出撃
ロジャーから、敵の本拠について情報を得てからの時間……。
ベックは、久方ぶりのホテルで大いに旧交を温め、また、リラックスすることへ務めた。
時にバーで酒を酌み交わし、時にホテル内のプールで思うまま、泳ぐことを堪能する。
――アンジェが。
――こうしている今も、敵の手に囚われている。
そのことを思えば、こんなことをしている場合ではない。
だが、敵地へ乗り込み、娘と生還を果たすためには、キャシーの手掛けたカスタム・アームシップが必要不可欠であった。
燃え盛る溶岩のような感情を胸に抱いたまま、心身は安め、存分にリフレッシュする。
一見して矛盾する行為が行えるのは、現役時代に培った経験が大きい。
張り詰め過ぎた風船は、簡単に割れてしまうもの……。
ベックは、あえて緩みを作ることで、大切な決戦前に弾けてしまうことを避けたのだ。
そして、東洋の居合いがそうであるように、十分な脱力は、瞬発的な爆発を生み出すはずであった。
その瞬間を、待ちわびながら……。
ついに、ベックは機体がロールアウトするその時を迎えたのである。
「あれが、復活した死神の乗る機体か……」
「まさにワンマンアーミーだな。
一人で戦争する気でいやがる」
「あのガトリングガン、オレが勧められて断ったやつだ」
「なんだよ? 付けりゃよかったじゃねえか?」
「馬鹿言うな。
後部のバーニアを見てみろよ。
あんなもん使ってたら、振り回されちまうぜ」
外観も内装も、中世の古城を思わせるそれで統一しているホテルであるが、内部工廠に関してのみは、実用性一辺倒の造りとなっていた。
その中に存在するバーテンダー専用のアームシップガレージ……。
バスケットコートがいくつか入るだろう広々とした空間へ押しかけているのは、大勢の傭兵や海賊たちである。
共通しているのは、いずれもパイロットであるということ……。
中には、現役時代に肩を並べて戦った者の姿も見受けられた。
皆が皆、気になっているのだ。
復帰した死神が、どのような機体に乗るのかを……。
しかも、相手取るのはつい先日に全銀河を震撼させた青の海賊団であるのだから、同業者として、興味をそそられるのは当然であろう。
「馬鹿野郎ども……」
だが、それはベックからすれば、知ったことではない。
「ここへ来た時もそうだが、いちいちお祭り騒ぎにしようとするんじゃねえ」
だから、苦笑いを浮かべながら、一同にそう告げたのである。
ベックはすでに、大統領から譲り受けたスーツは脱ぎ去り、ホテルで用意してもらったパイロットスーツを身にまとっていた。
いつでも、出撃可能な状態だ。
「そうは言うけどよ。
復帰したお前さんの第一戦なんだ。
どんな機体に乗るか気になるのは、パイロットの本能だろうが」
完全装備のベックに答えたのは、同年代の傭兵である。
こいつとは、昔から何度も同じ戦場で戦ったものだが、早とちりする癖は直っていないらしい。
「別に復帰したわけじゃねえ。
――今回だけだ。
娘を取り返して、また穏やかな生活ヘと戻る」
「そのために、七大海賊団のひとつを向こうに回して、しかも、勝って帰ってくるつもりなんだろう?
そういうのはな、トチ狂ってるっていうんだ」
肩をすくめながらの、言葉……。
それに、眉をひそめて尋ねた。
「出来ないとでも?」
「実はな。
仲間内で、こっそり賭けを行った。
お前さんが、青の海賊団を叩き潰すか、それとも、返り討ちにあって帰ってこないか……」
大仰な身振りを加えながら、馴染みの傭兵が語る。
その内容は、質問への答えではなかったが、興味があったので耳を傾けた。
「……結果は、不成立だよ。
全員がお前の勝ちに賭けちまうもんだから、賭けが成立しねえ」
「……ふ」
口元に笑みを浮かべると、かつても今も変わらぬ友人が、同じように笑みを返してくれる。
「せいぜい、大暴れしてこい。
生意気な若造に、死神の力を見せつけてやれよ」
「そのつもりだ」
胸を叩いた友の拳が、心地良い。
「そろそろ、よろしいでしょうか?」
それを待って話しかけてきたのは、ガレージの主であり、この場における唯一の女性――キャシーであった。
「ウォッカマティーニ。
この通り、完璧に仕上げさせて頂きました」
「ああ、見れば分かる」
うなずいて見上げたのは、オーダー通りのくすんだブロンズ色へ染め上げられた機体だ。
流線形をした戦闘機形態の下部には、機体と同等の全長を誇るガトリング・フォトンカノンが装備されており……。
上面の前部には一対のミサイルランチャーが、後部には、やはり一対の増設ブースターが取り付けられている。
本体とガトリングガンからランディングギアを伸ばし、お行儀よくガレージ内に収まっている機体は、力の解放を今か今かと待ち構えているようであった。
「なるほど、スコットはいい弟子を持った」
見れば分かる。
これを仕上げたキャシーの腕前が……。
銀河中を探し回ったところで、同等の腕前を持つメカニックは見つからないだろうとすら思えた。
「光栄です。
今さら、かの死神に解説すべきこともありません。
あたしの作った機体を、存分に乗り回して下さい」
「そうさせてもらう」
ベックの言葉に、キャシーが敬礼で返す。
バーテンダーとしてカウンターに立っていた時と比べると、それはいかにも真似事な……あまり、様になっていない代物であったが……。
少なくとも、その心は、集った男たちに伝播したようである。
一人……また一人と……。
軍隊でもないというのに敬礼を行い、やがて、全員がその姿勢となったのだ。
ベックもまた、返礼し……。
しばしの間を置いて、カスタム化されたマティーニ・タイプへと向き合う。
戦闘機形態の機体側面にはワイヤーウィンチが取り付けられており、コックピットへ乗り込むのを補助してくれた。
機体上面のハッチから、コックピットへと滑り込む。
――やはり、いい。
――しっくりくる。
去来するのは、そのような思いであった。
シートの座り心地といい、各種計器の配置といい、操縦桿を握った感触といい……。
あのベリング・タイプとかいう出来損ないとは、格が違う。
一朝一夕では到達できない技術の積み重ねが、ここにはある。
スイッチを入れると、軽い電子音と共に各種の計器が動き始めた。
同時に、モニターも起動し、ガレージ内の映像が映し出される。
すでに、キャシーを始めとする見送りたちは、外への避難を完了しており……。
この機体以外、内部に存在するものはなかった。
――カチ。
――カチ。
――カチ。
あまりにも慣れ親しんだ手順で、ジェネレーターに火を入れる。
すると、十二年の間に強化されたマティーニ・タイプは、かつて以上の力強さで起動してくれた。
軽く操縦桿を操ると、機体各所のアポジモーターが強力に作動し、ホバリング状態となる。
それを待って、ガレージのハッチが開いていく……。
バーテンダーのガレージは、即座の出撃が可能な造りとなっているのだ。
――こいつ。
――生きてやがるな。
完成度の高い機体に特有のレスポンスへ満足しながら、ランディングギアを収納する。
――待っていろ、アンジェ!
マティーニ・タイプが主の意思に応え、機体本体とガトリングガン……両方の推進装置を作動させた。
すると、文字通り流星のように……。
カスタム化されたマティーニは、星の海へと飛び出したのである。
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