インタビュー
スコットはホテルと呼ばれる中立支援組織において、バーテンダーなる役職に就いていた男である。
職人とパイロットとして……。
あるいは、呼び名通りにバーテンダーと酔客として……。
ベックとは、長い付き合いであった。
しかし、そこはあくまでも支援者であり、実際にベックが戦う姿を見るのは、これが始めてのことである。
ホテルを訪れた客たちは、口々にこう言ったものだ。
――あいつは、一人きりで七大海賊のひとつに匹敵する戦力だ。
――直撃して五機の敵に囲まれたおれを、あっさりと救い出しちまった。
――生身でも、あいつはとんでもねえ。
――レストランのナイフとフォークだけで、刺客三人を返り討ちにしたのは、語り草よ。
ベック本人は、それらの言葉に対し、肯定も否定もせず、静かに酒を楽しむだけだったが……。
その態度が、かえって話の信憑性を増したものであった。
そして、実際にそれらが盛られた話ではなく、単なる事実の羅列に過ぎなかったことを、今、スコットは目の前で証明されたのだ。
「――むんっ!」
前動作も、溜めもなく……。
驚くべき速さでカウンター越しに若者二人の頭を掴み、カウンターへと叩きつける。
「――ぶほっ!?」
「――がっ!?」
現役を退いて久しいというのに、なんという膂力か。
鼻面を強打された二人の若造は、それで脳までも揺さぶられたのだろう……盛大に鼻血を吹き出したまま、昏倒した。
「え? ……え?」
哀れなのは、両脇の仲間を瞬時に倒された真ん中の小僧だ。
いや、これを哀れむのは、間違いか。
そもそも、こやつらの属する海賊団がこのような凶事へ及ばなければ、眠れる獅子が目覚めるはずはなかったのであり……。
もっというなら、この海賊たちに、正しく相手の力量を計る目が備わっていれば、そもそも、この店で祝杯の瞬間を待とうなどとは、思わなかったはずなのである。
動揺し、何をすべきかも分からずにいる小僧など、ベックからすれば、赤子の手をひねるよりもたやすい。
「――ぬん!」
バレリーナのごとき俊敏さでカウンターを飛び越えた彼は、若者の背後へ素早く回り込むと、その腕をひねり上げ、たちまち無力化したのであった。
この間――実に数秒。
こんな若造共と異なり、相手の力量を計ることくらいは心得ているスコットだったが……。
実際に見れば、圧倒されたという他にない。
しかも、ベックからすれば、こんなものは戦闘と呼ぶほどのものでもないに違いないのだ。
「タワーを占拠した兵力はどの程度だ?
下には、他に何人の仲間が潜んでいる?
――言え」
これは質問ではない。
命令だ。
生殺与奪を握った圧倒的強者からの、抗えないそれであるのだ。
「な、何……?
何を――あがっ!?」
――ゴキリ。
……という、聞くに堪えない音が店内へと響き渡る。
同時に、ベックから開放された若造の腕が、だらりと垂れ下がった。
あらぬ方向へ、へし曲げられた状態で、だ。
「があ……っ!?
あああっ……!?」
「もう片方の腕も折られたいか?
質問に答えろ」
肩関節の破壊でもたらされた激痛へうめく若造だが、ベックの質問は当然、終わっていない。
彼は、無情にも無事な方の腕をあらためて捻り上げる。
「い、痛い……!
痛いい……っ!」
「わめけとは言ってない」
片手で関節を極めたまま、もう片方の手で、ベックが若造の後頭部を殴りつけた。
――ガアン!
カウンターに顔面を叩きつけられた若造が、衝撃と反動で再び顔を上げる。
その頭髪が、死神の手で鷲掴みにされた。
「もう一度聞いてやる。
タワーを占拠した兵力はどの程度だ?
下には、他に何人の仲間が潜んでいる?
……答えろ」
「ぶ、ぶはっ……!」
口の中を出血したのだろう。
若者が、盛大に血を吐き出す。
だが、それだけであり、意識にも、喋ることにも支障はない。
必要な情報を聞き出すため、ベックが手加減したのだ。
「さあ、言え」
混乱と苦痛に支配された若造にも、この状況でどうすればよいのかくらいは、理解できたようである。
「言う!
言うから、待ってくれ!」
青の海賊団へ属する下っ端が、ようやくにもまともな言葉を発した。
「よし、言え。
まず、タワーを占拠する兵力についてだ」
「た、タワーを占拠しているのは、九機のアームシップと、百人くらいの歩兵隊が三つだ。
「一個中隊規模か……。
その程度の人数で仕掛けるとは、舐めているというか、肝が据わっているというべきか……」
「ど、どうせ、この星にはろくな戦力がねえ。
行政は、掟で守られてるとタカをくくっていやがるからな――ぶおっ!?」
――ガアンッ!
……またも、若者の顔面がカウンターへと叩きつけられる。
「余計なことは言うな。
俺の質問にだけ、答えろ」
「ふぁ……ふぁい」
何本か歯の抜けた若造に、更なる質問が投げかけられた。
「お前と同じように島へ散らばってる連中は、どのくらいいる?
場所と人数を言え」
「に、人数は百くらいだ……。
場所は、分からねえ。何人かずつで、好きな場所に散らばってるんだ」
「これだけのことをしでかしてる割には、無計画なことだな。
それとも、そういうゆるいところに惹かれて、お前みたいなのが大量に集まっているのか?
まあいい。
最後の質問だ」
冷たい目で若者を見下ろしたベックが、最も聞きたいだろうことを尋ねる。
「タワーを占拠している連中以外に、アームシップは存在するか?
島内に隠していると、なおいい」
「いや、そんなものは存在しねえ。
オレらも、他の連中も、単なる兵隊だ」
「そうか……」
――ガアンッ!
最後にもう一撃。
それで、若者は完全に気を失った。
「……殺さないのですか?」
昏倒した海賊共を、てきぱきと適当な布などで拘束するベックに、尋ねる。
「店で殺しはしたくない」
ベックの答えは、ひどく簡素なもの……。
そこからは、こやつらに対する情けなど、微塵も感じられなかった。
死神は、完全に復活したのである。
「娘さんを、助けに行かれるのですか?」
「当然だ。
タワーに入り込んで、連中を叩きながら劇場へ向かう。
その後は、流れ次第だな」
可能なら……。
敵のアームシップを奪い、タワー外部の敵機を全滅させることで、外部から交渉へ持ち込みたかったに違いない。
だが、生身で乗り込むことになったことを、この男は問題視していないようだった。
「チャチな銃だが、ないよりはいい」
海賊から奪った拳銃とマガジンが、素早く腰に差される。
それで、準備は完了だ。
この男は、それだけで立ち塞がる敵を殺し尽くすつもりであるし、それは間違いなく実行されるのであった。
『――たった今、タワーを占拠した海賊から通信が入りました。
画面をそちらに変えます』
出発しようとするベックを引き留めたのは、女アナウンサーの声である。
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