最強と最凶

「なん……だ……?」


「何が起こっている!?」


 青の海賊団でも、このショッピングエリアで人質の見張りを任されている者たち……。

 彼らの困惑する声が、噴水広場に響き渡った。


 しかし、それも当然のことだろう。

 味方のベリング・タイプが、突然、動きを止めたと思ったら、いきなり友軍機へ襲いかかり、これを撃破したのである。

 ばかりか、残ったもう一機にも挑発を行い、それに乗ってきたところでたやすく撃破してみせたのだ。


 一連の動きは、あまりに流麗なものであり……。

 否パイロットの身でも、熟達した操縦技術を感じずにはいられない。

 となれば、間違いない。


「ここからはよく見えなかったが、ベリングを奪われたんじゃないか!?」


 仲間の一人が、辿り着いた結論を口に出す。

 となると、湧き立つのはこの噴水広場へ集められた人質たちだ。

 何しろ、自分たちは特に声を潜めることもなく会話しているのである。

 内容を聞いたセレブたちが、希望を見い出すのは自然なことだった。


「助けが来たのか?」


「きっと、特殊部隊か何かにちがいないわ」


「ロピコ警察に、そんなのはいたかな?」


「ロピコじゃないなら、どこか他の星から派遣されてきたんじゃないか?」


「それにしても、早すぎる気はするが……」


「たまたま、近くの宙域にでもいたんだろうさ」


「多少の無理を通すくらいは、あり得るかもしれない。

 我々に何かがあれば、社会に与える影響は大きいのだから……」


 だが、それらはあまりに自分勝手な予想に基づくものであり……。

 ごく自然に、普通の人間よりも己を一段上のものとしている態度が、海賊たちの神経を逆撫でする。


「こいつら……」


「よせ、今はあのベリングだ」


 怒りのあまり、銃を人質に向けようとした仲間の一人が、静止された。

 今、大事なのは奪われたベリング・タイプの動向であり……。

 ひいては、いかにしてこの場から逃れるかなのである。

 すでに、海賊たちは人質を保守することなど、諦めていた。


 ――ウウ……ン。


 重たい駆動音を響かせながら、ベリングの四角いカメラアイがこちらに向けられる。

 同時に、右手で握られていたカトラスは腰アーマーへ仕舞われ、後ろ腰のフォトンカノンが再び保持された。


 ――まさか。


 ――カノンでこちらを撃つつもりか。


 軌道エレベーター内部である上、至近には人質もいる。

 だから、理性ではその可能性を否定しつつも、海賊たちが冷たい汗をかいた。


 ――フォトンカノン。


 光子を打ち出すこのビーム兵器は、アームシップの標準武装である。

 その破壊力は、絶大のひと言。

 単なる質量兵器では決して生み出せぬ熱量により、いかなる装甲を貫通することが可能なのだ。

 当然ながら、それを生身の人間に向けたならば、どれだけ凄惨な事態になるかは、語るまでもない。


「う、撃つ気か……?」


「お、おい!

 我々もいるんだぞ!?」


 だから、海賊たちのみならず、人質たちも狼狽する。

 しかし、結論として、それは無用な心配であった。

 奪われたベリング・タイプは、破壊の砲口をこちらではなく、今はその機能が失われた液晶内壁に向けたのだから。

 そう、丁度、三機のベリングが侵入するために破壊され、今はセーフティシャッターが下りているその箇所へと……。


 ――ズオッ!


 フォトンカノンから光子弾が放たれ、脆弱なシャッターを内から破壊する。

 同時に、内外の気圧差からショッピングエリア内に暴風が吹き荒れ、海賊も人質も悲鳴を上げることになった。


 そんなことはお構いなしに、ベリング・タイプがトランスフォームを開始していく。

 アームシップの特徴として、ほぼ瞬間的にそれを完了して戦闘機形態となったベリングは、各部のアポジモーターにより自身を浮遊させ……。

 後部のブースターがもたらす圧倒的な推進力により、飛翔する。

 向かう先は、再び開いた穴の向こう――セントラルタワー外部だ。


「な……」


「なんだあ……?」


 思いがけず、取り残される形となった海賊と人質は……。

 互いの立場も忘れ、呆然とした顔を見交わしたのであった。




--




『マザーシップより、地上の各機へ通達する』


『内部へ侵入した三機の内、一機が侵入者に奪われた模様』


『残る二機は、侵入者の手で撃破された』


 セントラルタワー外部の空を、威圧的なマニューバで飛翔していたアームシップたち……。

 彼らに成層圏外のマザーシップが伝えたのは、あまりに意外な事実であった。


「アームシップが奪われただと!?」


「生身の人間相手にか!?」


「内部へ入った連中は、何してやがるんだ!?」


 それまで、テレビ局に対するパフォーマンスとして行っていたマニューバは止まり、各パイロットが口々に叫ぶ。

 それだけ、これはあり得ない出来事である。


 ついさっきまで、自分たちは同じ口で、侵入者がどのような残酷な死を遂げるか、噂し合っていたのだ。

 それがまさか、狩り立てる側であるはずの仲間たちが、殺されることになるとは……!


「それで、アームシップを奪った野郎……侵入者は、どうするつもりだ?」


 誰かが、そんな疑問を口にする。


「そりゃあ、お前……」


 答えようとした男は、続く言葉を口にできなかった。

 セントラルタワー内部へ侵入し、恐るべき殺戮劇を繰り広げてきた男……。

 圧倒的多数を前にして、一歩も引かず、奪った武器や仕掛けたトラップでこちらを翻弄し続けた相手が、ついにアームシップという最強の手札を手に入れたのである。

 となれば、次にその男が取る行動は……。


 ――ドゥン!


 アームシップ隊のパイロットたちが抱いた想像は、即座に現実となった。

 内部へ侵入した者たちが破壊した結果、セーフティシャッターを下ろしていた外壁の一部……。

 それが、内側から超高温の砲撃を受け、溶解したのである。

 同時に貫通してきたのが、光子ビームだ。

 間違いない。

 ベリング・タイプを奪った侵入者が、内部からフォトンカノンを撃ち放ったのだ。


 本来の壁材ではなく、所詮は非常事態用のシャッターであり……。

 しかも、内側から砲撃を受けたのだから、これはたまらない。

 シャッターは飴細工のように溶けて、たやすく光子ビームを突き進ませた。

 結果、内側から放たれた光の砲弾は、いささかも威力を減じさせることなく、タワー外部へと飛び出してきたのである。


「――わ」


 不幸なのは、たまたま、光子ビームの軌道と重なり合う位置で飛行していた一機だろう。

 そのベリングは、機体中央――動力部が存在する位置に、悪意も殺気もない一撃を喰らい、内側から爆散して果てたのだ。


 なんという――強運。

 内部から砲撃した侵入者とて、狙ってこんなことをしたわけではあるまい。

 実力だけではなく、運までをも、こいつは持ち合わせているのであった。


 そういえば……。

 今は青の海賊団から排除された古参海賊が、こんなことを言っていた気がする。


 ――怖いのはな。


 ――ただ強い奴じゃなく、運を味方につけてるやつだ。


 その男は、若者らしい揚げ足取りのような質問に、確かこう言っていたはずだ。


 ――ん? 強さと運、両方揃ってる奴がいたらどうなのかって?


 ――そんなの、決まってるだろう?


 ――最強だ。


 最強。

 その二文字を背負うのではないかという敵機が、セントラルタワーに開いた穴から姿を現す。

 それは、青の海賊団へ属するパイロットたちにとって、最凶と呼べる存在でもあるのだった。

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