ファースト・アタック 前編

「ハワード様から話を聞いた時は、耳を疑ったものだが……。

 まさか、本当にたった一人で乗り込んでくるとは……。

 度胸があるというか、正真正銘の馬鹿というか……」


 ガーデンの前方部……。

 前衛として展開されたマザーシップ群の内、一隻を預かる艦長が、そう言いながら苦笑を漏らした。

 年齢は、およそ三十代の後半といったところだろう。

 マザーシップの艦長職としては、異例の若さである。

 しかしながら、青の海賊団においては、この年代での艦長というものも散見していた。


 基本的には、ハワードの思想へ共感し残った古参の者がこういった職務を担当しているが、何しろ組織を急拡大した上に、追従せぬ者は次々と追い出してきたのだ。

 そうなると、どうしても手が足らなくなってくるものであり……。

 このような若手にも、チャンスが回ってくるのである。


 無論、マザーシップひとつを預かるからには、精鋭であることが必要不可欠であり、能力的にも、忠誠の厚さでも、この男は必要条件を満たしていた。

 いってしまえば、ハワードの親衛隊がごとき立場なのである。


 それはつまり、多かれ少なかれ、主の影響を受けるということ……。

 艦長の胸に宿るのは野心であり、立ち塞がる者など、単なる障害としか考えていない。


「アームシップ隊に通達せよ。

 噂の死神は、是が非でも当艦に所属する機体の手で仕留めよと。

 手柄を上げ、団内部での地位を高めるのだ」


 ばかりか、このようなことをオペレーターに伝えたのであった。

 艦長からすれば、今の状況はチャンスでしかない。

 何しろ、相手は単独……。

 それに対し、こちらは青のほぼ全戦力で迎え撃っているのである。


 負けることなど、あり得ない。

 問題は、誰が手柄を立てるかだ。

 ハワードが過剰な恐れを抱いている相手であり、見事に仕留めたならば、覚えがめでたいこと疑いようもない。


 と、なれば、組織内でのさらなる地位も望めようというもの……。

 単なる一艦長ではなく、艦隊の司令官としてらつ腕を振るう自分というのは、なんとも心踊る妄想である。


 だから、ルーレットの玉が、賭けた穴へと落ちるのを祈るような気持ちで……。

 艦橋の前面を覆うスクリーンへ見入っていたのだった。


「え……?」


 余裕が崩れたのは、それからすぐのことである。

 艦橋内のスクリーンには、様々な戦術的情報が表示されており……。

 中には当然、敵――ただ一機のアームシップに関する位置情報も存在した。

 だが、その表示が……。


「おかしいぞ……!

 たかがアームシップが、ここまでの速度を出せるものなのか?

 計器の状態を確認せよ」


 ウィンドウに表示された敵機の速度……。

 それは、通常ならば考えられないほどのものだったのである。


「計器類、一切の異常はありません。

 全て正常です」


「敵アームシップ、真っ直ぐにこちら方のアームシップ隊へと突っ込んでいきます!

 速すぎる……。

 通常の三倍はあるスピードです!」


 オペレーターたちが語ったように……。

 ウィンドウを見れば、敵機を示す光点が、猛烈な勢いで自軍へと迫っていた。

 さながら、これは――カミカゼだ。


「映像、出ます!」


 オペレーターの操作に従い、スクリーンへ新たなウィンドウが現れる。

 その中に映されていたのは、くすんだブロンズ色のアームシップ……。

 戦闘機形態のマティーニ・タイプと思えた。

 だが、通常のそれに比べて、なんという重武装か。


 機体下部には、これはガトリングか?

 機体の全長にも匹敵する、大げさな主武装が確認できた。

 そして、機体上部には、一対の増設ブースターと……。


「敵アームシップ、ミサイルを発射!」


 その存在を認めたと同時に、敵機がオプション装備のランチャーからミサイルを発射する。

 一対装備されたこの武装は、それぞれが六発ずつのミサイルを装填されており……。

 都合、十二発のミサイルが同時に放たれた形だ。


「たかだか、アームシップサイズのミサイルだ。

 何機かはやられるだろうが、恐れるほどのことはない」


 その光景を見て、艦長は冷静にそう判断した。

 主力であるベリング・タイプの性能は――劣悪。

 ホテルが用意したミサイルに対し、かわしきるほどの機動性も運動性もない。

 だが、ミサイル一発が一機のアームシップを仕留めたとして、まだまだ数的優位は揺らがな――。


「――っ!?

 ミサイル、分裂します!」


「なんだと!?」


 オペレーターの言葉に、絶句する。

 告げられた言葉通り……。

 カメラが捉えた映像内で、敵機の放ったミサイルは弾頭部から無数の超小型ミサイルを放ったのだ。


 ――マイクロミサイル。


 標的をアームシップに絞った、散弾式のミサイルだ。

 一発一発の威力は、さほどのものではない。

 だが、アームシップへダメージを与えるには、必要十分であり……。

 逃げ惑う自陣営のベリング・タイプに、次々とこれが着弾していく。


 こうなってくると、数を頼りに分厚い陣営を敷いたのは、かえって逆効果というしかない。

 ただでさえ、機動力に劣るベリング・タイプであり……。

 密集気味に陣を敷いたことで、互いが互いの障害物となり、十分な回避マニューバができずにいた。

 その証拠に、ベリング同士で激突し、動きが止まったところへ、ミサイルの直撃を受けている者もいるではないか。


 静かだった宇宙に、ミサイルの爆発光がいくつも閃く。

 着弾したミサイルは、味方アームシップの四肢や装甲などに確実なダメージを与えており……。

 運悪く……あるいは、腕が足らずに真芯へ直撃を受けた機体は、ジェネレーターの爆光に包まれていた。


「これが……ホテルの技術力か……」


 たかが使い捨て武装の、なんという威力……。

 戦慄している間に、敵機が用の済んだランチャーをパージする。

 デッドウェイトを捨て去った敵機が、次に作動させるのは、主武装……。

 機体下部のガトリングガンだ。


「アームシップ隊に伝えよ!

 ただちに、散開しろと!」


 慌てて命じるが、もう遅い。

 どうやら、敵のメインアームは、こちら側以上の射程を誇るらしく……。

 ガトリングガンが、その砲身を回転させると共に、無数の光弾を打ち放った。


 その様は、まるで――流星群。

 一発、一発が、明らかに通常のフォトンカノンより大出力な光子ビームを、文字通り雨あられと撃ち放っているのだ。

 こうなってしまっては、たまらない。


 ただでさえ、一陣のベリングたちはミサイルの痛打を受けてしまっており……。

 満足な回避運動ができないところへ、死の光が大量に撃ち込まれる。

 灼熱の光子ビームに貫かれた機体たちは、次々と爆光に変じていった。


「た、たかが……」


 わなわなと震えながら、つぶやく。

 知らぬ内に、右手は艦長席の手すりを握り締めている。


「たかがアームシップの火力なのか……?

 これが……?」


 もはや、味方の第一陣に行動可能な機体はいない。


 ――全滅。


 三十機以上はいたベリング・タイプが、何もさせてもらえず撃墜されたのだ。

 なんという、面制圧力であろうか。

 敵機が、素晴らしいスピードで、ガラ空きとなった守護陣を突き抜けてきた。


 直掩ちょくえんのアームシップを失った以上、次に立ち向かわねばならないのは、当艦を始めとするマザーシップ艦隊だ。


「主砲、各ミサイル、発射準備!」


 艦長は、ややヒステリックにそう叫んだのである。

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