第29話 解放

多分、自信がない。そう言った。

今までのネズミ色は、誰も彼も自信たっぷりに自分は東雲、自分は西条寺と答えてきた。

模倣者は完璧に模倣するから自信があるが、本人は自我を他人に移植し続けた影響が出ててもおかしくない。

違っててもいい。確率が高ければそれでいい。


「あなたたちに贈り物があるんです」

いくら扇動者とはいえ、人形に変わりはない。贈り物は素直に受け取らざるを得ない。

人形の性質だ。

アルミの包みを投げるように渡す。

「あなたたちに食べてほしい」

まずは西条寺からだ。次はお前だぞ東雲。

西条寺が包みを開くと白い飴が出てくる。

それがなんなのか知らないわけがない。

東雲の方は目を見開いた。

西条寺は泣き笑っている。

何のためらいもなく飴を摘む。

「ありがとう」

飴を口に含む。

西条寺の顔がみるみる若返っていき、右足から右脇腹までの肉がごっそりと落ちて炭の粉になる。

10代にも40代にも見えたのが、今は10代にしか見えない。黒いジャージの上下は変わらなかったが脱いであったウィンドブレーカーも炭になった。

「リメイク版、楽しみだったんだ」

「ああ行っておいで。香ちゃん。

今まで。今まで本当に。ありがとうね。

僕はまだ残業するよ」

東雲は言葉に詰まりながら、何もわからなくなった西条寺に会釈し、そばに置いてあった檻を金属板の山に被せた。

「わかってんだろ。トマト泥棒」

東雲は何の表情もなく私を見て言った。

周囲のネズミ色たちが急に作業をやめた。

「トマト泥棒だ!」

「トマト泥棒がいるぞ!」

東雲は金属板の檻から離れて私の方に近づいてくる。ネズミ色たちは周囲からどんどん集まってくる。

金属板の檻に隠れる他ない。

中に入ると東雲がさらに檻を並べていく。私とネズミ色たちの間が空いていく。

どういうことだ。

「生きている私は檻の中にいる。震えていればいい」

東雲が宣言するとネズミ色たちは急激に興味を失っていく。

「ああそうだ」

「震えていればいい」

そう呟いてまた仕事に戻って行った。


東雲は境界の檻を両手で掴み、睨みつけてくる。


「お前が誰で、どういうつもりなのかは知りたいと思えない。久しぶりに悪意を感じて気分がすこぶる悪い。頭ではお前の重要性はわかってる。だから、帰り道も用意する。そこで記録を読んで、お前の勘違いの答え合わせをして、適当なところで帰れ。やるべきことをしろ。僕は忙しくなった」

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