警告

 ――死ぬ時は。


 ――星の海に抱かれて。


 それが、赤の海賊団を率いる首領ロジャーの信条であり、事実、彼は船団を率いるようになってから今までの三十年間、ただの一度として陸に上がったことがない。


 外壁一つ隔てた場所に死の世界を感じてこそ、宇宙海賊という美学があるからであり……。

 また、宇宙を行き交う商船などから、少々のおこぼれを頂く卑しい存在が自分たちであると、定義しているからだ。


 そのような卑しき人間が、多大な労力を払って入植を果たした植民惑星に降りようなどというのは、見当違いもはなはだしいと考えているのである。


 それは、彼に海賊団を引き継がせた先代もまた、同じであり……。

 そんな男たちが率いる赤の海賊団は、船団の維持に必要とされる各種施設の全てを、コロニー化しているのが特徴であった。


 マザーシップやアームシップを整備するためのドックは元より……。

 海賊行為を働いていない平時、骨休めするための各種施設まで、独自建造したスペースコロニー内部へ収めているのである。


 いっそ、偏執的なまでのこだわりであるといってよい。

 だが、そうであるからこそ、色を冠した七大海賊団の中で、とりわけその名を轟かせることに成功しているのだ。


 また、このこだわりこそが、他に依るところのないならず者たちへ、美学と誇りを与えてくれるのである。

 サムライと呼ばれる戦士階級が、ブシドーによって己を律したように……。

 あるいは、ヤクザなる無法者たちが、独自のしきたりによって自分たちの社会を形成したように……。

 本来ならばまとまりなき集団であっても、ルールを設けることによって、ひとつの洗練された部隊へ変化し得るということであった。


 その、ルール……。

 当然ながら、赤の海賊団内部のみでなく、同業の海賊団同士にも存在する。

 いや、明示されているわけでないから、不文律とでもしておこうか。

 それを破った海賊が現れたことで、ロジャーが怒りを覚えたかといえば、そうではない……。


 なぜならば、問題の海賊が事を起こしたのは、よりにもよって惑星ロピコであったからだ。

 ゆえに……。

 クラシカルな調度で彩られた私室から行うこの通信は、忠告であり、最後の挨拶なのであった。


『こんにちは、親愛なる赤の海賊団首領殿』


 これも古典的なデザインをした受話器から響いたのは、いかにも慇懃無礼な青の海賊団首領――ハワードの声である。


『今日は、我々青の新たなる門出を、お祝いでもしてくれようというのかな?』


 ――舐めた口ききやがって。


 握り締めた受話器が、みしりと音を立てたが、しかし、怒りの発露はそこまでに留めた。

 ロジャーたち世代とは、文字通り親子ほども年の離れている若造……。

 今は、目論見通りに事が運んでいて、さぞかし気持ち良いことだろう。

 だが、それは若さゆえの無知から、取り返しのつかない失敗を犯したと、気づけていないだけなのだ。


「……上機嫌だな、ハワード。

 今回のことを計画したのはいつからだ?

 ……ウィルのやつを、手にかけたその時からか?」


 ――クック。


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、耳障りな含み笑いであり……。

 それは、ロジャーの問いかけを、暗に肯定していた。


『お気づきでいらっしゃいましたか?

 私が、父……先代の青を排除したことに』


「いいや、カマをかけただけだ。

 色同士で定めた掟を破るような大馬鹿野郎なら、親殺しという最大の禁忌も犯すんじゃないかってな。

 ウィルの野郎も、報われないぜ」


 語りながら、脳裏によぎったのは、先代青の海賊団首領――ウィルとの思い出である。

 あの男との関係は、友の一文字で完結するものだろう。

 同年代の宇宙海賊として……。

 同じ、七大海賊団の長として……。

 時には酒を酌み交わし、語り合った間柄であるのだ。

 そんな彼が、最後に言っていたのは、こんなことであった。


 ――おれの息子……ハワードっていうんだけどな。


 ――あいつは、おれなんかにゃ勿体ない出来息子だ。


 ――いずれ跡を継がせりゃ、青をもっと大きくしてくれることだろうぜ。


 ――案外、お前んところも食っちまうかもな。


 ……ホテルを通じ、ウィルの病死が知らされたのは、それから一ヶ月くらい経った時であったか。


『目障りだったんですよ。

 やれ、海賊には流儀があるだのと。

 古臭いやり口にこだわって、青が大きくなる可能性を自ら潰していた疫病神でした』


 親の心、子知らずとはよく言ったもの……。

 受話器から聞こえる声を効きながら、ロジャーは深く瞑目する。

 それは、亡き友へあらためて送った追悼であった。

 そして、瞑目を終えたロジャーは、いよいよ本来の要件を口にしたのだ。


「お前のその行いが、青の海賊団を大きくすると?

 そう……テレビで宣伝したみたいに、銀河一の海賊団へ、だ」


『ご覧になられていましたか。

 まさに、その通り……。

 この惑星ロピコを足がかりとして、銀河は青一色へと染まっていくことでしょう。

 そのための準備は、入念にしてあります。

 中継でも、ご覧いただけているでしょうアームシップ……。

 あれは、私が密かに築き上げた独自工廠で生産しています』


「ああ、見たぜ」


 ちらり、と、自らの執務机を見やる。

 古めかしい見た目と裏腹に、これは様々な機能を内包した端末であり……。

 一見すれば木製に見える天板の一部はウィンドウと化し、問題の中継映像を映し出していた。


 その映像内では、ハワードご自慢のアームシップ隊が威圧的なマニューバを披露していたが……。


「カカシの兵団だな」


 ロジャーはこれを見て、そう断ずる。


「数を揃えたのはいいよ。大したもんだ。

 だが、ホテル製の機体に比べりゃ、いかにも粗製乱造だ。

 まして、バーテンダーが手がけた機体とは、比べるべくもない

 変形するまでもなく、分かる。

 バーニアの吹き方や、ちょっとした挙動でな」


『……ふっふっふ』


 聞こえてきた笑い声は、いかにも強がりを含んだそれであった。


『まあ、生産性を最優先としたのは、否定しませんよ。

 だが、戦いとは数だ。

 私には見えますよ。圧倒的な大軍勢でもって、あなた方を打ち倒す我が海賊団の姿が』


「そこのところが、考え違いなんだよな」


 酒でも飲んでいるのだろう。

 陶酔したような口ぶりのハワードへ、水を差す。


「確かに、頭数揃えるのは大事だぜ。

 だが、それでどうにかできるのは、あるレベルまでだ。

 あるレベル……これを超えた相手に、数は数として成り立たなくなる。

 ただ、絶対的な強者によって、蹂躙される存在へと成り下がる」


『これはこれは……。

 孫子が聞いたら、肩をすくめそうなご持論だ』


 実際に肩をすくめているのが、受話器越しの気配で伝わった。

 それで、ウィルが大切なことを頭でっかちな息子へ伝えていなかったのだと知れる。

 あるいは、いずれ伝えるつもりで、その前に、殺されたのかもしれないが……。


「ハワードは教えていなかったようだがな……。

 俺たちがロピコを不緩衝地帯に加えたのは、地理的な要因じゃねえ。

 ただ、一人の男がそこで暮らすことを選んだからだ」


『……なんの話です?』


「死神」


 質問に対し、たったひとつの言葉で返す。


「奴は、たった一人で色を冠する海賊団に匹敵する。

 当時、お前は後方でせっせとお勉強か? それでも、名前くらいは知っているだろう?

 そんな伝説の傭兵が、引退し、子供を育てると聞いて、俺たちはその星に手を出さないと決めた。

 誰も、眠った火竜の逆鱗には触れたくないからだ。

 ところが、それをした馬鹿が現れた。お前だ」


 息を呑んだ気配が、伝わってくる。

 止めを刺すように、決定的な事実を告げた。


「俺は、たまにあいつとやり取りしている。

 直接に会ってはいないが、娘の写真も見ている。

 お前は、終わりだ。

 足元は大丈夫か?

 そのタワーは、地下から島内の様々な場所に通じているだろう?

 シャッターを下ろしたところで、無駄だ。奴なら簡単に潜入する。

 すでに、お前の喉元へ迫ろうとしているぞ」


 ――ガチャリ。


 通信は、相手から一方的に打ち切られ……。


「……ふん」


 ロジャーは、少しだけ溜飲が下がった思いで、戸棚から酒を取り出したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る