第3話 用件
どういう偽物だとこうなる。最寄りの釧路から小樽に行ける定期のフェリーはない。終末以前は、空路か陸路が普通だ。春石は妻木さんの知り合いのツテで貨物用のフェリーに相乗りして小樽に帰ったのだ。
だから春石が小樽に到着するときはフェリーターミナルに着くことを知っているのは、確かに妻木さんとその知り合いくらいしかいなかっただろう。
「妻木さん。春石が帰ったのは10年以上前ですよ」
「そうだねえ。春石くん、ご両親に会えたのかなあ。誰もいなくなってずいぶん経った。寂しいねえ」
自分がした話と辻褄が合ってない。認知症なのか?
「みとちゃん。開けてくれるかい」
「実は、種子保管庫、明日でもう終わりにして、僕も室蘭に帰ろうと思うんです。今、それで中はごちゃごちゃしてるから、外でお茶にしませんか?」
「そうか。やめちゃうのか」
「やめちゃうのは残念だ。三刀谷さん。開けてもらえますか」
大内も要求に加わる。
「いや、大内さんは財団の許可がないんで、ダメなんですけど」
「財団なんかもう無いじゃない。魚を持って来てるからさ。みとちゃん、開けてよ」
認知症じゃない。もっと別の何かだ。言い方自体は穏やかで友好的だが、語気が強くなった。
「何の用があるんですか。ここには種しかないんですよ」
「種しかないなら開けても構わないだろ」
「三刀谷くん。開けなさい」
なぜ動機を隠す?この年まで漁を続けてきた腕っぷしの立つ海の男だ。老人になっても2人なら運動不足の中年男を締め上げるくらい訳ないだろう。絶対開けてはダメだ。
「用件を教えてください。そしたら開けるかどうか考えられます」
「なすべきことをなす」
「種子の保管をやめるなら開けるべきだ」
ドアに肉薄されたので思わずドアから離れる。
「用件を!できないなら帰ってください!」
「そうか。帰るか」
「仕方ない」
ボソボソと諦めたようなことを言う。
頭を冷やすために地下におり、すっかり冷めたお茶を仰ぐ。1時間ほど籠城する算段を練っていて、ふと気がつく。突然諦めが良くなる理由がない。それならまだ外にいる気がする。
恐る恐る、階段を上がり、ドアのバイザーから外を伺ったが、真っ暗で何も見えない。風が吹き込まないので何かで塞がれたか。確かに、その時塞いでいる物は微動だにせず、臭いも音もなかった。だから、言うことを聞かない嫌がらせに布でもかけたんだろうと思った。
細い棒を差し込んでどかしてみようと、懐中電灯を当ててると、塞いでいるのはドアに張り付いてこちらを凝視する妻木だった。
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