島から出る

中埜長治

第1話 千島列島

「亜寒帯に種子保管庫を作るなんて、もうあかんたい」


ここの建設が始まった時にはそんな茶化しがネットミームになったのをふと思い出す。農水省も出資する事業だったので、温暖化の深刻化で何の意味もないとずいぶん批判された。


ベーリング海まで遠征する漁師によれば、思想大元のスヴァールバルはゾンビ禍早々にゾンビ化した職員自らが全ての種を食い尽くして終わったらしい。


現実に起きたゾンビ禍ではゾンビが穀物を根絶するのだ。まだ人間を食べる方がマシかもしれない。


夏には20℃近い気温に見舞われ、冷却システムが数日停電しただけで終わってしまうような立地だ。諸尾(もろお)島種子保管庫など、本当に終末が来れば2年も持たないと思われた。私もそれくらいが限界だろうと思った。


実際には潮力、風力、太陽光発電の全てが私1人のメンテナンスで維持でき、10年以上、種子の保管を維持できているのは奇跡的だ。マニュアル頼みの私に技量などないに等しい。運と、ゾンビ禍で文明が崩壊した温室効果ガスの低減からか、気温がぐんぐん下がり冷却エネルギーと運転時間を削減できているのも大きい。


何より、この種子保管庫が機能を維持できた最大の原因は、まさに「役に立たない」という決めつけで世間から忘却されたことだった。


実際、「アフリカのゾンビ病が本州で確認された」という情報を聞いたのは、漁船のエンジンを直した際に漁師の口からで、ネット回線も電話回線も不通になり、財団本部との連絡が途絶えた半年後だった。


見捨てられた場所にはゾンビすら来ない。


だが、それももう明日で終わりにする。

確かに機械は十分動いている。

しかし、誰がこの種子を取りに来るのか。


北海道も本州も、動植物さえゾンビに食い散らかされ、ゾンビに追われて土作りさえできないそうだ。


電源を切ったら種がダメになる。言い換えれば、種が芽吹けるということだ。


本土がダメならここでやり直そう。

この狭い、岩だらけの、土壌の薄い痩せた土地に種をまこう。粟でも育てばいいだろう。


ここまで書いて、最後の日記にするはずだった。

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