第2話 ~土木事務所~

(土木工事で認められてもな……まあいいか、悪い気はしない)


 そんなことを思っているうちに、マリンは俺の隣にしゃがみ込んで残りの銀貨も数え始めた。


「1、2、3……あ、そうだ。中にいたサイモンがトールを呼んでいたわよ」

「サイモンさんが? わかった、残りは任せてもいいか?」

「このマリンさまに任せなさい! ピッカピカにしておいてあげるわ!」


 マリンは腕まくりをして胸を張り、得意げな顔をする。

 オリャーと言いながら今日使った道具の汚れを落とし始めるマリン。

 俺はそんな様子を見て安心しつつ、事務所の中へ入って行った。


(サイモンさんが俺に何の用なんだろう?)


 サイモンさんは複数の現場を管理する責任者の一人だ。

 そんな人物が俺を呼び出したということは何か理由があるに違いない。

 思い当たる節はないのだが、とりあえずサイモンさんの部屋に向かった。

 土木事務所に入り、迷いなく歩き続ける。

 中にいる職員さんとも顔馴染みになっているため、挨拶をしながら進んでいくと目的地に到着した。

 コンコンとノックをすると中から声が返ってきたので扉を開ける。


「失礼します。トールです」


 部屋の中には大きな机があり、その上に書類が広がっているのが見えた。

 相変わらずボサボサの髪と無精髭を生やしていて、くたびれたシャツとズボンを身に着けている。

 サイモンさんは俺が冒険者になる時にカウンターまで付き添ってくれた男性だ。

 それ以来お世話になっており、時々一緒に食事に行くこともある仲だ。

 入室すると、サイモンさんが手元の書類から視線を上げた。


「よう、お疲れさん。今日もよく働いたようだな」

「ありがとうございます。ところで何の御用でしょうか?」


 若干緊張しながら用件を聞いたら、サイモンさんは微笑んでから首を振る。


「そんなに深刻な話じゃない。表にショベルが置いてあっただろう?」

「ええ、そうですね」


 俺は事務所の入り口付近に並べられていた多数のショベルを思い出す。


「あれらは古くて処分する予定なんだが、必要なら何本か持って行ってもいいぞ」

「え!? いいんですか?」

「ああ、金が必要なんだろう? 売るなり、使うなり自由にしてくれ」

(ありがたい申し出だけど、本当にいいのかな……?)


 突然のことに戸惑っている俺を見て、サイモンさんは楽しそうに笑う。


「ハハハッ! 別に遠慮しなくていいぞ? 明日には業者が回収に来るんだ」

「……わかりました! ありがたく頂戴します!!」


 笑顔で頷くサイモンさんにお礼を言って頭を下げる。


「おう! それじゃ、また明日な!!」


 サイモンさんの部屋を出ると、思わずガッツポーズしてしまった。


(能力変換ができる! 善は急げだな!!)


 スキップしそうな足を抑えつつ、できるだけ平常心で事務所を出る。

 外にある多数のショベルを視界に収めると、逸る気持ちを抑えて冷静に考えた。


(違う種類のショベルがあったら儲けものだけど、あるかな?)


 この土木事務所にあるショベルの大体が【汎用型ショベル】だ。

 それ以外のショベルを見たことがないので、あまり期待はできないかもしれない。


(まぁ、あったらラッキー程度に思っておこう)


 ショベルを一通り眺めたが、やはり汎用性ショベル以外はなかった。


「ねえ、トールさん? 私に片付けを任せっきりで自分はサボっているわけ?」


 背後から声を掛けられたので振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちしているマリンがいた。

 顔は笑っているものの目が笑っていないのがよくわかる。


「い、いや……そんなことないよ……」

「じゃあどうしてすぐに戻ってこないのよ!?」

「サイモンさんがこのショベルをくれるって言ってくれたから選んでいたんだよ。連絡しなかったのは謝る」

「ふーん、そうなんだー」


 棒読みで言葉を発しながらジト目でこちらを見てくるマリンの視線から逃れるように顔を背ける。

 片付けのことを忘れていたのは確かなので言い訳もできない。


「ねえ、これ全部くれるって?」


 マリンは並べられている大量のショベルを見回している。

 マリンなら本当に全部自分の物にしても不思議ではないので怖い。


「新しい物に変えるから、必要な分だけ持って行ってもいいってさ」

「ふーーん……そうなのね」


 マリンは顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだ。

 しばらく待っていると考えが纏まったのか顔を上げた。


「……決めたわ! トールは二本あれば十分よね!?」

「え? ……まあ、そうだな」


 突然の問いかけに戸惑いつつも返事をすると、マリンはニッコリと笑う。

 二本のショベルを手に取り、俺へ差し出してくる。


「はい! これはトールの分よ!」

「ああ、ありがとう」


 俺は差し出された二本のショベルを受け取った。

 能力変換用と何かの時のために一本欲しかったので俺はこれで良い。


「じゃあ、トールさんは能力の変換しておきなさい」

「わかったよ」

「私はどれにしようかな~♪」


 マリンは鼻歌を歌いながらショベルの前を歩き始めた。


(上機嫌だな。まあいいか)


 疑問に思いつつも俺は受け取ったショベルの能力を変換した。


------

名 称:汎用型ショベル

効 果:なし

詳 細:柄の長さは約150cm。

    先端部が四角くなっている。

所有者:トール

《能力変換済》

------

【名前】トール

【種族】人間族

【年齢】18歳

【レベル】0

【基礎能力値】

 体 力:31/31

 魔 力:20/20

 筋 力:6

 生命力:3

 敏捷性:2

 器用さ:3

 知 力:2

 幸 運:1

 スキル:なし

(大体レベル4くらいの能力になってきたな)


 ショベルの能力を変換してからステータスをチェックした。

 まだまだ低いが着実に成長している。


(レベルアップの恩恵がないから、体力と魔力が低いが……)


 体力や魔力も生命力と知力の上昇に比例して上昇している。

 しかし、本来ならレベルアップでも上昇する値なので、俺のはまだまだ低い。


(あれ? マリンは?)


 ステータスから目を離すと俺の近くにいたマリンがいなくなっていた。

 辺りを見回すが姿が見当たらない。

 一体どこに行ったのかと探しに行こうとしたら、並べられていたショベルの大半が無くなっていた。

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