ハワード
「……相手の顔くらい、拝んでおくか」
今にも店を出ようとしていたベックが、そう言って腕を組む。
そんな彼と、スコットに見守られる中……。
テレビへ映し出された映像が、切り替わった。
「これは……」
映されたその光景に、思わずつぶやく。
上階と下階に分けられた観客席は、数千……ことによっては、数万規模の観客を収容できるだろう規模であり……。
音響から何から、こだわり抜いた設計であることが、門外漢のスコットにも判別できた。
観客席から見下される形で存在するのは、これも、実に広々とした舞台……。
「……劇場か」
ベックが、苦々しげに吐き出す。
いかにも座り心地の良さそうな客席に座った者たちは、常ならば、穏やかな……あるいは、芝居に陶酔した様子でそうしているはずである。
しかし、今、彼らは、怯えた様子で、身を縮こまらせるばかりだ。
それも、無理はあるまい。
客席の間にある通路では、小銃で武装した男たちが睨みを効かせているのだから。
「アンジェは……どこだ」
ベックが、食い入るように画面を見る。
大勢の客が映し出された画面で、たった一人の少女を見つけ出すなど、いかに彼でも難しかろう。
それでも、必死に凝視するベックであったが、意外にも、答えは向こうからもたらされたのであった。
「舞台上で、人質にされている……?」
「……クソッタレが」
たっぷりと客席の様子を見せつけた後、カメラは舞台の上へと切り替わったのだが……。
そこでは、数人の少女たちが座らされ、武装した男たちに囲まれていたのだ。
そして、少女たちの中には、アンジェの姿もあったのである。
だが、カメラがそれを映し出したのは、ほんの数秒……。
次に大映しとなったのは、少女たちを背にした男の姿であった。
「スコット。
……こいつが、そうか?」
「ええ。
青の海賊団を率いたウィル様のご子息――」
説明は、そこで終える。
なぜならば、画面へ映された当の本人が、それを引き継いでくれたからであった。
『単刀直入に言おう。
私の名は、ハワード。
皆さんも、名前くらいは知っているだろう七大海賊団のひとつ――青を率いる者だ』
大仰な身振りを加えながら、そう語った人物……。
それは、およそ海賊稼業には似つかわしくない格好をした男である。
細身の体は、ブランド物のスーツで固められており……。
黒髪は、オールバックでまとめられている。
細縁の眼鏡は、いかにもインテリといった風情であった。
「三十後半ってところか?
海賊というよりは、実業家だな」
「ですが、やり手です」
ベックの感想に同意しながらも、そう付け足す。
ベックは、この襲撃を馬鹿げたものと断じたが……。
つい先日まで裏の世界にいたスコットからすれば、これは、そこまで大それた行いと思えなかったのである。
『七大海賊……。
そう、七つの海賊団だ。
この銀河は、事実上、七つの海賊によって支配されている』
まるで、インタビューにでも答えるように……。
ハワードが、そう語り出した。
『私は、それを快く思っていない。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……。
七つもの色が、それも裏から手を回して世を支配するなど、いかにも迂遠ではないか』
――パアンッ!
……と、ハワードが両手を打ち合わせる。
『銀河を染め上げる色は、青だけでいい。
そう思い、私は、不屈の意思で準備を進めてきた。
組織の改革に始まり、ホテル……といっても、一般の皆さんには分からないだろうが……。
ともかく、他へ頼らない独自の工廠も整えた。
実に……実に長い時間であったが、それは今、実ったわけだ』
そこまで語ると、カメラがアップになり、ハワードの顔で画面が一杯となった。
その状態で、こちらに語りかけるように……。
青を引き継いだ男は、こう宣言したのである。
『ここ、ロピコの占領は、始まりに過ぎない。
まずは、この地を足がかりとして、これまで緩衝地帯とされてきた惑星群を手中に収める。
その先は、目障りな他の色をことごとく打ち倒し、我々、青の海賊団こそが銀河に唯一無二の大海賊となることだろう』
賊の通信は、それで終わり……。
画面が、またヘリでリポートする女アナウンサーへと切り替わる。
アナウンサーが何かを喋っていたが、それはもう、どうでもいいことだった。
「……アンジェたちは、人質の代表ってわけか。
変なところで、見る目がありやがる」
「行かれるのですか?」
「ああ……。
連中のおかげで、アンジェがどこにいるかは分かったしな」
言葉は、それだけだ。
プロフェッショナルに、余分な言葉というものはいらない。
「ご武運を」
――ニャア。
無言のまま店を出ていくベックと入れ替わりに、例の野良猫がまた入ってくる。
どうやら、一人酒はせずに済むらしい。
--
ロピコの住人がセントラルタワーと呼んでいる軌道エレベーター……。
その内部に漂っている空気は、沈黙と恐怖によって支配されていた。
劇場や映画館、ショッピングモールなど……。
内部に存在する観光客向けの施設は、軒並みが青の海賊団によって占拠され、普段の騒がしさとは縁遠い雰囲気となっている。
そして、それらの施設を楽しみに来た観光客や、各施設の従業員たちは、一箇所へ集められ、小銃の冷たい銃口を向けられているのだ。
無論、海賊の刃が向けられたのは、そういった娯楽施設のみではない。
管制室や動力室など、軌道エレベーター運営に必要不可欠な設備群もまた、青の海賊団によって制圧されていた。
とはいえ、こちらの職員たちに関しては、観光客などと明確に扱いを分けている。
オペレーターを欠いては、最低限の機能維持にも支障をきたしかねず……。
また、ここで働く彼らは、惑星ロピコが青の勢力圏へ加わった後も、引き続き活躍してもらわねばならない人材であるからだ。
そのため、通信機器は没収したし、帰宅こそ許しはしないが、拘束などもせず、比較的自由に職務へ励むことを許していたのである。
もっとも、例によって、武装した海賊に監視されながら、という形であるが……。
そして、それは、地下動力部に存在するオペレータールームにおいてもまた、同じなのであった。
広々とした室内には、種々様々な計器が配置されており……。
各自の席へ座ったオペレーターたちは、これらへ油断なく目を配り、場合によって、必要な指示や操作を行っていく……。
そんな様子を眺めているのが、青に属する下っ端の一人である。
威圧的に小銃を携え、目を光らせてはいるものの、内心としては暇というしかない。
何しろ、オペレーターたちの交わす専門用語は、彼にとって意味の知れぬものでしかないからだ。
せめて、目の前にいるオペレーターたちが、何か不審な行動でもしてくれれば、暇を持て余すこともなかろう。
だが、彼らに反抗や逃亡の予兆があるかといえば、これはノーであった。
しょせんは、平和ボケした田舎島の技術者たち。
七大海賊のひとつ、青に制圧されて反抗を企てる気概など、持ち合わせようもないのである。
だから、任務の重大さに反して、ここでの監視は暇でしかなかったが……。
ひとつ、動きがあった。
「すみません。
……タバコを吸ってきても、いいでしょうか?」
それが言えたのは、制圧から幾分か時間が経ち、一種の安定状態が生み出されたからであろう。
おどおどとしながら挙手したのは、いかにも気弱そうな……ボサボサ髪の眼鏡男である。
「タバコか。
ここで吸うわけにはいかないのか?」
「センサーが反応して、水浸しになっちゃうんです」
男が、天井を指差す。
なるほど、各所にはスプリンクラーが設置されており、もし、喫煙などしたら、男が言った通りの結末になると思えた。
「我慢しろ……と、言いたいところだが」
ちらりと、仲間たちを見やる。
当然ながら、一人きりでこんな重要設備の見張りを担当するわけもなく……。
ここでは、五人ばかりの仲間たちが、同じように睨みを効かせているのであった。
仲間の一人が、肩をすくめながらうなずいてみせる。
自分が喫煙者であり……それも、なかなかのヘビースモーカーであることは、仲間内でよく知られていた。
「悪いな。
ちょっとだけ、こいつを連れて離れさせてもらうぜ」
仲間らに詫びて、さっきの技術者を見やる。
「と、いうわけで、だ。
オレと一緒に、喫煙所まで行くぞ。
場所は知らんから、お前の案内でな」
「は、はい!」
技術者は、やや上ずった声で答えた。
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