第32話 エピローグ
諸尾種子保管庫の種子はほとんどが運び出されていた。北海道近海だけなのか、もっと広範囲に流通したのかはわからないが、どこかで芽吹いていることだろう。発電設備はまだ使える。1年くらい空けた程度で壊れるならもっと前に壊れて私は死んでいただろう。農器具に流用できるものを第一次郎丸に運び込む。
遠景の島の形状と方角を目印に沿岸を進み、第一次郎丸を停泊させ、砂浜に降りる。
檻はずいぶん重い。人形がまるで紙箱のように軽々と持ち上げていることを思うと、苦労して引きずる自分はまだ生きているのだと実感する。
漁をして食糧をまかないながら、何日もかけて檻を浅瀬に移動させる。奥へ、奥へ、潮風の来ないところまで。
空き地に檻の一つと諸尾から運んできた資材でバラックを作る。
夏の間はここで寝起きできるが、冬の間は保管庫に戻るしかないだろう。
諸尾より南下したとはいえ、室蘭の冬だ。
テントほどにも防寒できないバラックで過ごすのは厳しい。我慢して死ぬなど、今の私には許されない。
諸尾中を探して集めた一握りの土、砂浜に漂着した海藻、食べた魚の残骸、排泄物、泥と砂を混ぜ合わせて堆肥を作る。水分を飛ばし、かき混ぜ、酸素を含ませる。それぞれ混ぜた比率を細かく記録しておく。正しい比率なんかわからないのだ。
人形のコミニュティで土や化学肥料を分けてもらえるかもしれない。
しかし、私が自分で考え、試行錯誤しなければ、ここに辿り着いた生者に製法を引き継いでいけないだろう。
私が生きている間に来訪があるのか。
私が生きているのだ。きっとある。
なくても、私は土を踏むのだ。
土を踏めなくとも、私が土になる。
堆肥と砂と泥を混ぜ合わせる。
インゲン、ソラマメ、エンドウ、ヒヨコにダイズ。
まずは豆から始めてみよう。
失敗しても土壌は少しでも厚くなる。
種を植えていると、檻から音がする。
ネズミ色のウィンドブレーカーを着た人形が、檻の外からこちらを見ている。
檻1つを隔てて、人形の前に立つ。
「トマト泥棒は檻の中」
「可哀想なトマト泥棒」
「生きている私は、檻の中」
「私は震えていればいい」
「生きている私は、暗い地下」
「私は地下で惑えばいい」
人形は興味を失い死者の国へ帰って行った。
島から出る 中埜長治 @borisbadenov85
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