引退した元傭兵ですが、最愛の娘がさらわれたため、今から宇宙海賊を壊滅させます

英 慈尊

出会い

 漆黒の宇宙へ漂うものはといえば、動力部に致命的な損傷を受けることによって大破した商用船……。

 そして、これを守護する任に就いていたアームシップらの残骸である。


 破壊されたアームシップの数は、およそ二十機ほどになるだろう。

 人型への変形は遂げたものの、コックピットのみ正確に撃ち抜かれて沈黙した機体……。

 本領たる白兵戦に持ち込むことすらかなわず、戦闘機形態のまま動力部へ直撃を受け、バラバラとなった機体……。

 あるいは、戦闘機形態から人型へ移行するごく一瞬の隙を突かれ、致命的なダメージを受けた機体……。


 撃墜のされ方こそ様々であるが、ひとつ確かなのは、操縦するパイロットが生存する余地を残していないということだ。

 しかも、これは腕の立つパイロットが見れば、どの機体もただ一撃で破壊されていると分かるのである。


 総勢二十機近くのアームシップ部隊……。

 小規模な海賊船団に匹敵するほどの戦力を駆逐したのは、果たして、何者なのか……。


 その答えが、残骸漂う宙域の中で瞬いた。

 まるで箒星のような……。

 独特な光の航跡は、フォトンドライブシステムの特徴である。

 光子の尾を垂らしながら飛翔するのは、一機のアームシップだ。


 ――一機。


 そう、ただの一機である。

 僚機の姿を、確認することはできず……。

 しかし、漂う勝者の余裕から、間違いなく、アームシップ隊を倒した存在であることが分かった。

 つまりは……単独で、これほどの数を相手取ったということ。


 戦力差、実に――二十倍以上。

 今は戦闘機形態でいる機体のどこにも損傷がないことから、無傷のまま、これだけの数的不利を引っくり返し、勝利したことがうかがえるのだ。


 一対の大型ブースターこそ、装着されている。

 また、外観からはうかがえぬ様々なところを、カスタマイズもしていよう。

 しかしながら、フォトンカノンにカトラスという武装構成も含めて、可変式人型機動兵器――アームシップの標準構成を逸脱するほどのものではない。


 つまりは――技量。

 操縦するパイロットの圧倒的な実力によって、これだけの大戦果を上げたことは間違いなかった。


「………………」


 そんな勝利者に、言葉はない。

 ただ、にわかなデブリ宙域と化した中で、自機の操縦桿を握りながら、入念な探索をしているだけだ。

 では、何を探しているのか……。


 ――ピー!


 コックピット内へ響いたチープな電子音こそが、その正体である。

 計器類に表示されたのは、救難信号……。

 この状況で、救難信号を発するのが何者であるかなど、考えるまでもない。


 ――生き残りだ。


 勝利者の手によって、母船が破壊される寸前か、あるいは、動力部を破壊されて撃沈するまでのわずかな間にか……。

 ともかく、商用船の生き残りが、脱出ポッドを使って逃げ延びていたのである。

 脱出から間を置いて救難信号が発されたのは、襲撃者の手から逃れるための工夫であろう。


 が、それも無駄なこと。

 ポッドが逃げ延びようとした相手は、万にひとつも生存者を見逃さぬ執拗さで、これを発見したのだから……。


「……ふん」


 ヘルメットのバイザー越しに、勝利者……あるいは、襲撃者の声がコックピットへ響き渡った。

 パイロットスーツを装着した男は、壮年期から中年期への境にある年齢だ。

 眼光は鋭く、まるで猛禽のよう……。

 顔に深く刻まれたしわは、単に年齢を重ねるだけでは得られぬ代物であろう。

 心の弱い者が対峙したならば、一見しただけで震え上がるに違いない。

 全身から、スゴ味というものを漂わせる人物なのだ。


 そんな男が、くん……と操縦桿を操ると、戦闘機形態の自機が機敏な反応を示し、一対のブースターを稼働させる。

 そこからは、まさに――一瞬。

 文字通り、瞬きする間に、男は自機を救難信号の源へ接近させたのであった。

 しかも、その間に機体は変形を終えており、鋼鉄の人型としか形容しようがない姿……。

 人型機動兵器としての、アームシップ本来の姿となっていたのである。


 すでに死に体の相手に対し、わざわざ変形までしてみせたのは、敬意を表すためか……。

 ともかく、男の操縦するアームシップは、戦闘機形態では機体下部に装着されるフォトンカノンを右手に保持し、脱出ポッドへと向けたのであった。


 最低限の機能のみを持たされたポッドは、アームシップと比して、あまりに小さく……貧弱。

 直径三メートルほどの球形は、全長十八メートルはあるアームシップからすれば、武装など用いらずともひねり潰せる相手だ。

 まして、フォトンカノンの直撃を受ければ、文字通り消滅するに違いなかったが……。


「……?」


 コックピットの男が引き金を引かなかったのは、単なる気まぐれではない。

 本来、眼前の脱出ポッドから感じられるはずの感情……。

 恐怖が、一切感知できなかったからである。


 ならば、無人の脱出ポッドが排出され、むなしく救難信号を発していたのかといえば、そうではない。

 確かに、生命を内包していると……。

 ポッドと自機の装甲越しに、男の感覚は捉えていた。


 こういった肌感覚を有しているからこそ、男はこれまで生き残ってきたし、今日の大戦果を上げられている。


「……ちっ」


 だから、男はコックピットのハッチを開け、漆黒の宇宙へと飛び出した。

 気まぐれといえば、それこそ気まぐれになるだろう。

 だが、自分という災禍を前に一切動じぬのが何者であるか……殺す前に、確認せずにはいられなかったのだ。

 男にとって、他者から向けられる恐怖の感情こそが、己を己たらしめ、肯定してくれるものなのである。


 それにしても、パイロットスーツを着用しているとはいえ、ためらうことなく宇宙に生身を晒す胆力も、必要最小限の推進剤だけで脱出ボッドに取り付く遊泳技術も、波々ならぬものだった。

 ただ、アームシップの操縦技術に優れているだけではない。

 宇宙に生きる上で必要とされるあらゆる技能を、極めて高水準で体得していることが知れる。


 男はボッドのハッチに取り付き、手早く外部コンソールを操作した。

 ハッチの開閉動作が始まると共に、腰のホルスターから拳銃を引き抜く。

 真空状態でも発砲できるよう改良されているとはいえ、人類はまだまだ、生身の殺し合いを鉛の弾丸へ委ねていた。


「……」


 男は無言のまま、開かれたハッチの中へ身を乗り出す。

 ボッドの中にいる何者か……。

 これが拳銃を構え、待ち受けているということがないのは、勘働きで悟っているのである。

 そのように、中を見ずして、ある程度のことは察知している男であったが……。


「……これは」


 その顔が、驚きに歪む。

 脱出ボッドの中に居た者……。

 それは、男のあらゆる推測を飛び越えた存在だったのである。


「ちいっ……」


 拳銃を構える手が、振るえた。

 これは、彼にとって、少年期以来のことである。

 そして、男は、引き金を……。

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