決戦

 アームシップのコックピット内というものは、高度な対G機能により、機体の加速や戦闘時の振動が伝わらないようコントロールされている。

 もし、この保護機能がなかった場合、機体本体はともかく、パイロットの方は、ちょっとしたマニューバを行うだけで無惨な肉塊となり果てるはずだ。


 だから、この新しいマティーニ・タイプを加速させていても、それによるGなどは感じることがなかった。

 なかった、が……。


 ――へ。


 ――とんでもねえ、跳ねっ返りだ。


 機体の息遣いとも呼ぶべきものは、確かに感じられる。

 各機関の鳴動が、心臓部たるコックピットへ伝わってきているのだ。

 それは、各計器に表示されるデジタルデータなどよりも、遥かに正確な情報として伝わってくるのである。


 ――こいつなら、いける。


 恐ろしいのは、すでに十分な加速性能を発揮していながら、これがまだ全開ではないということ……。

 たやすく標準航行速度へ達した機体に、ワープドライブの準備をさせた。

 次元間を跳躍するこの機能は、広大な宇宙を旅するのに必要不可欠な代物だ。


 ワープに特有の、三半規管が揺れ動くような感覚……。

 死神は、それに眉ひとつ動かすことなく、淡々と操縦桿を操る。


 ワープドライブの登場により、各宙域間の距離というものは、物理的なもので推し量れなくなった。

 決戦の時は――今だ。




--




 何者かに狙われていると、正しく理解しながら過ごす時間……。

 それは、なんとも窮屈で、ストレスの溜まる代物である。

 何しろ、解放されるには、実際に襲撃され、これを撃退する他ない。

 しかしながら、それを仕掛けてくるタイミングというのは完全に相手へ依存しており、こちらでは警戒する以外対処法が存在しないのだ。


 ――まったく。


 ――来るならば、さっさと来ればよいのだ。


 惑星ロピコを撤退してから、早くも三日が経ち……。

 青の海賊団を指揮する首領ハワードは、すでに焦れつつあった。

 イニシアチブを握れぬ戦いというものが、かくも精神的圧力を与えてくるものであると、人生を通じ初めて理解したのだ。


 ガーデン内の配下たちには、残念ながら緩みの兆候が見え始めている。


 ――いくら伝説の死神といえど、ここには青のほぼ全戦力が集結しているのだ。


 ――単独で襲撃をするような愚行など、するはずがない。


 ――そもそも、ここの位置を特定することすら、できていないのではないか?


 当然、ハワードの見ている前で、そのような会話は交わされない。

 だが、目の届かぬところでそんなことを言い合っていると、察せられるのであった。


 ――いいや、奴はくる。


 ――必ず。


 そういった甘い考えを、ハワードは心中で否定する。

 遠く、星の海を隔てて……。

 強烈な殺気を向けられていることが、当事者たるハワードには感じられるのだ。

 これは、生身の人間同士だからこそ得られる感覚であるといえるだろう。


 問題は、いつ来るかだけ……。

 ハワードは、部下たちに最大限の警戒体制を維持させつつ、かつてと比べて格段に味の良くなったサンドイッチなどを食し、待ちわびたのである。


 そして、ついにその時は訪れた。


「――報告します!

 ガーデン付近の宙域に、ワープドアウト反応!

 規模からして、アームシップ一機です!」


 ――きたか。


 ガーデン内に存在する指令室……。

 マザーシップの艦橋をより大規模にしたような青の海賊団心臓部で、ハワードは自分の席から立ち上がる。


「――死神だ。

 展開しているマザーシップは、アームシップ隊を発進させい!

 青の海賊団全戦力でもって、かつての伝説を討ち取るのだ!」


「了解!

 司令部より、全艦隊に通達――」


 ハワードの指示を受けたオペレーターが、すでに展開しているマザーシップたちへ命令を伝えていく。

 ここで死神を待ち構えていた戦力は、惑星ロピコ占領に投入したそれの比ではない。

 すぐさま、奴を返り討ちにすると思えた。




--




 ガーデンという名前らしい、この改造小惑星……。

 内部では、膨大な数の人員が働いており、もしかすると、惑星ロピコの全住民よりも多いのではないかと思えてくる。

 それだけの人間がいると、集団としての息遣いというものが生まれてくるものであり……。

 厨房でじゃが芋の皮剥きをしていたアンジェは、敏感にそれを感じ取っていた。


「アンジェ、どうしたの?


 隣で、同じように料理の下ごしらえをしていたニカが、不思議そうな顔で尋ねてくる。

 どんな状況であっても、人間というのは順応してしまうもの……。

 セントラルタワーでは怯えの色を見せていた彼女だが、今はすっかりと慣れてしまっており、この厨房で三食を出すことへまい進していた。


「何か……変な感じ」


 小惑星内部は防音や空調が行き届いており、音や嗅覚など、五感で得られる予兆があったわけではない。

 だが、アンジェは確かに、何かただならないものを感じていたのである。


 それが正解だと分かったのは、すっかり仲間となってしまった見張り役のおじさんが、インカムに手を当てたからだ。


「……お嬢ちゃんたち。

 楽しいお料理教室の時間は終わりだ。

 今すぐ、ミーティングルームに戻ろう」


 宇宙のならず者というよりは、引率の先生と化しつつあるおじさんが、神妙な顔でそう告げた。


「何があったんですか?」


 彼が放つ雰囲気……。

 それは、ここへ来てからののん気なものとは、かけ離れたものである。

 セントラルタワーの劇場で見せていたような、ピリピリとした空気をまとっているのだ。

 その剣呑さを思えば、彼が海賊であったことを思い出せた。


「ちょっと、揉め事が起こるだけさ。

 それに、上手くいけば、お嬢ちゃんたちはロピコへ帰れるぞ」


 どこか、言い淀んでいるような……。

 明らかに、何かを隠しているような態度で、海賊が告げる。


「やった!」


「帰れるって!」


「おかーさんに会いたい!」


 これを聞いた他の子たちが、一斉に湧き立つ。

 もし、海賊の言う通りに事が運んだなら……。

 それは、つまり、再びロピコが攻撃に晒されることを意味していた。


 また、それに伴い、様々な交渉なども大人同士でなされるだろうことくらい、まだ十二歳のアンジェにも分かる。

 しかし、このような場所から解放され、家に帰れるのが嬉しいのは、子供なら当然の感情だ。

 そこに水を差すほど、野暮ではなかった。


「パパ……」


 ただ口をついて出たのは、その二文字である。

 だが、これは、他の子供たちがそうであるように、ホームシックや安堵感からこぼれたのではない。


 なぜだか……。

 無性に、父が近く感じられた。

 それは、あらゆる理屈を飛び越えた……この宇宙で最も、確かな感覚だったのである。

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