強奪
灯台下暗し、という言葉がある。
灯台は遠くを照らし出すことのできる反面、自らの周囲は明るくできないことを元にしたことわざだ。
そしてそれは、まさに、アームシップにおいても適用される。
カメラアイを始めとしたセンサー類が集約されているのは、人型形態時の頭部であり……。
それが捉えた映像は、人間の視界がそうであるように、自機のボディなどは含まれない。
無論、首を巡らせれば見ることも可能なのであるが、それはつまり、足元ばかり見て前方の注意がおろそかになっているということだ。
人間がそうであるように、つまずき事故などの元であるため、そのようなことをするパイロットはまず存在しなかった。
それでも、人間の場合は、触覚などで自身の体に何が起こるかを感じることができる。
だが、アームシップの表面を覆うのは、鋼の装甲であり……。
パイロットに対し、自身が得た感覚を伝えてくる機能など存在しない。
結果、人型形態時のアームシップというものは、十八メートルサイズの機体頂点に配備されたセンサーにより、地上兵器としては極めて広い索敵範囲を持つ反面、至近距離に関しては半ばめくらと化してしまっているものなのであった。
ベックは、その特性をよくよく理解しており……。
だからこそ、バルーンからの飛びつきという、一見して無茶な手に打って出たのである。
「ぬ……う……」
海賊から奪った小銃はすでに捨て去り、武装は腰に拳銃を差したのみ。
これは、アームシップへ取り付くのに邪魔な武器を諦めたからであり……。
同時に、必ずこの機体を奪うという決意の表れでもあった。
どの道、単身で乗り込んだベックからすれば、アームシップを奪い取ることは半ば必須の行程であるのだ。
「くっ……! うっ……!」
それにしても、瞠目すべきはベックの超人的な握力であろう。
装甲と装甲との間に存在する継ぎ目……。
そこへ指を差し込み、全身を支えているのである。
静止した壁に、そうしているわけではない。
歩行するアームシップにそうしているのであり、人間からすれば、あまりに激しい上下運動が加わる中でしがみついているのだ。
余人が同じことをしようとすれば、数秒ともたずに落下し、操縦するパイロットに気づかれることすらなく、落命することだろう。
「ふっ……! はっ……!」
そして、ベックはただ、しがみついているわけではなかった。
関節の継ぎ目から、継ぎ目へ手足を伸ばし……。
時には、飛びつくことで徐々に……徐々にと、コックピットハッチへ近づいていたのである。
「ふうぅ……」
とうとう、死神がハッチへと取り付くことに成功した。
こうなってしまえば、後は思いのままである。
アームシップ共通の仕様として、コックピットハッチのすぐそばには、これを開閉するためのコンソールがあり……。
これには、ロックなどが存在しない。
素人が聞けば、いささか不用心にも思える仕様であるが、災害時の車両停車を思えば納得もいくだろう。
緊急時においては、スムーズな移動を可能とするべく、カギを取り付けたまま放置するのが原則。
まして、アームシップというのは、戦闘という最大の緊急時に運用することを想定した兵器である。
誰でも動かせるよう――または、なんらかの理由により行動できないパイロットを救出するべく、簡単に開閉可能となっているのは当然であった。
「感謝するぜ……。
ホテル製の機体と、同じ仕様にしてくれてよ」
つぶやきながら、手早くコンソールを操作する。
――プシュー……。
すると、どこか間の抜けた音と共に、名も知らぬ機体のハッチが跳ね上がった。
「え……?」
だが、より間抜けであるのは、これを操縦していた海賊だろう。
――何が起こったか、分からない。
そんな顔つきで、きょとんとした目をこちらに向けていたのだ。
――パン!
――パン!
最初に海賊から奪った自動拳銃で、頭と胴へ続け様に銃弾を見舞う。
それで、この機体を操っていたパイロットは死亡した。
ベックにとって幸運なのは、いかにもな簡易量産機であるこの機体が、パイロットの操縦を受けずとも転倒しないだけの姿勢制御能力を有していたことだろう。
拳銃を腰に差し直し、コックピットへと乗り込む。
そして、大の男である操縦者を片手で持ち上げると、これを外に放り投げた。
「借りるぞ」
落ちていく死体に声をかけ、コックピットシートの新たな主となる。
「操縦系統も、丸々ホテル製をパクってやがる。
文字通りの海賊品だな」
これもベックにとって幸運だったのは、慣れ親しんだホテル製のアームシップと、コンソール類から計器に至るまで、まったく同じ配置だったことだ。
握った操縦桿の感触は頼りなく、明らかな安物であると直感できたが……。
ともかく、操縦することに問題はない。
「さあ、頼んだぞ」
かつて乗り回していたそれに比べれば、あらゆる面で劣る機体……。
いや、比較対象に上げた時点で、スコットは憤慨することだろう。
自分の手がけた芸術品と、このようなおもちゃを比べるとは何事だ、と。
だが、性能の如何に関わらず、未知の機体を操縦した際に高揚するのは、パイロットの本能だ。
「お前は、どこまで俺についてこれるかな?」
ここまでの戦闘で、すでに死神はかつての勘を取り戻しつつある。
あと、必要だったのは、敵を殲滅し得るだけの兵器であり……。
ついに、それは渡ったのだ。
--
「ロドリゲス……?」
ショッピングエリア内がいかに広いといっても、全長十八メートルはあろうという機械巨人同士が、互いの姿を見失うほどではない。
ゆえに、同じくエリア内へ突入した機体――ロドリゲスのベリングが動きを止めたことは、僚機からも確認できたのだ。
「どうした……?」
背中を向ける友軍機へ、無線越しに問いかける。
そこで、ようやく気付いた。
ロドリゲス機の足元……。
見れば、何者かが倒れているではないか。
そして、それは間違いなく、たった今、無線を投げかけたロドリゲス本人なのである。
「――まさかっ!?」
そのパイロットが、事態の真相に辿り着けたのは、緊急時に脳が見せる冴えのおかげという他にない。
――捜していた侵入者が。
――ロドリゲスの機体を奪った。
直感し、すぐさまフォトンカノンの銃口を向けようとし――躊躇した。
――もし、当てたら。
――ジェネレーターに直撃でもしたら。
――生身の兵も人質も、巻き添えを喰らう。
……このパイロットを採点するならば、五十点といったところだろう。
残りの五十点が欲しければ、続く行動を取る必要があった。
そして、敵機と認識したベリング・タイプは、ためらうことなくその行動を取ったのである。
すなわち――こちらに向けての、突進。
――グオッ!
両足のブースターを噴射しながら、敵機が体当たりを仕掛けてきた。
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