第2話 妻木さん

「みとちゃんは残るんだねえ」

「春石が帰っちゃうと見る人いないんで」


全回線が不通になった時、春石は尋常ではないことが起きていると言って、家族を心配して小樽に帰ってしまった。もう生きてはいないだろう。


だから、春石が帰った日から今日まで、沿岸漁業でここに立ち寄る妻木さんだけが話相手だった。


以前は財団から妻木さんに費用を支払って食糧を購入する契約だったが、財団からの支払いどころか通信さえなくなると、妻木さんは無償で自分の釣果を譲ってくれるようになった。


「いいんだよ。私が生まれてこのかた見たこともないような豊漁続きなんだから」


それでもダメだろうということで、施設に大きな問題が無い日は漁を手伝ったり、備品や船の修理を請負って対価としていた。


実のところは、妻木さんも孤独なので、釣果を分けてあげるから昔話や蘊蓄を聞いて欲しい、ということらしく、対価の労働も月に2回くらいのものだった。


最終日も、いつもの時間に呼び出しがかかったので地上の玄関まで登っていく。簡素な応接室ではお茶の準備も済ませている。


どんな終末を想定していたのか、扉にはバイザー型の覗き窓があり、機械的にオートロックがかかるので、どんなに見知った人でも勝手に入れないようになっている。


手順も、覗き窓で相手を確認してから解錠しろとなっている。種籾を奪いにモヒカン頭が斧持って来るとでも思ってるのか。


70歳くらい、刈り上げ頭で四角い顔。

はいはい。妻木さんですね。


と解錠しようとしたが違和感がある。

妻木さんはいつも緑系のシャツに紺色のつなぎを履いている。


ネズミ色のウィンドブレーカーなんて初めて見たし、ジャージを履いて漁をして大丈夫なのか?


「みとちゃん。開けてくれるかい」

「すいません、妻木さん。私のフルネームを伺っても?」

「三刀谷悟ちゃんだよね。何かあったの?」

ただ服の気分が変わっただけかと思ったがよく見るとそれだけじゃない。


「そちらの方は?」

「大内さん。いつも話してるでしょ。遠洋船でベーリング海に行ってる人だよ」


大内と呼ばれた70歳くらいの老人も、同じウィンドブレーカーにジャージだ。終末の世界で服の流行が突然始まった?終末に台頭した新興宗教のユニフォーム?胸騒ぎが止まらない。


ここまで日常のことを知ってるなら、たとえ偽物か何かでも、この程度のブラフには引っかからない気がするが。


「春石は無事、小樽に着いた頃ですかね」

「まだだろう。明日の早朝にターミナルに着いてるんじゃないかな」

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