プロローグ⑤~屈強な男たち~

「おい兄ちゃん、この街は初めてかい?」


 一番体の大きな男が話しかけてくるので、頷いて返すことにした。


「ああ、今日来たばかりだ」


 俺がそう答えると、彼らは顔を見合わせニヤリと笑みを浮かべる。

 そして一人の男が俺の肩に手を乗せてきた。


「金はあるのか? 荷物は?」


 どうやら俺は白昼堂々物取りに絡まれたようだ。

 しかし俺が持っているものは何もないし、そもそもお金も持っていない。


「残念ながら持っていないよ」


 素直に事実を伝えると男は鼻で笑うような仕草を見せる。


「じゃあこっちだ。一緒にくるんだ」


 そう言いながら俺の体を上から下へと舐めるように見てくる。

 不快感を覚えた俺は男を睨み返した。


「断る」


 きっぱりと断ってやったつもりだが、男たちはニヤニヤとした笑みを崩さない。

 俺の肩に置いてきた手に力が込められていくのがわかった。


「おっと、そんな怖い顔するなよ。体で稼いでもらおうってだけだぜ?」


 男の目つきが鋭くなり、他の仲間たちも俺との距離を詰めてきた。


(これはまずいかもしれないな……)


 周囲の通行人たちは遠巻きにこちらを眺めているだけで助けてくれそうにない。


(仕方ない……ここは逃げるしかない……!)


 そう思い至るとすぐに行動を起こした。

 肩に乗っている手を払い除けるように振り払うとしたら、両脇を男たちに固められてしまう。


(しまった!)


 そう思った時にはすでに手遅れだった。

 両腕をがっちりと掴まれてしまい身動きが取れなくなってしまったのだ。


(こいつら力が強い……)


 抵抗しようと試みるがビクともしない。


「こっちだ。来い!」

「ふんっ! 手間取らせやがって!」


 無理やり引きずられるようにして歩かされる。

 助けを求めようと大声を出そうとしたら、手で口を塞がれてしまった。


(声が出せない!! どうすれば!?)


 必死に頭を回転させている間にも俺はずるずると引きずられてしまう。

 周囲にいる人たちは目を逸らしてしまうばかりであった。


(くそったれ! 何で誰も助けようとしてくれないんだ!!)


 心の中で悪態をつくことしかできない自分が情けないと思うと同時に怒りが込み上げてくる。

 拘束されたまま人で賑わう大通りを突き進むが、俺の姿を見て誰も声をかけようとしない。

 それどころか、こちらを見て微笑む人が少なからずいる。


(一体どうなっているんだ!? 人が誘拐されているんだぞ!?)


 訳が分からない状況に頭が混乱してくる。

 そんなことを考えているうちに目的地に着いたのか、一軒の建物の前で立ち止まることになった。


「ここなら何も持っていないお前でも稼げるぞ」

(ん? この建物は……)


 俺が建物をまじまじと眺める時間もなく、男たちが木製の扉を開く。

 カランコロンというベルの音が店内に響き、来客を知らせる合図になっていた。

 室内は広く開放感のある空間で、酒場のような場所であることがわかる。

 周囲にはテーブルがいくつも置かれており、何人かの男たちが酒を飲んでいるようだ。

 全員がこちらを品定めするような視線を向けてきていることから、ここがどういう場所なのか察しがついた。


(なるほど……ここは冒険者ギルドじゃないか……どうしてここへ?)


 男たちは俺の目的地である冒険者ギルドへ連れてきてくれたことがわかり、体から力が抜けていった。

 脇にいた男俺から離れ、奥にあるカウンターへ近づいていく。


「シャル、あいつを頼むわ」


 男がカウンターの中にいる女性へ声をかけ、こっちへ来いと手招きをしてくる。

 俺の脇にいた男に背中を押される形で俺もカウンターへ向かった。


「いらっしゃい」


 出迎えてくれたのは若い女性だった。

 年の頃は二十代前半といったところだろうか。

 オレンジ色の長い髪を後ろで一つにまとめており、ポニーテールと呼ばれる髪型をしていた。

 大きな瞳に整った顔立ち、少し厚めの唇はとても柔らかそうで艶がある。

 服装はこの店の制服なのか、白いブラウスの上に黒いエプロンを着用している。


(冒険者ギルド職員の服装……間違いないな)


 俺が黙ったままでいたら、俺の代わりに男性が身を乗り出す。


「こいつも無一文でこの街に来たみたいだ。冒険者登録してやってくれねぇか?」


 その言葉を聞くとシャルと呼ばれた女性はニッコリと微笑んだ。

 そして一枚の紙を差し出してくる。


「わかりました。それではこちらに必要事項をお書きください」


 差し出された用紙には名前や年齢、性別といった基本的な情報を書く欄があった。


「冒険者になれば最低限の暮らしは保証される。後は頑張んな」

「案内していただき、ありがとうございました」

「困ったときはお互い様さ、いいってことよ」


 男性が俺の肩をポンと叩いて離れていく。

 後ろで待っていた男性たちも口々に俺を応援するような言葉をかけてくれていた。

 人のことを見た目で判断した自分が少し恥ずかしい。


「サイモンさんたちに見つけてもらえてよかったですね」


 シャルさんが微笑みながら話しかけてくれるので、微笑んで頷く。


「そうですね。助かりました」

「ではこちらの紙に記入をお願いしますね」

「はい」


 渡されたペンを受け取り、早速記入を始めることにした。

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