第14話 灯台
「千島から来たってねえ!ご苦労さんね」
溝口という老婆は水を置いた。
このご時世では精一杯のもてなしにちがいない。
元々は灯台だったらしいが、現在は燃料施設と海水淡水化施設が増設されて、周辺海域の生存者の補給基地になっている。
溝口は灯台の所有者で施設の責任者、船舶間の連絡役だ。
緩い作業着に半纏でラフにしてるが、ベトナム戦争の映画で米兵が使ってたような気がするグレネードランチャーを机の上に無造作に置いている。人間とゾンビのどっちに使うのが多いかはわからない。
「ありがとうございます」
塩気と磯臭さがないというだけで水がこんなに美味いとは。樹脂臭さえそういうフレーバーに感じられる。
「ゾンビ禍は千島までは来てないんで、ずっと島から出なかったんですが、島に来てくれてた友人が宇宙人に乗っ取られちゃって」
「ゾンビ禍!?宇宙人!?人形病だけでも大変なのに。北海道は大変だわ」
「人形病なんてあるんですか?人形になっちゃうんですか?」
「人形といってもねえ、見た目は変わらなくて、話せば答えるんだけど、若くてもボケちゃったみたいになるのね。昔の思い出に生きてるみたいに。それでずっと飲まず食わずに同じところを歩き続けるのよ」
先日の盆踊りの船を思い出す。あれが人形病なのか。ネズミ色たちにも似てるが、ネズミ色は同じところを歩き続けるわけじゃない。
「それで宇宙人ってどんな感じ?」
「見た目は人間みたいだけど全身ネズミ色で、受け答えも覚えてることをそのまま言ってる感じなんです。物凄い怪力で片手で鉄を曲げたりするんです」
「あらあ。それは本当に宇宙人だわ」
「武装したロシア人の海賊が素手の宇宙人に負けてましたよ」
「海賊はしつこいわ。前までは千島列島からベーリング海を往来する船を襲ってたんだけど、最近は三陸沖に出るようになったわ」
グレネードランチャーは対人用らしい。
「千島列島付近は宇宙人のフェリーが出るようになったから南へ逃げて来てるんでしょうね」
「宇宙人の話はみんなにも言っておくわ。陸にはできるだけ近付かないでね。人形病じゃない人はみんな今は海で生活してるから。住居も限られてるから、あなた船持ってるから悪いけど船で生活してね」
「水と燃料をもらえただけで十分です。お代の魚は次回持って来ますんで」
「千島のあたりとは違う魚がいるから、食べられるか教えてあげるから食べないで持ってきてね」
ゾンビに宇宙人に人形病の終末。こんなご時世に人間らしい人間と会話出来るだけで贅沢だろう。ナップザックの種を植える日は私が生きている間にはこないかもしれない。
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