第31話 サルベージログ
毎日のように私は檻の中で糞を漏らす。
毎日のように私は地下で汚物を全身に浴びる。
どこにも隠れられない檻の中で取り囲まれる。
どこにも隠れられない暗い地下で追われる。
そこから出てくると、砂の上に座っている。ああ、記録する金属板が足りないから今日は製錬しようと思ってたんだ。
周囲は私を真似た私だらけだ。
どう見ても私じゃないのに、あなたは誰かと問えば、東雲光か西条寺香と答える。自信たっぷりに。
その時、微かに「あなたは私にも東雲さんにも似ていないよ」と言いそうになるので、消去法で私は西条寺香だったのだろうと思う。
意味のないアイデンティティの確認だ。私がどっちかなど誰も興味がないし何の用途もない。
毎日恐ろしい悪夢を2人分見て、起きれば誰のためかも定かじゃない仕事をして、楽しい思い出も夢も崩壊し自分が何者なのかさえわからなくなっていく。
全てはまだ見ぬ生存者の未来のため。
あれだけ旅をして、陸に生存者なんかいなかった。より広い海には生存者が点在しているが、陸に戻る気など誰もない。独りぼっちで人間として死んでいくか、暴力で他者に寄生するか、誰にも関わりたくないか。
希望を届けに航海する時間は私たちには残されていない。まして日本列島より海ははるかに広いのだ。
もう悪夢は見たくない。私もみんなと同じように、海水浴に行きたい。映画館に行きたい。だが、その願いは叶えてはいけない。白い飴を舐めれば、後戻りはできない。残された時間は生存者のために使わなければ。
それが煮湯の中で溶けゆく氷の使命なのだ。
その日は突然来た。
私を目標に近づいてくる私自体が珍しい。
顔は笑っているが何かがおかしい。
「あなたは誰か」と問われたので
「多分、西条寺香だ」と答えた。
彼が手に力を込めるのが見える。
情動反応。
そういうことなのか。
「あなたたちにこれを食べて欲しい」
アルミに包まれた物を渡される。
直接手が肌に触れないように。
包を広げると白い飴が出てきた。
考えたものだ。
彼はなんらかの事情で、私たちに憎しみを抱いた。
人の手で殺すことができない私たちを殺すために、記録を盗み、読み込み、これが終わらせる飴だと突き止めた。人形は人の悪意を読み取れない。だから、あり得ない毒を拒否することはなく、食べるべきだと推奨すれば食べる。
衝動的ではあり得ない、忍耐と思考の積み重ね。
飴の製法は他の私が知っているし、求めればくれるだろう。そこまで思い至らず、本当にただの飴かもしれない。だが、白い飴の本質は、人間の自壊と人形の再生のトリガーというだけだ。だから、ただの飴でも私があの飴だと思って食べれば同じ結末を迎える。
詰めが甘いのは、私はこれが何なのか知っているのだから拒否される可能性があることだ。
だが、そんな瑕疵も私が拒否しなければ問題ない。
彼はわかっている。自らがなすべきことを。
本当のことを知ったら悲しむだろうか。
私たちが憎むに足るような存在ではないと。
だが、これで良いのだ。
私は終わって良いのだ。
名前も知らないあなたが今日から私だ。
「ありがとう」
私は飴を
(自我溶解保全のため接続終了)
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