第7話 ~シャルさんのお願い~
「トールさん、ここはマリンさんの言うようにこのクエストを受けていただけませんか?」
「シャルさんまで? 理由をお聞かせいただけますか?」
冒険者ギルドのシャルさんがゴブリンの危険性を知らないわけがない。
にもかかわらず、マリンと同じようにゴブリン討伐のクエストを勧めてくる。
(何か理由があるはずだ)
そう考えた俺はその理由を聞き出そうとした。
すると、シャルさんは申し訳なさそうに口を開く。
「実はですね、このクエストは報酬額が非常に安く、普通の冒険者の方に受けていただけないんです……」
「いくらですか?」
「えっと……その……700Gです……」
言いづらそうにしながらも教えてくれた報酬額は予想以上に低かった。
よく読むと依頼書にも書いてある。
【報酬:700G】
(安すぎるな。二人分の宿代と飲み物代にしかならない)
どう考えても赤字にしかならない報酬額だ。
(なるほどな、それで誰も受注しないからこうして残っているわけだ)
誰も受けないためにいつまでも残り続ける。
悪循環に陥っているというわけだ。
「というわけで、お願いします! 受けていただけないでしょうか……?」
両手を合わせて拝むように頼んでくるシャルさん。
その様子を見る限り、本当に困っているのだろう。
「わかりました。マリンと相談をしてもよろしいですか?」
「はい! もちろんです!!」
シャルさんは満面の笑みで答えてから、黙って俺たちの様子をうかがっている。
(さて、どうしたものかな……)
俺は隣でそわそわしているマリンに話しかけることにした。
「なあ、どうしてマリンはこのクエストを受注しようと思ったんだ?」
「も、もちろん、困っている人がいるからよ! 冒険者なんだし、困っていたら助けるのは当然でしょ!?」
早口でまくし立てるマリンだが、明らかに目が泳いでいるのがわかる。
(嘘をついているのはバレバレだな……ただ、なんで嘘をつくのかは不明だ)
豪遊するのが好きなマリンが低賃金のクエストに目を付けた理由が必ずある。
俺はもう一度依頼書へ目を通し、考えを巡らせた。
(ああ、そうか……そういうことだったのか……)
備考欄の隅に書いてある一文を見つけ、俺の中で全てが繋がった。
「わかったぞ」
「え? なにが??」
キョトンとするマリンをよそに、シャルさんへ話しかけた。
「シャルさん」
「は、はいっ!? あ、あのー? 受けていただけますか?」
緊張した面持ちで尋ねてくるシャルさんに、俺ははっきりと答えることにする。
「申し訳ありませんが、このクエストはお断りさせていただきます」
俺の言葉に驚いたのはマリンだった。
目を見開きながら俺の顔を覗き込んでくる。
「ど、どういうことなの!? なんで断るのよ!? トールは困っている人たちを助けたくないの!?」
詰め寄ってくるマリンの肩を手で押さえつつ、俺はカウンターへ依頼書を置いた。
「お前はこの部分を読んだだけだろう?」
俺が発見した文章をマリンへ突き付けてやる。
「ギクッ!? ピューピューピュー~♪」
マリンはわかりやすいリアクションをして見せた後、視線をそらして口笛を吹き始めた。
そこにはこう書かれていたのだ。
『ゴブリンが現れない場合、1日につき700Gお支払いします。滞在中の宿泊場所や食事はこちらで用意いたします』
(ごまかし方が下手すぎだろ……)
この部分を読んだマリンは村で好きなだけ飲み食いできると考えて俺へ推薦してきたらしい。
確かに魅力的な提案ではあるが、リスクを考えると受けるわけにはいかない。
「まあ、そういうわけで。別のクエストを受けさせていただきます」
そう言って別の依頼書を選ぼうとした時だった。
ガシッ!!
俺の手首を握ってきたのはシャルさんだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!! どうかお願いできませんか!?」
今にも泣き出しそうな声で訴えかけてくるシャルさんを見て、俺は戸惑ってしまう。
(シャルさんが追い縋るのはどうしてだ?)
マリンが無料で飲み食いしたくてこのクエストを選ぼうとするのはわかる。
だが、ギルドの受付をしているシャルさんが必死になって引き留めようとする理由はわからなかった。
考え込んでいる俺の手をシャルさんが両手で包み込むようにして握ってきた。
そして、潤んだ瞳で見つめてくるではないか。
その表情はまるで捨てられた子犬のようだった。
「トールさんだけが頼りなんです……このクエストを受けようとしてくれる冒険者の方が他にいないんです」
「なにか特別な事情があるのですか?」
尋ねると、シャルさんは少し落ち着いた様子で答えてくれた。
「このクエストは備考の内容から、不特定多数の冒険者には紹介できないものなのです……」
「紹介できない? どうして?」
「それは──」
シャルさんの話を聞くと、どうやらこのクエストはギルドの信用がおける冒険者しか受注できないようになっているらしい。
ゴブリンが居なくても報酬が払われるし、倒すまで終われないためだ。
一日の報酬が低く、初心者以外の冒険者には見向きもされない。
しかし、これを受けるような初心者ではギルドが信用することができず、中級以上は見向きもしない。
結局誰も受けてくれないという状況に陥っていたようだ。
ちなみに、俺たちは一ヵ月間の土木作業を評価され、優良初心者冒険者に認定されているらしい。
「だから俺に頼むと?」
「はい……トールさんにというか、マリンさんにですけど……トールさんが受けるのなら行くとおっしゃっていたので……」
(なるほどな、そういうことだったか……)
要するに、俺を説得してマリンに出向いてもらいたいようだ。
「わかりました。引き受けましょう」
ここはギルドに恩を売っておくのが最善だ。
クエスト中は宿泊費がかからないということなので、俺の財布が痛む心配がない。
それに、村にしかない料理が出てきたら、俺の能力を上げることができる。
「ほ、本当ですか!?」
ぱあっと表情を明るくしたシャルさんに微笑みかける。
「ええ、本当ですよ」
俺はそう言いながら依頼書を手に取り、手続きを済ませることにした。
「マリン、受注書を書くから冒険者カードを出してくれよ」
「はいはーい」
上機嫌で自分の冒険者カードを手渡してくるマリン。
◆
【名前】マリン
【種族】人間族
【年齢】18歳
【職業】ハイプリースト
【レベル】80
【基礎能力値】
体 力:7200/7200
魔 力:1500/1500
筋 力:5
生命力:30
敏捷性:5
器用さ:50
知 力:99
幸 運:1
◆
(相変わらず残念なステータスだな)
そう思いながら、俺は手早く処理を済ませていくのだった。
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