうことね! それならいいわよ!」
「助かるよ」
マリンに俺が持っていたショベルを差し出すと、嬉しそうに収納してくれた。
(やっぱり便利だな)
感心しつつ、日が落ち始めた空を見上げる。
「マリン、そろそろ風呂に入りに行こう。時間が遅くなる」
「そうね! もう夕方だし、行きましょうか!」
土木作業者には賃金以外に銭湯代金として50Gが報酬に追加されている。
そのおかげで心置きなく風呂を堪能することができるのだ。
俺とマリンは一日の疲れを癒すために事務所を離れて銭湯へ向かった。
◆◆◆
銭湯を出るとすでに日が落ちていた。
仕事を終えた男たちが酒場へ足を運び始めるため、通りには人で溢れかえる。
俺はそんな人込みの中、上機嫌に前を歩くマリンへ声をかける。
「今日はどこの店へ行くんだ?」
「んーー……そうねぇ……」
少し悩んだ後、マリンは振り返って笑顔で答えた。
「今日はあそこに行くわ!」
そう言って指差したのは、大通りに面した一軒のお店だった。
『酒処・酔いどれ亭』と書かれた看板が掲げられている店の前には、既に数人の客が立っているのが見えた。
店内からは賑やかな声が聞こえ、中から漂ってくる料理の匂いに思わず腹が鳴りそうになる。
「良さそうな店だな」
「でしょー? 前から気になってたのよねー♪」
俺たちは客が並ぶ列の後ろに並ぶことにした。
並んでいる間、周りの男たちからの視線を感じることが多かった。
その理由はすぐに分かった。
それはマリンの存在だ。
マリンは非常に目立つ容姿をしている上に、相槌しか打たない俺へ明るく話し続けている。
そんな光景を見せられて気にならない男はいないだろう。
(視線が痛いな)
周囲から向けられる視線に耐えながら待っていると、俺たちの順番がやってきた。
「いらっしゃいませぇ!! お好きな席へどうぞぉ!!」
元気の良い店員に案内されて、窓際のテーブル席に向かい合って座る。
メニューを開いて注文するものを選ぼうとした。
「トールさんトールさん! ここのオススメは【焼き鳥】らしいわ! 頼んでもいい!?」
目を輝かせながら聞いてくるマリンを見て、眉をひそめる。
(この店の名前といい、メニューを見る限り日本の文化が入っているとしか思えない……こういう店だったか?)
俺でも店の商品ひとつひとつのメニューを覚えるなんてことはできない。
ただ、こんなにも日本っぽい名前が付けられていたら、多少は印象に残っていそうなものだ。
(まあ、今はいいか)
俺は疑問を振り払い、マリンへ返事をしようとした。
「以上で!」
「はい! わかりましたー!」
マリンは俺の返事を聞く前に注文を終えており、元気よく返事をする店員を見ながら俺は溜め息を吐いた。
それから数分後、テーブルの上には頼んだ食事がずらりと並んだ。
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名 称:エール(大麦)
効 果:知力+1
詳細:主に庶民の間で親しまれている一般的なお酒。
ごく稀に貴族のパーティーなどで出されることがある。
所有者:トール
《能力変換済》
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(エールはどこも一緒なのか。これは仕方ないな)
テーブルに置かれたエールを見てから手に取り、マリンと目を合わせる。
「「カンパーイ!」」
マリンとジョッキを突き合わせてから、エールを一気に呷った。
アルコール特有の苦みが喉を通り抜け、爽快感が駆け巡っていく。
「「ぷはぁーっ!!」」
俺とマリンは豪快に飲み干すと、すぐにおかわりを注文した。
そんな俺へマリンがジト目を向けてくる。
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