死神の策
「予想通りの馬鹿だったな」
ウォッカマティーニのコックピット内で、ベックはそのような独り言を漏らした。
わざわざ、通信など送った理由は二つある。
ひとつは、当然ながらアンジェとその友人たちを守るため……。
ホテルで旧友たちと酒を酌み交わしたのは、何も昔を懐かしむためだけではない。
情報収集……特に、ハワードという若造の人となりを知ることが目的だった。
戦いとは、常に生の人間同士で行われるもの……。
プロファイリングに関しても、相応のものを持ち合わせるのがベックという男である。
得られた情報を基に、推察するならば……。
ハワードという人間は、おおよそ、次のような言葉で表されるだろう。
――賢き愚か者。
あるいは……。
――幼稚にして、負けず嫌い。
……だ。
しかも、父であるウィルに対するコンプレックスというものが、行動と言動の端々から漂っていた。
マティーニの望遠カメラが捉えた敵秘密拠点……。
おそらく小惑星をくり抜き、そのまま生産拠点へと変じさせたのだろうこれを秘密裏に建造したのは、なまかな手腕ではない。
また、事実として、あれだけのアームシップを殲滅してなお、まだまだ余力を残している風であるのは、脅威だ。
機甲戦力において、青の海賊団は、かつての比でないほど拡充されているのである。
そういう意味で、賢い。
だが、組織において最大の資源である人間を軽視したのは、あまりに愚かと言わざるを得ない。
戦ってみて、改めて思う。
確かに、キャシーが搭載したミサイルやガトリングガンの性能は、圧倒的だった。
だが、かつて青に所属していたパイロットたちならば……。
あるいは、彼らからの教導を得られていたならば……。
ああもやすやすと壊滅させることなど、かなわなかっただろう。
ゆえに――愚か。
幼稚で負けず嫌いな点においては、統計的なところから導き出した推察だ。
おおよその場合、若くして大きな功績を挙げた人間というのは、強い自尊心を持っているものであり……。
古参の多くを組織から排除したやり口からは、独裁的な思考回路を見て取れる。
だから、幼稚で負けず嫌いなのだ。
清濁併せ呑むということをせず、ただ自分の意に従う者のみで固めようとは、なんと度量の狭いことだろうか。
これだけ、精神的に幼く、プライドのみは肥大化した男……。
そんな人間に対し、父親へのコンプレックスを刺激する形で挑発をしたのである。
もはや、周囲が提案しようとも……いや、そのようなことをすれば、より意固地になって正面決戦を望むことだろう。
正直、子供を盾にされてはどうしようもなかったが……。
その憂いをなくすことができた辺り、博打には勝てたようだ。
また、そういったハワードの性格は、海賊団全体の組織的行動にも影響を及ぼしていた。
一新したつもりの組織が硬直化を果たしており、ハワード個人の考えが及ばぬところでは、行動そのものが遅滞しているのである。
その、遅滞こそが第二の狙いだ。
「ははは……。
そりゃ、指揮官様が敵とのん気に話していたら、布陣も遅れるよな」
第一波が突破されたことを受けて、慌てて出撃している第二波のアームシップたち……。
ベックからすれば、あまりに遅すぎた。
ただでさえ、直進的機動力に優れたこのウォッカマティーニを相手取るならば、もっと迅速に出撃を果たしておくべきである。
もっとも、ベックがそれを許さなかったのだが……。
ハワードは、自尊心の高い男だ。
それゆえに、こちらから通信を入れれば、応じずにはいられない。
それをしないということは、自身に度量が足らないことを認めるということだから……。
自覚がないわけではない。
うっすらとではあるが、自分がそういう人間であると、理解していることだろう。
その上で、認めることも制御することもできずにいる。
ハワードのような人間が、陥りがちな穴だ。
ベックは、ハワード本人以上にそれを正しく理解し、精神的な弱点を突いたのであった。
古今東西、あらゆる戦闘組織において、指揮官からの指示は必要不可欠。
それが、敵を目前としていながら、遅々として発されないのだから、現場のパイロットたちは、さぞやきもきしたことだろう。
ともかく、ハワードの出撃指示は遅れに遅れた。
出撃の遅さは、布陣するための時間的猶予を奪う。
結果、ついさっき、過密気味の陣形が大きな被害を生んだばかりだというのに……。
敵アームシップたちは、またしても、集中的に展開していたのである。
しかも、通常の運用法に従い、各アームシップは三機ごとに小隊を結成しているようなのであるが……。
編成に、明らかな問題があった。
なんと、青の海賊団は、ホテル製の機体と自分たちが製造した粗悪品――ベリング・タイプとを、同一の小隊に編成しているのだ。
これは、論外という他にない暴挙である。
「アームシップ最大の武器が機動力だってことを、ちゃんと分かっているのか?
ホテルで生産された機体と、お前らのデッドコピーとを同じ小隊にしちまったら、ホテル製の機体が機動力を合わせなきゃいけねえじゃねえか」
ハワードが団を引き継ぐ前より、保有していたのだろう……。
敵の大部隊には、相当数のホテル製アームシップが存在していた。
だが、ベックの目から見れば、その動きはあまりにも――窮屈だ。
こちら側の同型機であるマティーニ・タイプが顕著で、せっかく高機動力を有する機体だというのに、何をするにもベリング・タイプごとき安物の動きに合わせなければならないのである。
機動力に優れた機体と、そうでない機体……。
両者を選り分けで運用するのもまた、アームシップ戦における鉄則であった。
均等に配備すれば、それだけ各部隊の能力が平等に上がるなどというのは、コンピューター・ゲームの世界でしかあり得ない事象なのだ。
まさに――宝の持ち腐れ。
本来ならば、脅威足り得たはずの高級機たちが、素人丸出しの運用により、安物のデッドコピーと何ら変わらぬレベルにまで性能を低下させられている……。
なんと、好都合なことであろう。
「なっちゃいないな。
――指導してやる」
操縦桿を操ると、マティーニが躍動した。
機体から感じる脈動は、まるで、自身と出自を同じくする者たちに哀れみを抱き、この手で引導を渡すと決意したかのようである。
そして、パイロットと乗機……両者の意思が合一した時というのは、互いが互いのポテンシャル以上に力を発揮できるのだ。
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