キャシー
「キャシーです。
よろしくお願いします」
カウンターの向こうにいる少女――少女としか思えない――は、そう言うと、にこりとほほ笑んでみせた。
「よろしく……と、言われてもな」
これには、珍しく狼狽するベックである。
年齢で判断する世界ではない。
ましてや、性別など問題とすべきではない。
すべきではない、が、やはり、己の命を託す機体なのだから……スコットのような、熟練した男にこそ、任せたいところであったのだ。
まして、その機体を使って行いたいのは、最愛の娘を救出することなのである。
「さ、どうぞお座り下さい」
「あ、ああ……」
促され、とりあえず彼女の正面ヘと座った。
そこで、気づいたのだが……。
カマーベストを盛り上げる彼女の双丘は、かなりのものである。
――スコットのやつ。
――まさか、胸のでかさで後継者に指名したんじゃあるまいな。
奴に限って、そのようなことはないと思うが……。
ともかく、強烈な不信感に支配されながら、カウンターに手を置いたのであった。
「オーダーを」
ベックの心中を知ってか知らずか、キャシーがそう問いかけてくる。
聞かれれば、答えない理由はない。
ここまでの道中、どのような機体が必要かに関しては、ずっと考え続けてきたのだ。
「ウォッカマティーニ。
ステアではなくシェークで」
「かしこまりました。
王道の中に、危険さと力強さが必要なのですね」
オーダーを受けたキャシーが、酒瓶に手を伸ばす。
そして、ベックの希望通り、材料をシェークし始めたのだが……。
「ほお……」
その手さばきを見て、思わず感嘆の声が漏れた。
仮にも……というより一応だが、スシ屋を営むベックであり、料理には一家言ある。
また、酒もこよなく愛しており、店には、スコットがカクテルの試作をできるだけの材料と道具が揃えてあるのだ。
その上で、こういうしかない。
――見事なものだ。
……と。
手順に迷いというものがなく、シェークの角度も力加減も絶妙である。
少なくとも、単なるバーテンダーとしては、スコットにお墨付きをもらうだけの実力があると思えた。
「どうぞ」
すう……と、カクテルグラスが差し出される。
それを、一口飲んだが……。
「美味い」
味を、素直に褒めた。
絶対に生還せねばならない死地へ赴くにあたって、これ以上ふさわしい酒はないだろう。
だが、感心してばかりはいられない。
ベックが求めているのは酒ではなく、アームシップなのだから……。
「それで、機体の方なんだが……」
「お任せ下さい。
すでに、構想は浮かんでいます」
キャシーが、涼しげな顔で答える。
それから、彼女がカウンター裏へ隠されたコンソールを操作すると、一見して木製にしか思えないバーカウンターが、ディスプレイとしての機能を発揮したのであった。
表示されているのは、ベックにとっても慣れ親しんだアームシップ……。
その、戦闘機形態だ。
「ベースはマティーニ・タイプ。
そこへ、ベック様のご希望に添えるアレンジを加えていきます」
キャシーが、手元のコンソールをいじる。
すると、俗にバニラとも呼ばれる非武装状態の機体下部へ、機体本体と同等の全長を持つ武器――ガトリングガンが装備された。
「まず、メインアームにはガトリング・フォトンカノンを搭載します」
「……知らない武器だ。
機体バランスがおかしくならないか?」
ベックが口にしたのは、パイロットとして当然の疑念である。
確かに、ウォッカマティーニ……それも、ステアせずシェークというオーダーには、圧倒的多数の敵を制し得る火力という意味は込めてあった。
だが、それでアームシップ最大の武器――機動力を削いでしまっては、本末転倒というものだろう。
「あたしが開発しましたから。
実を言うと、搭載するのはこれが初です」
「……不安にさせることを言うな」
これには、ベックも渋面を作らざるを得ない。
別に、ベックはテストパイロットを請け負うためにここへ来たわけではないのだ。
「ご安心下さい。機能は十全です。
まず、ガトリングガン自身にもジェネレーターを内蔵しているため、マティーニ本体のドライブを圧迫することはありません」
コンソールを操作し、ガトリングガンの内部構造を表示しながら、キャシーが解説する。
「結果、見ての通り大型化を招いてしまいましたが、それも織り込み済み……。
砲の後部には、推進装置を取り付けてあります」
なるほど、彼女が言う通り……。
ガトリングガンの尻に備わっているのは、アームシップに用いることも可能な――というよりは、転用したと思えるバーニアであった。
「これにより、砲装着時の直線的機動力は三割増し。
変形してからも、意表を突く形での高機動戦が可能です――使いこなせれば、ですが」
「パイロットの腕次第、というわけか」
ここへきて初めて、口元に笑みが浮かぶ。
カウンターに表示されたスペックを見れば、マティーニ・タイプが現役時代よりも強化されているのを理解できる。
そこへ、ガトリングガンの推進力も加わるのだ。
かなりのじゃじゃ馬になるだろう。
――面白い。
それは、ベックにとって、喜びなのであった。
「さらに、機体本体の方へもアレンジを加えていきます」
キャシーがそう言うと、画面上のマティーニ・タイプに一対の増設ブースターが装備される。
戦闘機形態の機体上面へ増設するこれは、現役時代、ベックが好んでいたオプションだ。
思えば、アンジェと出会ったあの日も、同種の装備を搭載していたはずである。
「細かな改修を施したマティーニ・タイプですが、フレーム強度に関しては、ベック様の現役時代と変わりありません。
そのため――」
「――増設ブースターとガトリングガンの推進装置を合わせた場合、無理な機動をすると空中分解するかもしれないんだろう?
任せておけ。機体は五体満足の状態で持ち帰ってやる」
「そうして頂けると、データ取りの面でも助かります」
解説に横槍を入れた格好だが、キャシーは気にしていないのか、澄ました顔で答えた。
「そして、最後に……」
またも、画面上のマティーニ・タイプへ変化が起こる。
増設されたブースターの前方部……。
そこに、大型のミサイルランチャーが二基、装着されたのだ。
ランチャーは、それぞれ六発のミサイルが装填されており、もし、一度に撃ち放ったなら、その破壊力は計り知れない。
「このミサイルで、オーダー通りの仕様となります。
ミサイル装備時は変形ができませんので、会敵時に全弾発射した後、パージして下さい」
「敵軍をステアではなく、シェークするわけか。
――気に入った」
新たなバーテンダーの発案に、満足し笑みを深めた。
こいつは、戦争用の機体となるだろう。
たった一人で、七大海賊団のひとつを相手に渡り合うならば、理想的な仕様である。
「パーフェクトだ。
きちんと、仕様通りに組めるならな」
からかうように告げるも、キャシーの表情は変わらない。
「三日もあれば、完璧に調整してお渡しできます」
――早い。
おそらく、現役時代のスコットと変わりないか、それ以上のスピードであった。
後は、実機の出来上がり次第だが、こればかりは完成しないと分からない。
「よし、お前さんに任せよう」
だから、ベックはカクテルグラスを掲げつつ、そう言ったのである。
「ところで……」
さて、せっかくの酒を味わおうかというところで、キャシーが話しかけてきた。
「機体のカラーリングですが、サーモンピンクなんていかがでしょうか!?」
でかい胸を揺らしつつ……。
やや興奮気味にスコットの後継者が言ってきたのは、ひどく意外なことである。
「サモ……」
「やっぱり、これからのアームシップにはかわいらしさも必要だと思うんです!
それに、今のベック様はお寿司屋さんでもあらせられますし、サーモンはピッタリ!
あと、なんとなく、サーモンピンクって三倍くらい早く動けそうなイメージありますし!
どうですか!?」
「どうって……」
絶句しながら、首を横に振った。
「……くすんだブロンズにしてくれ。
昔から、それで通してる」
「えー……でも!」
「でも、はない」
「……はい」
しゅんとうなだれるキャシーに、じとりとした目を向けつつ、見事な味のカクテルを楽しんだ。
……若い娘の趣味は分からない。
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