ファースト・アタック 後編
――ありがとうよ、キャシー。
ステアではなく、シェーク。
オーダー通りの散り様を見せた敵部隊に満足しながら、胸中でそうつぶやく。
最も陣容が分厚いであろう、敵の第一陣……。
これを無傷でせん滅せしめた意義は、はなはだ大きい。
ただ、敵の数を減らしたというだけではなく、出鼻をくじき、士気を大いに低下させたであろうことは、疑う余地もなかった。
そして、士気が落ちた大軍など、もはや烏合の衆でしかないのである。
まして、元より質で劣る青の海賊団となれば、何をか言わんやだ。
「お次は、マザーシップか……」
とはいえ、油断してはいられない。
次なる相手は、たった今、蹴散らしたアームシップたちの母船……。
五隻ものマザーシップなのだから。
マザーシップというものは、戦闘機形態のアームシップをそのまま大型化したような外観であり……。
武装の威力も、それに比例して増している。
当然ながら、主砲としているフォトンカノンの出力も高く、いかにキャシー肝いりのガトリング・フォトンカノンといえど、射程では負けていた。
つまり、これから自分は、圧倒的な射程と火力を誇る敵の砲火をかいくぐり、こちら側の有効射程圏内まで接近せねばならないのである。
――飽きるほどやってきたことだ。
操縦桿を動かし、機体に最高速を発揮させた。
機体本体のブースター……。
オプション装備され、今は翼のように噴射光を閃かせる一対の増設ブースター……。
機体下部で、これも推進力となっているガトリングガンのバーニア……。
三者が一体となり、猛烈な直進機動力を発揮した。
それは、相手からすれば、瞬間移動にも等しい加速だ。
その証拠に、極太の光子ビームが、むなしく虚空を割いていく。
未来位置を予想して放った艦砲射撃は、ものの見事に空振ったわけである。
「さすがに、機体がきしむか……っ!」
マティーニ・タイプのフレームが上げる悲鳴を、パイロットの感覚は聞き逃さない。
スコットが設計したこの機体は、高速での一撃離脱戦法を信条としており、フレームもそれに耐え得るだけの剛性が確保されていた。
だが、増設ブースターに加え、ガトリングガンの推進力までも加わると、限界に近いダメージを受けるのである。
直線方向での加速でこれなのだから、もし、別の方向に全開で加速したなら、オーダー時に受けた忠告通り、空中分解してしまうことだろう。
「なら、限界を攻めてやるさ」
とはいえ、ベックにしてみれば、問題はない。
むしろ、マティーニ・タイプの限界へ挑めることに、ちょっとした喜びすら感じていた。
それはつまり、十二年の時を経て、ようやく機体の全能力を発揮できるということなのである。
スコットとキャシー……。
世代を超えた二人のバーテンダーによって、ついにマティーニは、本当の意味で全力を発揮できるわけだ。
「お次は、ミサイルか」
そうこうしていると、今度は遅れて発射された無数のミサイルが接近してくる。
相手の追尾能力に対し、直線的な動きでは埒が明かない。
ゆえに、ベックは自機をトランスフォーメーションさせたのである。
戦闘機形態のマティーニが、四肢を持つ人型へと変じていく……。
時間にして、一秒にも満たず変形は完了し、完全な人型機動兵器へと姿を変えた。
そうすることで、顕となったアームシップ本来の姿……。
それは、ベリング・タイプごときデッドコピー品とは、比べ物にならないほど洗練されたものである。
さながら――中世の騎士。
装甲板一つ一つが儀礼用の甲冑もかくやという優美な流線形を描いており、それらが複雑に組み合わさった姿は、勇壮そのものであった。
全体的なシルエットも、トップアスリートを彷彿とさせるスマートなもので、ただそれだけで、アームシップの真骨頂――白兵戦における性能の高さを予感させる。
頭部には、これも騎士を思わせるスリットが存在しており……。
内部に収められた各種のセンサー類は、戦場の情報を不足なくパイロットにもたらしてくれた。
総じて、完成度の高い機体にしか宿らぬ美しさがあり……。
さらわれた姫君を救う大役には、ふさわしい機体なのである。
「やるぞ、マティーニ」
コックピットの中で、自機に向かって呼びかけた。
同時に、操縦桿を素早く操作する。
すると、機体背部で翼のごとく挙動する増設ブースターが細かく動き……。
右手に保持されたガトリング・フォトンカノンも、それに合わせた構えとなった。
背部の増設ブースターとガトリングガンの推進装置とが、共に火を吹く。
全開ではない。
せいぜい、五十パーセント程度の出力だ。
機体フレームの強度を加味しての動作であるが、それで十分。
目的は、スピードテストではない。
こちらを食い破らんと迫ってくるミサイル共を、かく乱することなのである。
上下左右……。
まさしく、縦横無尽にウォッカマティーニが回避運動を描く。
ベックの意思を反映し、細かな方向転換を無数に含んだそれは、さながらバッタのごときものであった。
その立役者となっているのが、機体脚部に備わったメインバーニアと、背部で翼のごとく可動する増設ブースター……。
そして、ガトリングガンの推進装置だ。
何しろ、一つ一つが、アームシップを推進させるに十分な推進力を有しているのである。
それらが、三つも……しかも、互いに独立可動できるのだから、方向転換の自在性は語るまでもなかった。
漆黒の宇宙を――跳ね回る。
通常考え得るアームシップの回避運動から外れたこの動きは、意思なきミサイルごときに追従しきれるものではない。
ロックを外してしまったミサイルは、そのまま何もなき宇宙へと飛び去っていき……。
ひどい時には、ミサイル同士で接触爆発を起こしてしまい、後続のミサイルも巻き込んで爆炎を連鎖させてしまう。
「――狙い通りだ」
目論見通りにいったことへ笑みを浮かべながら、ガトリング・フォトンカノンを斉射する。
放たれた無数の光子ビームは、残るミサイルに次々と命中していき……。
宇宙を彩る爆光の花は、ますますその数を増やした。
これこそが――ベックの作戦。
大量の爆発光は、光学的なセンサーから身を隠すに十分であり……。
また、ミサイル群が爆発した影響で電磁波も乱れ、レーダーは一時的に機能不全を起こしている。
ベックは、障害物なき宇宙空間で、擬似的な遮蔽物を作り出したのだ。
「――頂く」
再び機体が変形し、戦闘機形態となった。
ブースターが同一方向を向くことによって得られる加速力を活かし、一気に機体を飛翔させる。
敵の艦隊から見れば、爆光の群れを下から潜り抜けてきた形だ。
そして、この距離までくれば、ガトリング・フォトンカノンの有効射程圏内であり……。
回転砲身が、今度は迎撃のためでなく、敵を倒すために駆動する。
放たれた光子ビームの流星は、次々と敵マザーシップを撃ち抜いていき……。
敵拠点周辺宙域に、ミサイルのそれとは比べ物にならない大輪の花を、五つも咲かせたのであった。
「――クリア」
つぶやき、操縦桿を操る。
敵の第一陣……前衛は叩き潰した。
このまま、中枢へと押し通るのみ。
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