情報
――傭兵。
――殺し屋。
――便利屋。
――海賊。
脛に傷持つ者は銀河に数多く、そういった類の人間が真の美食を味わおうとしても、それが可能な場所は極めて限られている。
何しろ、そういった稼業の人間は、皆一様に危険な匂いを身にまとっているものであり……。
いかに大金を積もうとも、ドレスコードを満たそうとも、店側にき然と断られることはままあった。
そうでなくとも、後ろ暗い仕事をしている人間として、そのような店を利用するのははばかられるものだ。
とはいえ、裏社会に生きる者たちとて、人間である。
美味い酒や料理を味わいたいという気持ちは、それこそ、人並みに持ち合わせていた。
まして、明日をも知れぬ身で、たまさか大金を手にする機会へ恵まれたなら……。
想像上でしか味わえなかった様々なご馳走を食べるのに使いたいと考えるのは、当然のことであろう。
その欲求を叶えるのが、この中立コロニー――ホテル内に存在するレストランフロアである。
内部には、洋の東西を問わず、様々な料理屋が存在しており……。
ロピコのセントラルタワー内に存在した同種のエリアなど、ミニチュアか何かだったのではないかと思えてしまう。
中でも、一際豪奢な造りをしているのが、『インペリアル』という店名を冠したレストランだ。
広々とした店内は、椅子から何から、選び抜かれた調度で彩られており……。
店内は、常に専属の楽団によって心地良い音楽で満たされている。
提供されるのは伝統あるフランス料理であり、その味の見事さに魅了され、裏社会の者ならず、表社会で成功を収めた者すら通うほどであった。
まさに――食の帝国。
店名に違わぬ店なのである。
そんな店内の片隅……。
黙って食事を取っているのが、ベックであった。
ワイン片手に考えるのは、次なる一手である。
――機体はこれで手に入った。
――後は、どこに向かえばいいかだが……。
ハワードがアンジェを連れ去ったのは、間違いなく、青の海賊団が勢力圏としている宙域のどこかであろう。
となれば、候補はいくつか存在するが……。
それを、絞り込むことができずにいた。
どうやら、先代であるウィルから組織を引き継いだ後、ハワードは徹底した組織の改革を行ったようである。
結果、青の海賊団内における重要拠点も変化しているようであり……。
ホテルへ来てから行った少々の聞き込みだけでは、どこに娘が連れ去られたのか、判断できないのであった。
――多分、アームシップを量産するために建造したという工廠がある場所なんだろうが。
――誰に聞いても、情報を持ってねえ。
これは、驚愕すべきことである。
何しろ、モノがアームシップの工廠だ。
このホテルを見れば分かる通り、それを建造するにも、運用するにも、かなりの資材や人間が動いているはずであり、その動きが情報屋にすら流れていないというのは、通常ならば考えられないことであった。
こうなると、せっかくキャシーがアームシップを仕上げてくれても、行き場がなくなってしまう。
――どうしたものか。
食事の手を止め、考えあぐねるベックの対面へ男が座ってきたのは、そんな時のことである。
「また、チーズオムレツか?
わざわざこの店に来て、そんなものを頼むのはお前さんくらいのもんだぞ」
「こいつが一番美味えんだ。
何も不思議はないだろう?」
強者に漂う特有の気配……。
それを隠すこともなく近寄ってきているのだから、目で見るまでもなく、とうに接近へは気づいていた。
また、ベックにとってこの男は、再開を拒む必要のない友人だったのである。
「通信ではなく、直接会うのは十二年ぶりだな。ロジャー」
「ああ、こうして直に会うと、お互い年を食ったってことが実感できちまうぜ」
対面に座った男――赤の海賊団首領ロジャーは、そう言うと、にかりと笑ってみせた。
髪には白いものが混ざり、顔にもしわが増えている。
しかし、瞳に宿るギラギラとしたものだけは、若き日と変わらなかった。
心得た顔をしたソムリエが、ロジャーにワインを用意する。
それが終わると、互いにグラスを掲げ合ったのである。
「再開に」
「友に」
グラスを煽ると、先程までとはまた違った味わいに感じられた。
ベックとて人の子であり、友人と交わす酒には、格別のものを感じるのである。
だが、この友人は相応の立場を持つ人間だ。
なんの用もなしに、わざわざ直接やってきたりはしないだろう。
「それで、赤の首領様がどうしてここまでやって来た?」
だから、言葉を選ぶことなく、直接にそう聞いたのであった。
小難しいやり取りを好まないのは、ロジャーとて同じこと……。
「用件は、二つある。
お前さんに伝えることがな」
赤の海賊団を束ねる男もまた、単刀直入に切り出したのである。
「まず、ひとつめだが……。
俺を含め、他の七大海賊団は、今回の件に手を出さないと決めた」
「どうしてだ?」
小さく笑みを浮かべながら尋ねると、向こうもにやりと笑って続けた。
「お前が、怖いからだ。
獲物を横取りしたら、こっちにまで飛び火しかねねえ」
「賢明だな」
友の返答に満足し、ワインを舐める。
今、この瞬間も胸を焦がしているもの……。
これを解放してしまえば、どうなるかはベック自身にも分からない。
ただひとつ確かなのは、目に映る全てを破壊衝動のままに粉砕してしまうことであった。
「そして、もうひとつだが……。
ハワードがどこに逃げ込んだか、掴んでおいたぞ」
「ほう……」
感心するベックの前に、メモリーカードが差し出される。
「あの青ビョウタン、ビビッて逃げ出すんじゃないかと踏んでいたからよ。
密かに、うちの手下を派遣して尾行させたんだ」
赤の海賊団には、古強者たちが数多く在籍している。
その誰か……あるいは、何人かにステルス性の高い機体を与えたならば、現在の青を尾行するくらいは難しくないに違いない。
「助かったぜ。
ここでも聞き込んでみたんだが、とんと分からなかったんでな」
「データを見れば分かるが、野郎が逃げ込んだのは、ご自慢のアームシップ工廠がある場所だ。
今の今に至るまで、これだけの施設が知られなかったとこだけは、褒めてやりたいところだな」
「腐ってもウィルの息子だ。取り柄くらいはある。
ウィルの奴には、悪いことをしちまうな……」
ベックは、そう言ってやや気を落とした。
これは、極めて珍しいことである。
そうなったのは、先代青の首領であり、これから殺すハワードの父であるウィルが、良き友人であったからだ。
ここにいるロジャーと共に……。
三人で、スコットの供する酒を交わしたことは、一度や二度じゃない。
すでに決定したとはいえ、その息子を殺すことに、良心の呵責を感じぬではなかった。
「その、ウィルなんだがな……」
ここまでの和やかな雰囲気は消し……。
ロジャーが、スゴ味のある表情をみせる。
「ハワードの奴が、殺したとよ。
野郎、自慢気に俺へ話しやがったぜ」
それで、ベックからも笑みが消えた。
「感謝するぜ、ロジャー。
これで、遠慮の必要がなくなった」
「そうか……。
俺の分まで、よろしく頼んだぞ」
「ああ」
それで話は終わり……。
ワインを飲み干したロジャーが、立ち去る。
一人残された死神は、狂気すら宿した瞳で、食事を再開したのであった。
--
――おっかねえ。
――鈍るどころか、研ぎ澄まされてやがる。
それが、久しぶりに死神と再開したロジャーの感想である。
もし、自分以外の誰かが、奴の対面に座っていたなら……。
迫力に震え、呂律が回らなくなっていたことだろう。
だから、足早に店内から立ち去った赤の海賊団首領は、こう誓ったのだ。
――俺が娘のことを漏らしちまったのは、黙っていよう。
……と。
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