第22話 名前

その後も、漁に戻り、燃料と交換し、資源と時間を作ってはネズミ色共の調査を繰り返した。


棺桶に入って機械を始動させるネズミ色がそれぞれの機械の責任者だと思ったが、指示を出している風ではない。ネズミ色はウィンドブレーカーとジャージだけ共通で、顔、体格、推定した性別も異なる。なので、観察を続けると棺桶に入るのはいつも違う顔なのだ。

棺桶で行う操作は全員が共有している単純作業なのだ。


完全に「目の前にある仕事に手をつける」という反射の集積でこのプラントは動いている。


だが、同じ一つの目的を達成するために、服装まで揃えて行動しているのだ。最初に始めた者が、これを全て意図して扇動した者がいるはずなのだ。


檻の中で腹這いになり、観察し、記録を取ることに熱中しすぎた。ふと顔を上げるとネズミ色が檻2つを挟んだ右前方に立って私を見ている。

フードを下げているので、耳より下まで伸ばした長髪が見える。体格と顔つきから恐らく男だ。髭は生えていない。

ネズミ色なら易々と私を檻ごと捕まえられるはずだが、一度置いた檻には手出しをしてはいけないようだ。そして、檻の中にいる人間は恐らく全て同じもので表現される。

「可哀想なトマト泥棒だ」

その日は無性に腹が立った。

「うるさい!!泥棒はお前らだろ!!何もかも貪って!!あっちいけ!!」

「トマト泥棒は檻の中で震えていればいい」

「ああ。そうさ。お前らには歯が立たないさ。だから檻の中にいる。だがお前らも手出しなんかできないんだろ。帰るんだ!!」

「お疲れっしたー。ふぃぃ」

急に声色が変わった。まるでバイト上がりか何かのようだ。怒鳴っても仕方ない。彼もまた被害者だ。彼は終末以前の世界で、なんらかの用事から解放された夢を見ている。

反動で無性に虚しくなった。

「怒鳴って悪かった。君、名前は何だ」

血迷ってる。名前なんか聞いてどうする。

「僕は東雲光といいます」

...誰だ。さっきと声色が違うぞ。本当にさっきと同じ男か。

「東雲光くん。君はここで何をしている?」

「俺はもう上がりなんで、店長に聞いてもらっていいっすか?」

2人いる。

「君は東雲光なのか」

「東雲光といいます」

「君の目的はなんだ」

「これからオフ会っすよ」

「東雲光の目的はなんだ」

「檻を作り植物を育む」

どうやったのかわからないが、”東雲光“という人物は、この何某かの店で働いていた若い男の自我に自分を埋め込んだのだ。埋め込んだ自我は完全に融合せず、応答ごとに反応が変わる。

そして、東雲光はネズミ色達の行動を統率した張本人だ。

「東雲光はどこにいる」

「東雲さんは九頭類ってところから来たんですよ」

誰だ。店員でもない。九頭類?

「九頭類とはどこだ」

「店長!あとはお願いしますね!」

男は一瞬睨みつけたあとウキウキした顔でプラントに戻って行った。私がクレーマーに見えていたのだろうか。

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