第一章~レベル0の冒険者~
第1話 ~冒険者トールの第一歩~
「マリン! そっちは終わったか!?」
「まだよ! もうちょっと待って!!」
俺はショベルで用水路のドブをさらいながら、声を張り上げる。
マリンはというと、モルタルのような補修材で水路の破損箇所を修復していた。
着ている服も俺と似たような淡色シャツに布の長ズボンという動きやすい格好だ。
(それにしても、まさかこんな生活を送るなんて、思いもしなかった)
冒険者登録をした翌日から、俺たちは無職でも受注できるクエストをこなしている。
主な目的はもちろん生活費を稼ぐためだ。
その中でも特に良かったクエストが今行っている土木作業だった。
『報酬は出来高制』という条件だったので受けることにしたのだが、これが中々にやりがいがある。
(くそ、なかなか終わらないな……)
この作業を始めたのは早朝だったはずだが、すでに太陽は高く昇っている。
(あと一時間もあれば終わるだろうけど……早く終わらせるか)
額から流れ落ちる汗を拭い、俺はマリンの手伝いをするためにショベルを置いた。
「俺がこっちをやるから、お前はあっちを頼む!」
「わかったわ!」
俺が指差した方向に駆けていくマリンを見送って、モルタルを板の上に乗せる。
ドロッとした白い塊をゴテでひび割れている部分へ塗りつけた。
この世界に来てから、土木作業に慣れてきた気がする。
いや、慣れざるを得なかったという方が正しいだろう。
(これも全部レベル0で強くなっていくためだ)
俺は食品や装備品など、ありとあらゆる【モノ】に存在する効果や能力を自分のステータスへ変換できる。
しかし、その【条件】のせいでこうして肉体労働をする羽目になっていた。
(能力変換に必要な条件は二つ)
1.自分の所有物であること
2.同じモノは変換できない
このルールも全部マリンが考えたそうだ。
元々マリンがいた神域ならこのルールが変更できるそうだが、ガイド役になった今は何も介入ができないらしい。
この世界を攻略するために今はお金を稼ぐしかない。
(まぁ、いいけどさ……その方が冒険っぽい)
そんなことを考えながら、黙々とモルタル塗りを再開した。
作業を終えた俺たちは道具を返すために冒険者ギルドの近くにある土木事務所へ向かっている。
「ねえねえトールさん、今日はエールを呑むのよね?」
隣を歩くマリンが弾んだ声で聞いてきたので、もちろんと頷く。
「当たり前だろ? 変換したことのない料理や飲み物があるお店を探してくれたんだよな?」
「そうよ! だから急いで事務所に戻りましょう!」
マリンは嬉しそうにそう言って、荷物を抱えながら駆け出してしまった。
「マリン! 転ぶぞ!?」
「平気よ~!!」
振り返りながら返事をしてくるが、今にもショベルが落ちそうだ。
「きゃっ!?」
案の定バランスを崩してよろけてしまい、慌てて駆け寄よってショベルをキャッチすることに成功する。
「ふぅ……危なかった……」
「いったーい……私を支えてよね!」
ホッと息を吐いていると、よろけたマリンがそのまま転んでいた。
転んだのは自業自得なので、無視して落ちそうになったショベルを持ち直す。
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名 称:汎用型ショベル
効 果:筋力+1 器用さ+1
詳 細:柄の長さは約150cm。
先端部が四角くなっている。
所有者:クローラ土木事務所
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(これが俺の物なら変換できるのに)
ショベルでも効果が付与されているため、所有者が俺ならすぐにでも変換したいところだ。
(お金を貯めるしかないな)
ショベルを持ち直そうとしたら、立ち上がったマリンに詰め寄られた。
「私よりもショベルの方が大切なわけ!!??」
「これは借り物だからな。ほら、返しに行くぞ」
「まったくもう! トールはレディの扱いがわかっていないわね」
納得いかない顔のマリンをスルーして歩き出すと、後ろから文句を言いながら付いてくる。
マリンの小言を聞き流しながら歩いている俺の前に大きな建物が見えてきた。
冒険者ギルドの建物とは違い、頑丈そうな石造りで重厚感がある。
入り口の付近に今日使われたと思われる道具が洗って並べられていた。
「私が報告をしてくるから、トールさんは片付けをよろしくね」
マリンは持っていた道具を押し付けるように俺へ渡してきた。
「……わかったよ」
渋々頷いてから受け取った道具を片付けるために水場へ向かう。
汚れた道具たちを水で洗いながら、俺は今日の報酬について考える。
(今日は用水路の清掃と補修だから、いつもより多めにもらえると思うんだけどな)
土木作業は基本的に歩合制なので作業量によって賃金が変わる。
(二人で3000Gくらいにはなるはず……そしたら武器を買って……後は……)
今後の予定を考えながら道具を洗っている俺の元へマリンが駆け寄ってきた。
「トールさん! トールさん! 今日は3600Gも貰えたわ!!」
「どうしてそんなに!?」
道具を洗う手が止まり、嬉しそうにこちらにくるマリンを見る。
満面の笑みを浮かべているマリンは両手一杯に銀貨や銅貨を持っていた。
「仕事が丁寧だからだって! ようやく私の実力が認められてきたわね!」
「ハハハ……そうだな」
「これはトールの分ね!」
マリンはお金を半分自分の財布袋に入れて、残りを俺へ差し出してくれた。
お金を受け取った俺は、腰に手を当てて胸を張るマリンを見て苦笑するしかなかった。
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