一蹴

 奪われたベリング・タイプが見せたのは、単なる突進ではない。

 機体各所のアポジモーターと、足裏のブースターが持つ推進力を最大限に活かし……。

 地面すれすれのところを、滑るようにしながら向かってきたのだ。


 これは、当然ながら生身の人間では不可能な動きであり、アームシップの特性を利用した格闘術であるといえる。

 そして、その格闘術に……青の海賊団へ属するパイロットは、対処することができなかった。


 ――グワンッ!


「うっ……!? おっ……!?」


 ベリングが備えた安価なショックアブソーバーでは吸収しきれず、コックピット内が激しい振動に見舞われる。

 敵機は、こちらの左膝に飛びついたとみるや、強烈な勢いでこれをすくい上げたのだ。

 こちらの機体は、抵抗することすら許されず倒され、後頭部からショッピングエリアの路上へ叩きつけられた形となった。


「――ぷあっ!?」


 最悪なのは、この衝撃で舌を噛んでしまったことで、口からはボタボタと鮮血が垂れてしまう。

 こうなってしまっては、次の操縦などできるわけもなく……。

 未熟なパイロットが最後に見たのは、自機が捉えた映像――腰アーマーに格納されている折り畳み式カトラスを引き抜いた敵機の姿だった。




--




「弱い」


 アームシップの標準武装として、この名も知らぬ機体にも装備されていたカトラス……。

 分子振動式の刃で敵機のコックピットを刺し貫きながら、ベックはそうつぶやく。

 あまりにも――歯応えがなかったからである。


 今、ベックが行ったのは、アームシップ戦における極めて初歩的な格闘モーションに過ぎない。

 それに対し、反応することすらできず、こうもスムーズに倒されてしまうとは……。


「場数が足りな過ぎる」


 すぐに、原因へと行き着く。

 この機体を奪った際、本来の持ち主が見せた間抜けな顔……。

 敵機の装甲越しに感じられた、いかにも不慣れな気配……。

 それらを総合すれば、相手方のパイロットが、ろくに経験を積んでないのは明らかだ。


「この機体……。

 秘密裏に量産して、本日初お披露目ってところか。

 それは結構なことだが、せっかくなら、隠している間……操るパイロットの錬成に力を入れるべきだったな」


 もしくは、それを可能とする人材が残されていないのか……。

 ここまでの道中、始末してきた連中の顔を思い出す。

 いずれも若く、いかにも食い詰めた顔をしており……。

 そこに、海賊としての矜持は宿っていなかったのである。


 かつて……。

 ウィルが率いていた時代の青は、そうではなかった。

 長く海賊として働いてきた者……。

 入ったばかりで、いまだ下働きしか許されていない新参……。

 構成員の年代は様々であり、共通して組織に対する忠誠心と、色を冠する海賊にふさわしいプライドを宿していたものだ。


 ハワードとかいうウィルの息子は、おそらく、急激な組織の改革を行ったのだろう。

 それ自体は、別段、そこまで悪いものではない。

 引き継いだ者が奮起し、新しいあり様を模索するのは、世の常であるからだ。

 だが、最低限、受け継がなければならなかったもの……。

 それを取り落としているのは、やはり、愚かという他にないだろう。


「……やる気か?」


 今は亡き友人が率いていた海賊団……。

 その現状に憂いていた頭を切り替え、つぶやく。

 ショッピングエリア内へ踏み入ってきた機体は三機であり、内一機はこうして自分が奪い、一機はたった今撃破した。

 そして、最後に残った一機が、ようやくにも現状を理解し、腰からカトラスを引き抜いたのである。

 同時に、それまで保持していた右手のフォトンカノンは、後ろ腰のハードポイントへ装着された。

 格闘戦の構えだ。


「いいだろう。

 相手をしてやる」


 こちら側もフォトンカノンを後ろ腰へ移し、左で逆手に握っていたカトラスを右手に持ち変える。

 今度は、順手。

 組打ちからのトドメではなく、剣戟に対応した構えだ。


「さあ、かかってこい」


 何も保持していない自機の左手。

 これを使い、向かってくるよう指で促す。

 挑発だ。

 まるで、風船へ針を刺した時のように……。

 それで、膨れ上がった緊張が弾けたのだろう。

 カトラスを構えた敵機が、足裏のブースターを全力にして襲いかかってきた。


 何もかも、ベックが狙った通りの展開である。

 アームシップの装甲越しにも感じられる。

 敵パイロットが抱いていた、恐怖をだ。

 それも、当然のことだろう。

 何しろ、向こうは軌道エレベーターへの攻撃という禁忌を犯してまで、生身の人間相手に三機ものアームシップで乗り込んだのである。

 通常ならば、必勝といってよい。


 それが、瞬く間に一機を奪われ、一機が撃破された。

 残されたパイロットからすれば、まさにこれは、天地が逆転したほどの衝撃だろう。

 絶対的な安全圏のいたはずの自分が、いつの間にか、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていたのである。

 おそらく、コックピット内では大粒の汗を流し、決死の表情で自機にカトラスを構えさせていたに違いない。


 迫りくる死のプレッシャー……。

 これから逃れるには、目の前にいるベック機を撃破するか、あるいは、自分が殺されて楽になるしかない。

 いずれにせよ、軟弱なこのパイロットでは、容易に決断できぬ状況であったが……。

 そこに、ベックは挑発を入れたのであった。


 敵パイロットにとって、これはある種の救いだったに違いない。

 何しろ、どうあっても立ち向かわねばならない状況で、最後のひと押しをしてもらった格好だからだ。

 だから、こちらへの恐怖を、舐められ嘲られた怒りへと変えて、襲いかかってくる。


 実のところ、それは勇気を振り絞っているわけではない。

 ただ単に、耐え難いプレッシャーから早く解放されたかっただけなのだから……。

 だから、これはベックが与えた救いなのだ。


 同時に、ベックはこう考えていた。


 ――扱いやすくて、結構なことだ。


 ……と。

 階層を隔てているとはいえ、同じ中層階で暴れ回れば、劇場エリアにどのような被害が出るか分からない。

 ゆえに、こちらとしては、できるだけ素早く……それでいて、綺麗に敵機を撃破するのが理想だ。

 敵パイロットは、その理想的な流れへ、まんまと乗っかってくれたのである。


 ――グオッ!


 全力で加速した敵機が、腰だめに構えたカトラスを突き出してきた。

 駆け引きも何もない、突進。

 しかし、それゆえにかわすのも捌くのも難しく、並のパイロットならば、相打ちを覚悟せねばならない場面である。

 つまり、ベックにとってはなんの問題もないということだ。


「ふん……」


 鼻息を鳴らしながら、ギリギリのところまで敵を引き付けた。

 そして、ついに敵の切っ先が触れようかという寸前で、機体の身を捻る。

 すでに、この機体が持つ運動性能と、各所へ配置されたアポジモーターの能力は把握しており……。

 ベックの先読みと合わせれば、この程度は造作もなかった。


 ――ズガッ!


 すれ違い様、逆手に持ち替えたカトラスを敵機の背へ突き立てる。

 それは、確実にコックピットまで達しており……。

 ショッピングエリア内の敵アームシップは、これで全て無力化したのであった。


「次は外か」


 淡々とつぶやく。

 ベックにとって、敵のアームシップたちなど、障害物に過ぎない。

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