浸透する者
惑星ロピコの中枢、セントラルタワーの占拠……。
十分に計画を練ってこれに臨んだ青の海賊団であったが、しかし、戦力というのは有限であり、あらゆる箇所へ兵を配置するというわけにはいかない。
あるいは、青の全戦力を投入すれば、それも不可能ではないかもしれないが……。
船団の長であるハワードが目指すのは、あくまで、全銀河の掌握であり、緩衝地帯のリゾート惑星だけが欲しいわけではない。
続けて展開する占領作戦のために……。
あるいは、色を冠する他の海賊団へ備えるために……。
ここ、ロピコの占領へ投入されたのは、一個中隊規模の戦力であった。
十二機ものアームシップに加え、成層圏ではマザーシップが待機しているのだから、機動戦力としては十分。
しかしながら、歩兵戦力としては、やや心もとない規模である。
それを補うのが、あえて外部ヘと放った予備人員たちであり……。
捨てるべき場所は捨て、守るべき箇所にのみ注力した兵力配置であった。
各区画ごとに、人質たちを集め、少人数で監視する……。
それに合わせて、巡回などは諦め、各ポイントごとに、無線で定時連絡し合う形を取っている。
完全な制圧とは、言い難い。
だが、そもそもは、ハワードがロピコ行政と交渉を終えるまでの短期決戦であり……。
また、母船から降下しての電撃的制圧を成功させてさえしまえば、軟弱な緩衝地帯の官憲など恐るるに足らずと踏んだのだ。
何か、予想外の因子でも存在しない限りは、まずもって万全の作戦であるといえるだろう。
ゆえに、上層階への階段を守備する海賊二人もまた、少々緩んだ状態でこれに臨んでいたのである。
「なあ、おい?
オレらの配置って、意味があるのか?」
守備の常識として、二人一組での配置となっているわけだが、隣で小銃を携える相棒が、あくび混じりにそう告げた。
「そりゃあ、意味がない訳はないだろう?
人質を集めた各フロアごとに、移動を封じなきゃいけないんだからよ」
そんな相棒に、自身も心中では同じ思いを抱きながらも、そう返す。
相棒の返答は、予想した通りのものであった。
「そりゃ、普通の設備ならそうだけどよ。
ここ、軌道エレベーターだぜ?
中階層まで、どんだけの距離があると思ってんだ?」
「まあなあ……」
苦笑いしながら、うなずく。
惑星ロピコの中央部から、静止軌道以上まで伸びるこのセントラルタワーであり、当然ながら、内部のあらゆる階層に商業施設などが存在するわけではない。
内部は主に、中枢たるこの地下区画と、玄関口である地上一階部分……。
そして、商業施設などが密集する中層部と、宇宙への出入り口である最上部……ドッキングベイとに分けられていた。
問題は、一階部分から中層部までの高度だ。
「セレブってのは、どうしてこう高い所が好きなのかね?
劇場やらがある中層部は、七百メートル。
ここや一階を抜けたとして、そこまで階段で上がっていく人間なんてのが、存在すると思うか?」
そうなのである。
地上部から中層部までの間……。
二人が守備している非常扉の先には、延々と……うんざりするくらいに、階段が続いていた。
建築物の常として、非常用に設けられているのがこの階段であるが……。
仮に、いざという事態が起きたとして、実際に使用されるかは大いに疑問なところである。
上るのは当然として、ただ下りるだけでも、人間離れした体力が必要となるのは、疑問を挟む余地もなかった。
「上下の移動として使われるのは、どう考えたってエレベーターの方だ。
こんな所を守っていても、無駄じゃねえか?」
相棒が言うように……。
手厚く守られているのは中層部以上へ至るためのエレベーターであって、自分たちのように非常階段を守るための人員は、必要最小限な数が配置されているだけである。
いってしまえば、セントラルタワー……ひいては惑星ロピコの占領という祭りの中において、中心とは程遠いハズレくじを引かされたのが自分たちなのであった。
これならば、島内へ散らばる予備人員として、占領の瞬間を待ち、祝杯でもあげていた方がマシであろう。
「まあ、お前の気持ちも分かるけどな。
こういうのは、万に一つの事態を想定してのもんなんだから……」
「万に一つってのは、アレか?
大昔のハリウッドスターみたいなやつが乗り込んでいて、エレベーターは守りが厚いから、こっちの階段から突破しようとするってことか?
上までの高さを、ものともせずにだ。
こいつは、フィクションじゃねえ。
現実なんだぜ?」
「それはまあ……」
相棒の言葉に、答えようとする。
――タン!
自分たちが守護する非常階段へ至る通路……。
その曲がり角から、発砲音が聞こえたのは、その時であった。
「――おっ」
悲鳴……いや、断末魔は、それだけ。
頭部へ横合いから一発もらった相棒は、血を吹き出しながら倒れていく。
「え?」
――タン!
またも、発砲音。
だが、それを認識するよりも先に、海賊の脳は銃弾で貫かれ、グシャグシャなミンチとなり……。
フィクションではなく、現実の銃弾によって、非常階段を守備する海賊二人は無力化されたのであった。
--
「順調そのもの、という他にないな。
――大変結構」
劇場全体を俯瞰できるVIP席……。
そこへ腰かけながら、ハワードは側近たる部下たちにそう語りかけた。
最高の環境で観劇するべく用意されたこの席であるが……。
今、見下ろすことができるのは、上演予定だったカルメンではなく、観客席で怯える観光客たち……。
そして、舞台上へ集められた子供たちである。
だが、それが、ハワードにとっては何よりの見世物であり……。
VIP席内に用意されたウィスキーを部下に開けさせると、手にしたグラスへ注がせたのであった。
上機嫌で、これをくゆらせる。
琥珀色の液体は、それだけで芳醇な酒精の香りを漂わせ、ますます、若き首領を陶酔させた。
「タワーを占拠しつつ、上からは、いつでも航空砲撃可能なアームシップやマザーシップが睨みを効かせている。
果たして、弱腰なロピコ政府がどれだけ粘れるか、見ものだな」
そこで、ちらりと舞台上を見やる。
「しかも、テレビには、人質となったあの子供たちを映しておいた。
効果は絶大だろう」
「子供の人質が有効なのは、分かりますが……。
そこまでなのですか?」
「ふふん……」
部下の言葉に、鼻息を鳴らして応じた。
そして、ウィスキーを舐めながら、答え合わせをしてやったのである。
「そういえば、教えていなかったが……。
あの中にはな。ロピコ大統領の隠し子が混ざっているのだよ」
「隠し子が……!?」
これは、秘中の秘と呼ぶべき情報であった。
ハワードが今日を作戦実行の日としたのは、本日公演されるチケットを、その娘が購入していたからなのだ。
「まあ、決断力のない為政者には、背中を押してやらなければならないからな」
「それが、あの子供たちというわけですか……。
いつもながら、お見事です」
「ふっ……」
そうと分かっていても、世辞とは気持ちのよいもの……。
またもウィスキーを舐め、機嫌よく笑う。
「ハワード様。
通信が入っています」
部下の一人が、VIP席内の受話器を手にしながら言ってきたのは、その時だ。
「相手は?」
「赤の首領です」
「ほう……応じてやるとするか」
ハワードはそう言いながら、差し出された受話器を受け取ったのである。
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