プロローグ⑧~女神マリン~
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
大声を出して部屋を追い出された俺とマリンは冒険者ギルド内にある酒場へ移動していた。
昼間と違ってあちこちで人が話しながら飲み食いしており、こうして対面しなければ声が聞こえないほどだ。
テーブル席に向かい合って座り、開口一番に質問をぶつけた。
「セイレンと〇×ゲームをしていてね、347問目でようやく私の勝ちになったわ」
「そんなことを聞いているんじゃなくてだな……」
答えになっていない話をしてきたマリンに頭を抱えていると、酒場の店員が注文を取りに来た。
「お客さん、何にしやすかい?」
「エール二つと枝豆」
「へい、お待ちくだせい」
「お前勝手に注文を……」
「酒場に来ておいて注文をしないなんてできないでしょう? 早く来ないかなー」
マリンはこれまで俺が出会った中で一番のフリーダムな印象だ。
離れていく店員の背中を目を輝かしながら見ている。
(まあ、いいか……俺も飲んでみたかったし)
俺は諦めてエールが運ばれてくるのを待つ。
その間にマリンへ再び話を切り出した。
「それで? なんでお前はここに来たんだよ?」
「うーん……よくわかんないのよね」
「わからない?」
「そうなの。〇×ゲームに熱中していたのは覚えているけど、なんでやっていたのかしらね? あんた何か知らない?」
「俺が? いや、心当たりは特に……あ!」
ここで俺はあることを思い出した。
もし、【あのことが叶った】のなら、マリンとセイレンが〇×ゲームをした理由がわずかだが理解できる。
「あ、ってなによ? なにか知っているなら教えなさいよ」
「いや、俺がここに来る前、セイレンが【優秀なガイド役が必要ですよね?】って言っていたから、もしかしたらと思ったけど」
「……え?」
それまで笑顔だったマリンの顔が凍りついたように真顔になる。
そして、勢いよく立ち上がると俺の胸倉を掴みかかってきた。
「ちょっとちょっとちょっと!!?? 私勝っちゃったじゃない!! ガイド役なんて面倒なことやりたくないのに!!」
顔を真っ赤にして怒るマリンに揺さぶられながら、なんとか言葉を絞り出す。
「ま、待て!! 落ち着けって!! 俺に言われても困る!! それなら帰ればいいだろう!!??」
俺の言葉にマリンはさらにヒートアップする。
「帰れないわよ!! 主神にあんたのガイド役に認定されたんだから!! ああああああああ!!!!」
うろたえるだけうろたえて最後は頭を抱えて天を仰いでしまった。
先ほどまで騒いでいた周りの人たちも、マリンの叫び声でこちらに注目している。
狼狽しているマリンをどうしたものかと眺めていたら、巨大な影が俺たちを覆う。
「お待たせいたしやしたー!! お二人さん、あまり騒がしいと追い出すぞ!?」
体の大きな店員がドンッとテーブルへエールの入った木製のジョッキを置く。
あまりの迫力に俺たちはすぐさま椅子に座り直す羽目になった。
それと共に再び喧騒が戻ってくる。
ただ、静かにしたにもかかわらず、男性店員は俺たちのテーブルから離れようとしない。
「あれ?」
「ん? もしかして、お前昼間の素寒貧小僧か?」
店員は俺をこの冒険者ギルドまで連れてきてくれた男性の一人だった。
俺の顔を見て思い出したかのように話しかけてきた。
「はい、そうです」
「興奮するのはわかるが、あまり騒がないようにな。素行不良でも冒険者の資格を失うぞ」
男性は俺の肩をポンと叩いてから厨房へと戻っていった。
何か盛大に勘違いをしながら立ち去る男性店員の背中を見つつ、目の前で項垂れているマリンへジョッキを差し出す。
「ほら、せっかく頼んだエールが来たぞ?」
「…………」
俯いていたマリンは無言でエールの入った木製ジョッキを手に取ると、一気に飲み干していく。
ゴクゴクと喉を鳴らしてエールを飲む姿はまさに豪快という言葉がぴったりだ。
(見た目はかわいい女の子なのに……もったいない)
そんな感想を抱きつつ、自分の分のエールを口に含む。
ゲームで飲みたいと思っていた飲み物であるエールは炭酸が入っており苦みは少ない。
(うまいな……)
ビールのような味わいを楽しんでいると、目の前のテーブルに再び木製のジョッキが置かれる。
「これは俺のおごりだ。あんちゃん、冒険者頑張れよ」
先ほどの男性が追加のエールと、唐揚げのような料理や枝豆を持ってきてくれていた。
(この人いい人だな)
笑顔で去っていく男性の後ろ姿を見ていると、向かい側から声が聞こえてきた。
「……っぷはぁ!! うまい!! もう一杯!!」
そこにはすでに二杯目のエールを飲み干し、三杯目を元気に要求するマリンの姿があった。
拒否して騒がれても俺が困るので、俺の二杯目の分をマリンへ渡す。
「これ飲めよ。最後だぞ?」
「ありがと! あんた以外に優しいのね!」
マリンは三杯目のエールを一気に飲み干すのではなく、料理と一緒に楽しむ。
「美味しいわ~。あんたは食べないの?」
マリンはもぐもぐと頬に詰め込みながら聞いてくる。
その姿はうろたえていたことなど忘れているような振る舞いだ。
「お前はこれからどうするんだ?」
「私? この世界の魔王が倒されたら神域に帰れるから、あんたを手伝ってあげるわ」
さも当然とばかりに言い放つマリンを見てため息が出る。
こいつは俺へ【レベル0】なんていう職業を渡したことも忘れたのだろうか。
「俺はレベル0で全部の能力も0だぞ? そんなんで魔王を倒せると思うか?」
「…………あんた、名前なんだっけ?」
ゴクリと口の中の物を飲み込んだマリンが急に真剣な瞳で俺を見つめてきた。
その視線の強さに圧倒されながらも、質問に答える。
「トールだ」
「そう、じゃあトール。私は最強の職業であるレベル0であるあなただからサポートするのよ」
そう言い切って笑うマリンはとても美しく見えてしまった。
俺はその美しさに一瞬見惚れてしまい、恥ずかしさを誤魔化すためにエールを口に含もうとした。
「ちょっとちょっと、飲む前に能力の変換したの?」
そんな俺をマリンが意味不明なことを言いながら止めてきた。
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