ベックのスシ屋
「通るぜ」
通信回線をオープンにしての言葉……。
どうやらそれは、青の海賊団全員に伝わったようだった。
その証拠に、前方を塞ぐ形だったマザーシップ艦隊が、ゆっくりと……敵拠点までの道を開けたのである。
すでに、ウォッカマティーニは、死に体のさらに上を行く死に体であり……。
彼らか、あるいは後方のアームシップたちがその気になれば、さすがにお手上げだろう。
そのような状況にならなかったのは、一にも二にも、敵首領ハワードが迂闊だったおかげであった。
独裁的な体制の組織というのは、頭が失われたその瞬間に、機能しなくなるのである。
また、ベックによる攻撃とハワードが指示した同士討ちによって、士気が失われたというのも大きい。
なんのために戦うか……。
誰のために戦うか……。
戦場に立つ意義というものを、青の海賊たちは見失っていた。
だから、海を割ったモーセのごとく、半壊した自機が敵の間を通り抜けていく。
推進装置の半数は失い、変形も不可能なほどフレームが歪んでいるのだ。
襲撃を仕掛けた当初に比べれば、呆れるほど遅い歩みである。
焦れる気持ちを抑えながら、コックピット内で操縦桿を操った。
「アンジェ……」
我知らずにつぶやくのは、愛する娘の名前……。
再開の時まで、あとわずかだ。
--
小惑星をくり抜く形で改造した敵拠点……。
スリット状の発着路へ入ると、開かれていたゲートが閉じる。
敵を待ち構え、閉じ込めるための罠でないことは、感覚で分かっていた。
迎え入れ、酸素と重力とを調整しているのだ。
――ビーッ!
その証拠に、宇宙港でよく聞かれるブザー――ドック内の安全が確保されたというサイン音も、鳴り響いたのである。
ウォッカマティーニに片膝を突かせ、残っている左腕を床に向けて差し出させた。
ハッチを開き、自機の腕を滑り台代わりにして降りたのと、ドック内へ続くドアがスライドしたのは、ほぼ同時のことである。
そうすることで、姿を現した少女……。
それは、ベックにとって最愛の……。
生きる理由そのものと呼べる相手であった。
「――パパ!」
無骨なパイロットスーツを着ているというのに。
装着したヘルメットのバイザーには、きついスモークがかかっているというのに。
娘が……アンジェが、ひと目で自分の正体を見抜き、駆け寄ってくる。
「アンジェ!」
ヘルメットを脱ぎ捨て、迎え入れた。
両腕の中に、なんとも暖かく……柔らかな感触がある。
ベックは、幸福というものを取り戻したのだ。
「アンジェのパパ! 助けてくれてありがとう!」
「すげー! 本当に助けてくれたんだ!」
「あのおじさんが、海賊をやっつけたのかあ……」
「アンジェちゃんのパパ、かっこいい!」
続いて、ドアを潜り抜けてきたのは、娘の友人――ニカを始めとする、人質になっていた子供たちである。
「ニカに……連れてかれた子たちか。
ちゃんと飯は食えていたか?
ひどいこと、されなかったか?」
ベックの問いに、アンジェを含む子供たちが、互いに目を合わせた。
そして、にこりと笑ってこう言ったのである。
「パパ~……。
わたしたちの方が、海賊さんたちにご飯を食べさせてあげたんだよ?
パパの娘に恥じない働きぶりだったんだから!」
「それに、ひどいことなんてされてないもんねー?」
「うん! 変わった旅行って感じで、ちょっと楽しかった!」
「そ、そうか……」
なんだかよく分からないが……。
ともかく、アンジェたちは元気に過ごせていたようだ。
それで、残る海賊たちに対する怒りも消滅する。
あとは、この子たちと共に帰還するだけであった。
多くの男たち……青の海賊団構成員たちがドックに入ってきたのは、そうして、ひと通り無事を確認し終わってからのことだ。
「お取り込み中、失礼します!」
「実は、死神殿にお願いしたいことが……」
おそらく、幹部に位置する者たちなのだろう。
ロピコで屠ったゴロツキ崩れとは違い、ピシリと背を正しながらの言葉である。
「……なんだ?」
娘から体を離し、ひとまず、聞くだけは聞いてやった。
まあ、雰囲気から、おおよその察しはついていたが……。
「あなたに……我々の新しいリーダーとなって頂けないでしょうか?」
「命をかけて、ついていきます!」
力強く、拳を握りながらの言葉……。
それに、死神は……いや、一人の父親は、溜め息混じりでこう答えたのだ。
「馬鹿なこと言ってないで、働け。
それと、この子らと帰るための小型艇をもらうぞ」
……と。
--
惑星ロピコに帰還してからのことは、省略しよう。
ただひとつ確かなのは、実はニカの父親だったらしい大統領が、何かと上手く取り計らってくれたということである。
ベックとアンジェが、元の日常へと帰れるように……。
誰がこのような働きをしたかは伏せ、子供たちの後処理に関しても、全てを引き受けてくれたのだ。
ふたつ、気がかりなのは、機体を壊してしまったとキャシーに詫びず帰ってきてしまったことと、子供たちが自分のことを喋らないかだが……。
前者はどうにでもなるだろうし、後者に関しても、素直な良い子たちだ。
きっと、約束を守り、秘密にしてくれるだろう。
夕暮れに染まるロピコ島……。
アンジェと手を繋ぎ、レストラン街を歩く。
異変へ気づいたのは、自分の店に人だかりができているのを認めた時であった。
「昨日来たんだけどさ……。
ここ、マジで美味しいって! SNSでも評判!」
「なんでかスシはやってないみたいだけど、その代わりに、すごくお洒落なカクテルを出してるみたいだ!
日本酒を使ったやつ!」
「そういうので乾杯するのも、旅の醍醐味よねー!」
セントラルタワーの占拠事件があったばかりだというのに、頼もしさすら感じられる観光客たちの言葉……。
それに首をかしげ、人だかりへと割って入る。
「すいません。
店の者です。通して下さい。
ええ、ええ、お越し頂き、ありがとうございます」
そんなことを言いながら通してもらうと、すぐに、異変の原因へ気づいた。
普段は、ベックがスシを握るカウンター……。
そこで、調理着姿となったスコットが、カクテルを観光客たちに振る舞っていたのである。
「これは、これは、ベック様……。
頼まれた通り、店を預っておきましたよ」
すました顔をしての言葉……。
それに、苦笑いで返す。
「パパ! すごい! すごい!
こんなにお客さんが入ったの、初めて!
わたし、着替えてお手伝いするね!」
隣では、アンジェが興奮して叫び、着替えるために店の奥へと入ってしまう。
その姿を見送りながら、ようやくにも口を開く。
「スコット!
礼は言う。
礼は言うが……。
ここは、俺の店だ」
――ニャア!
客が多くて、店の前で待ちぼうけを食らっているのだろう。
いつもの通い猫が、おかしそうに鳴いた。
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お読み頂きありがとうございました。
次回作「勇者探偵 ~探偵は異世界帰り~」は、日曜から投稿開始しますので、そちらもお楽しみ頂ければ幸いです。
引退した元傭兵ですが、最愛の娘がさらわれたため、今から宇宙海賊を壊滅させます 英 慈尊 @normalfreeter01
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