バーテンダー
いわずもがな、パトカーのサイレン音というものは、その場で緊急事態が発生していると知らせるためのものであり……。
それが、ロピコ島内の至る所で鳴り響いている現状は、サイレンがサイレンとして機能していないといえるだろう。
「まったく、やかましいものですな」
――ニャア!
スコットが眉をしかめてみせると、カウンター上の猫が、同意するように泣いてみせた。
暇を持て余した結果、ついつい、ベックの調理場を借りてしまったのは、かつてバーテンダーとして働いていた性といえるだろう。
カウンターの上には、サケをベースに試作したカクテルがいくつも並んでおり、引退して尚、自身の創作意欲が衰えていないことを実感させられる。
『――ロピコ島内の皆様に、繰り返しお伝えします。
現在、島内には青の海賊団へ所属する海賊たちが不特定多数潜伏しており、当局がこれの対応に当たっています。
市民及び、観光客の皆様におかれましては、安全な場所から決して出ず、報道を聞き逃さないようにして下さい』
あれからつけっぱなしのテレビから流れるのは、アナウンサーの声と、セントラルタワーの映像であった。
――まあ、こうなるとは思っていましたが。
――ベック様も、派手にやられたものだ。
彼が潜入してから、アームシップを奪うまで……。
どのような攻防が繰り広げられたかは、タワー内部の出来事であり、知る由がない。
しかしながら、アームシップを奪い、中層部から飛び出してきてからは、その全てが、テレビ局のカメラに捉えられていたのだ。
スシ屋にいることであるし、あの光景を東洋の言葉で表すならば、このようなものになるだろう。
――鎧袖一触。
……と。
おそらく、各部品の品質基準が広すぎるのだろう。
青の海賊団が量産した機体は、同一機でありながら性能にブレが見られたが、ともかく、敵味方が乗っていたのは同じアームシップである。
にも関わらず、ベックが強奪したのだろう機体は、目立った損傷一つなく、八機もの同一機を単機で殲滅せしめた。
圧倒的な力量の差と、そう呼ぶしかない。
スコットの目から見ても、青に属するパイロットたちは下手くそな連中であったが、それ以前に、ベックが強すぎるのである。
そのベックが駆った機体は現在、セントラルタワー近くの地上部へ戦闘機形態で停止させられており……。
機体周囲は、即席のテントで覆われ、テレビ局のヘリなど外部からは中をうかがえないようになっていた。
この惑星ロピコを中立地帯とする立役者となったベックであり、当然ながら裏で行政ともつながりがあるため、そのコネを自身の正体秘匿へ活用したに違いない。
その他、テレビの報道から得られる情報としては……。
すでに、タワー内部には警察が突入を果たしており、次々と人質を解放しているようである。
やはり、マザーシップ……ひいては首魁たるハワードに見捨てられたのが大きいのだろう。
せっかく武装し、人質というアドバンテージを得ている青の海賊団であるが、すっかり士気を失っており、簡単に投降してしまっているようだ。
最大戦力であるアームシップ隊が、ベック一人の手で全滅させられたのも要因であると見てよかった。
「この分なら、そろそろ、ベック様も戻って来られますかね?」
――ミャア!
スコットの言葉へ、再び猫が同意を示す。
いや、これは野生の本能で気配を捉えていたのだろうか……。
店の主人が帰還を果たしたのは、まさにその瞬間だったのである。
「スコット! お前の協力がいる!」
言いながらノレンをかき分けたベックは、出かけた時と随分異なる格好だ。
全身をまとうのは、調理着でなく、ぴたりとフィットしたブランド物のスーツであり……。
元々がいかめしい顔つきなだけあって、マフィアのゴッドファーザーを思わせる雰囲気であった。
唐突といえば、あまりに唐突なイメージチェンンジである。
「ベック様。
タワーへは、ショッピングに行かれたのですか?」
だから、スコットはカクテル作りの手を止めないまま、そのようなジョークで返したのだ。
「こいつは、大統領が勝手に用立てたものだ。
まあ、血だらけで島内をうろつくよりはいいだろう」
スコットの問いへ律儀に答えたベックが、カウンターへ歩み寄る。
そして、スコットが試作したカクテルのひとつ――サケベースに抹茶リキュール等を加えたもの――を、ひと息で飲み干したのであった。
――ニャア!
そんなもの飲んでないで、私を構え。
猫の催促に応じ、最強の傭兵が頭を撫でてやる。
そのまま、再び、最初の要求を口に出したのだ。
「そんなことより、お前の力が必要だ。
バーテンダーとしてのな」
「ご覧の通り、いくつか試作品は用意しました。
きっと、ここのドリンクメニューを拡充できることでしょう」
手を広げながらの、冗談めかした言葉……。
それに対し、死神はふてくされたように椅子へと座った。
「冗談ばかりよせ。俺は今、気が立っている」
「……失礼しました。
察するところ、お嬢様は
「ああ」
ベックが、今度は別の試作品を手にする。
ライムを利かせたそれは、サケの味が存分に引き出せており、スコットとしてはなかなかの自信作だ。
「理由は分からんが、おそらく連中の本拠地へと連れ去られた。
乗り込むためには、あんなクズ機体じゃ駄目だ。
お前の手がけたアームシップがいる」
「そう言って頂けるのは嬉しいのですが、お話した通り、すでにバーテンダーの座は弟子へ譲り渡しています。
ホテルへ向かい、あの者へオーダーするのがよろしいかと」
「ふうん……」
ベックが、またしてもひと息で試作品を飲み干す。
いつ見ても気持ちの良い飲みっぷりであり、かつてに戻ったかのような気分だ。
しかし、それはあくまでも、気分の話……。
引退した以上、大人しく弟子に託すべきであろう。
「信頼できるのか?」
「私が太鼓判を押しますとも」
「なら……頼ってみるとするか」
話を終えたベックが、立ち上がる。
おそらくは、すぐにでもホテルへ向かうつもりなのだろう。
幸い、足となるアームシップはすでに入手していた。
「それはそうと、別の頼みだ」
「なんでしょう?」
「店を頼む。
……こいつらも、警察に渡しといてくれ」
ベックが見下ろしたのは、今だ店内で昏倒したままの若き海賊たちである。
タワー内で起きたのだろう惨状を思えば、こやつらは本当に幸運だったといえた。
「お安い御用です」
――ミャア!
私もいるぞ、とばかりに、カウンターの猫が鳴き声を上げる。
ベックは、そんな彼女の頭を撫でてやりながら、思い出したようにこう告げたのだ。
「ところで、だがな。
この試作したカクテルだが……」
「お気に召されましたか?」
味の感想を求めるのは、作り手の性。
やや身を乗り出したスコットであったが、返ってきたのは無情な言葉だったのである。
「日本酒ベースのカクテルとしては、どれも昔からあるもんだ。
オリジナルと言い張るには、ちと弱いぞ」
「……研究しておきましょう」
スコットの言葉を受けて、颯爽とベックが立ち去っていく。
――ニャア!
一緒に店へ残った猫が、慰めるように鳴いてくれた。
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