挑発
「か……壊滅です」
ガーデンが誇る司令部……。
先まではゆるりとした空気すら漂っていた空間に、オペレーターの悲痛な声が響き渡る。
「味方の第一陣、壊滅しました。
敵機は……死神は、いまだ健在。
猛烈な速度で、こちらへと接近してきます」
ガーデン防衛のため、集結させた戦力の内……。
たった今、死神によって壊滅させられた戦力は、三分の一に相当していた。
他の七大海賊団ならば、おそらく、全戦力に匹敵する数であろう。
青の海賊団も、ハワードが引き継いだ当初は、そのくらいの規模だったのである。
そこから、このガーデン建造を始めとする様々な改革へ着手し、秘密裏にこれだけの数を揃えることへ成功したのだ。
その成果といえる軍団が、あっという間にこれだけの打撃を受けた。
軍事用語に照らし合わせるならば、これはもはや、組織戦闘力を大きく喪失した状態……。
すなわち、全滅である。
こうなった要因は、いくつかあった。
まず、ひとつ目は、数に物を言わせようとした結果、必要以上の過密な布陣となってしまったことだ。
攻めるにせよ、守るにせよ、アームシップ最大の武器が機動力であることは、語るまでもない。
だが、過密気味な布陣を敷くことにより、ただでさえ相対的に劣るベリング・タイプの機動性を、さらに削いでしまう結果となったのである。
もし、もっと薄く広く、アームシップ本来の機動性が発揮できる陣容であったならば……。
最初のミサイルにせよ、死神が主武装としているガトリングガンにせよ、ここまでの痛打とはならなかったに違いない。
何しろ、戦場は広大な宇宙空間であるのだから……。
熟練の海賊ならば、きっとしなかったであろう采配ミス。
それを犯してしまったことへ、遅まきながらも気づく。
それは、つまり、父である先代も、この状況なら――。
「――っ!?
敵アームシップより、通信が入っています!」
オペレーターの緊迫した声が、ハワードの取り止めない思考を断ち切った。
本来ならば、すぐさま第二陣――本来、出番を考えていなかった者たちの指揮に取りかからなければならないところ……。
「……繋げ!」
そこで、相手の通信に応じたのは、ハワードが人間である証拠だろう。
腹の底にある消し難い感情が、敵の声へ応じぬことを許さなかったのだ。
『……お前がウィルの息子か』
スクリーンの一角へ表示されたウィンドウ……。
その中に映された男が、抑揚のない声でつぶやく。
男は、全身をパイロットスーツに包まれており……。
ヘルメットのバイザーはスモークがきつく、どうにか顔を判別できる程度、といった有様である。
だが、その身から漂うスゴ味が、それで減じることはない。
隆々とした全身の筋肉が、厚手のパイロットスーツを下から盛り上げており……。
スモーク越しにもうかがえる眼光の鋭さは、猛禽のよう。
わずかにうかがえる顔立ちからは、命のやり取りを日常とした者にしか宿らない迫力が感じられた。
これと……。
これと似た雰囲気の者たちを、自分は知っている。
ロジャーを始めとする、他の七大海賊団首領たち……。
そして、己が手にかけた父親――。
『――お前は賢いつもりの馬鹿だ』
ごく、当たり前の事実を伝えるように……。
死神が、そう言い放つ。
『アームシップを、あんなにも密集させて運用したな?
おかげで、簡単に蹴散らすことができたぞ。
正直、最初の展開はいくつも考えていたんだがな……。
あまりに初歩的なミス過ぎて、この場合だけは考えていなかった。
そういう意味で、虚は突かれたな』
「な……にを……」
まるで、教師が出来の悪い教え子にそうするような……。
淡々とした、それでいて冷たい声が、ハワードの胸を射抜く。
それは、人間としての部分――感情を揺り動かすには、十分な衝撃であった。
『お前は、ウィルに……先代に遠く劣る。
組織を改革したつもりだろう?
ホテルで、お前の追い出した古参連中とも話したがな……。
全員、呆れ果てていたぞ。
あの優れた海賊から、こんなにも出来の悪い息子が生まれたんだからな』
「貴様……」
眼前の死神と、この男が代弁した者たちの言葉に、肩をわなわなと震わせる。
――父に劣る?
――この、私が?
――あり得ない。
あの男がしていたような、旧態依然とした組織運営では、このガーデンも、これほどの大部隊も生まれてはいない。
まして、他の七大海賊団も存在する中で、より抜きん出ることなど不可能であった。
何ひとつ……何ひとつ、自分が先代に劣る部分など、存在しないのだ。
『そんなお前に、ひとつアドバイスをしてやろう』
こちら側へ猛烈な勢いで自機を進めながら……。
やはり、教師のような――それでいて、粗野な口ぶりで死神が告げる。
この口調にも、覚えがある。
幼き日、自分に父が何か教えようとした時……。
父は、あの男はこういう口調であった。
『――人質を使え。
俺がここまで来たのは、人質にした子供たちを取り返すためだ。
それを盾にしろ』
――ざわり。
……と。
指令部内が騒ぎ出す。
こいつは、何を言い出しているのか……?
救い出すと言うならば、盾にされては困るではないか。
誰もが、そう思ったのである。
そして、それはハワードも同じであり、訝しげな視線を通信用のウィンドウに向けたが……。
続いて告げられたのは、屈辱的な言葉であった。
『子供を盾にして、みっともなく勝ち誇るがいい。
三流の悪役みたいにな。
もっとも――』
そこで、死神がちらりとこちらを見やる。
これは、ハワード個人へと向けられた視線だ。
挑発的な、視線だった。
『先代青の船長は――ウィルは、決してそのように姑息な手は使わなかったがな。
あいつは、絶対に女子供を傷つけなかった。
海賊の鑑だった。
自らの手で、父に劣る愚息であることを証明するがいい』
ああ、そうだ……。
言いたいことを、全て言いやがったのだろう。
プツリと、なんの前触れもなく通信が切られる。
ハワードの胸に、晴らしがたい屈辱だけを残して……。
「――進言します!」
部下の一人が、立ち上がった。
「ただちに例の子供らをここに連れてきて、銃を突きつけるべきです。
その上で、映像を送れば死神は――」
「――黙れ!」
手すりに拳を叩きつけ、叫ぶ。
部下を見る目に殺気すら宿っているのが、自覚できる。
「この私に……。
俺に、そんな無様な真似をしろというのか!?
あれだけ言われておいて、だ!」
「それは……」
部下が、何も言えず黙り込む。
それは無視し、司令部内のスクリーンを見上げた。
「奴をここまで連れ出した時点で、あのガキたちは用を終えている!
あとは、叩き潰すだけだ!
残る戦力を、ポイントD……いや、Eへと集結急がせい!」
死神が駆るカスタム・マティーニの速度から未来位置を予測し、そう告げる。
何も問題はない。
ホテル製の機体を有するは、こちらとて同じ……。
そして、たった今集結を命じた第二陣は、それらが半数近くを占めているのだ。
条件が同じならば、数で勝る方が勝つはずであった。
そうでなければ、ならないのだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます