行方

 青の海賊団を改革するにあたって、銀河中から食い詰め者などを集め、組織の若返りと人員数の増強を図ったハワードであるが……。

 さすがに、マザーシップ艦橋という部隊の中核にあたる箇所となると、適当な人材を割り振れるものではない。

 そのため、艦長を始めとするオペレーターたちは、ハワードの思想に共感した貴重な古株など、選りすぐりの人間が配置されていた。

 まさに、現在の青にとって、精鋭中の精鋭であるといってよい。


「九機ものアームシップが、全滅しただと!?

 何かの間違いではないのか!?」


 その精鋭たちは、最高指揮官のややヒステリックな叫び声へ、密かに眉をしかめていたのである。


「間違いありません。

 映像を映します」


 オペレーターの一人がコンソールを操作し、艦橋内の前面に張られたメインスクリーンへアクセスした。

 すると、一部がウィンドウ化され、マザーシップのカメラが捉えた地上の映像を映し出したのだが……。

 そこには、確かに、一機のベリング――敵に奪われた機体だ――が、人型形態へと変形した友軍機のカトラスをかいくぐり、逆にコックピットへ刃を突き刺している姿があったのである。


 すでに、他の機体は致命的な損傷を受けて爆散してしまっており……。

 唯一、ジェネレーターへ直撃しなかった最後の友軍機が、カトラスを引き抜かれ、力なく地上へと落下していく。


 ――全滅。


 まごうことなく、全滅であった。

 映像がもたらす問答無用にして、真実の情報に、誰もが固唾を飲む。


「し……」


 口を開いたのは、このマザーシップで艦長を務める男だ。


「死神だ……。

 ロピコで眠っているはずだった死神が、目を覚ましたんだ……。

 しかし、なぜ……?」


 ――死神。


 現在の青では貴重となった古参の言葉に、オペレーターたちが色めき立つ。

 彼らの多くは、ハワードと同世代であり、直接的にこの傭兵と関わりを持つ者はいない。

 だが、この世界で伝説と化している男の呼び名くらいは、聞き及んでいたのである。


「死神……?」


「引退したと聞いていましたが?」


「それが、このロピコにいたんですか?」


 周囲の言葉に、艦長がうなずく。


「間違いない。

 七大海賊団で決めた緩衝地帯に、ここが後から加えられたのは知っているか?

 その理由が――奴だ。

 ウィル船長たちは、あいつただ一人の怒りを恐れて、ロピコに手出ししないと決めたんだ」


「自分たちは、そんな場所に乗り込んでしまったのですか?」


 尋ねられた艦長が、頭を抑えながら震え出す。

 その様は、さながら雷に怯える幼子のようだ。


「直接、手を出すわけじゃないから、大丈夫だと思っていた。

 分からない……。

 引退したはずの死神が、どうして単独で乗り込んで来たんだ?

 自分の縄張りに手を出せばこうなると、示威行為をしたいのか?」


 マザーシップの全てを統括する男が抱いた恐れは、乗組員たちへと次々に伝播していく。


「で、でも、当艦はもう、セントラルタワーのドッキングベイから切り離されたわけだから……」


「これ以上、手を出さないという意思表示になっているのでは?」


「初手でつまずいたのは残念ですが、別の星を足がかりにしていけばいいかと……」


 オペレーターたちが、口々にそのような言葉を吐き出す。

 すでに、セントラルタワー内やロピコ島内に取り残された兵たちは、見捨てる前提となりつつあった。

 そして、それは唯一真相――死神が乗り込んできた理由――を知るハワードもまた、同じだったのである。


「転進し、ファクトリーを目指せ。

 遺憾ながら、ロピコ占領は諦める」


 だから、艦長へ向けてそう指示を飛ばす。

 死神の脅威に心底から震えていた男は、喜々としてその指示を遂行し始めた。

 しかし、ハワードが撤退を決めた理由は、死神を恐れたからではない。


 ――死神よ。


 ――貴様の娘は、こちらの手中にある。


 ――乗り込んでくるがいい。


 ――今度は、全力で迎え撃ってやるぞ。


 ――私が改革した青の全戦力で、な。


 若き首魁の瞳に燃えるのは、怒りの炎だったのである。




--




 欲しかったもの――アームシップは手に入り……。

 敵の機体は全滅させた以上、もはや、恐れるものはない。

 だから、ベックは操縦桿を操り、セントラルタワー中層部――劇場エリアへと人型形態の自機を飛翔させたのであった。


 ロピコで暮らして十年以上経つベックであるが、あいにくと、観劇趣味などというものはなく、劇場に足を運び運んだことはない。

 だが、そのチケットカウンターがタワー外部へと張り出し、ガラス越しにロピコ島を睥睨へいげいすることが可能であることは、知識として知っていた。

 ゆえに、外から劇場の正確な位置を特定することは、極めて容易だったのである。


 アームシップ特有の豊富なアポジモーターを活かし、ホバリングするようにしてチケットカウンターへ取り付く。


「――!?」


「――!」


 すると、カウンター内で見張りをしていたのだろう海賊たちが、何事か叫んでいるのが見えた。


 ――構うものか。


 名も知らぬアームシップの拳を、ガラスで造られた壁に叩き込む。

 無論、相応の強度を有するそれが用いられているが、アームシップのパワーで殴りつけられたならば、ひとたまりもない。

 たちまち、ガラスが砕け散る。

 それはつまり、内外の気圧差で、チケットカウンター内に暴風が吹き荒れるということ……。


 見張りの海賊たちが、何かにしがみつくいとまもなく夜空へ吐き出されていったが、そんなことは、ベックの知ったことではなかった。


「――アンジェ!」


 自らが生きる希望の名を叫びながら、アームシップを滑り込ませていく。

 まるで、穴ぐらへ潜り込む人間のように……。

 圧倒的なパワーで匍匐した機体が、フォトンカノンを工具とし、慎重に劇場の扉を破壊する。


 外の物音が聞こえたからだろう……。

 幸い、扉周辺に人はいない。

 アンジェ以外の人間はどうでもいいが、なるべく、彼女の前で死人は見せたくなかった。

 開いた穴を、機体の上半身で埋めるようにし、気圧差の影響を抑えることも忘れない。


「うわ、なんだ!?」


「アームシップ!?」


「事故か!?」


 客席で驚き、叫んでいるのは人質にされていた観客たち……。


「く、くそ!」


「例の奪われた機体か!」


「な、何をしにここへ来た!?」


 そして、アームシップに対し対人用の小銃を構えるという無意味な行為にすがっているのが、ここを占拠していた海賊たちだ。

 いずれも、ベックからすれば興味はない。

 重要なのは、テレビ放送でアンジェたちを集めていた舞台なのだが……。


「――いない!?」


 名も知らぬアームシップのカメラが捉えた映像……。

 そこに、アンジェはおろか、子供たちの姿は誰一人なかったのである。

 そういえば、ハワードというウィルの息子も姿がない。


「おい! 聞いているか! ベリングのパイロット!

 オレたちに手を出せば、人質を殺すぞ!」


 客席の女性に銃を向けた海賊が、そう叫ぶ。


『殺したければ、殺せばいい』


 しかし、外部スピーカーで伝えたベックの返事は、にべもないものだ。


「え……?」


 海賊も……。

 ばかりか、人質にされた観客たちも、この返答は予想していなかったのだろう。

 二人だけでなく、劇場中の視線がこの機体――ベリングというらしい――に注がれた。

 そんなことには構わず、こう質問する。


『子供たちは、どこへ行った?』


「こど……」


『答えろ!』


 フォトンカノンの砲身を、海賊の一人に向けた。

 おそらく、砲口内へ光子が充填されていく様が、向こうからは見えているはずである。

 圧倒的な破壊エネルギーの予兆……。

 それに抗えるほどの胆力を、こいつらゴロツキ崩れが持ち合わせているはずもなく……。


「ま、マザーシップだ!

 ハワード様が、マザーシップへと連れて行った!

 すでに、ロピコ周辺宙域を離脱したという話だ!」


『なんだと!?』


 コックピットの中で、手近な計器を殴りつけた。

 よほどの安物なのだろう。

 それだけで、その計器はぐしゃりと破壊され、機能を停止したのである。


「……くそったれが」


 外部スピーカーはオフにし、つぶやく。

 敵は、アンジェを自身の勢力圏――おそらく、最も守りが固い場所へと連れ去ったのだろう。

 ならば、こちらの打つ手は……。


 死神は、怒りに燃えながらも、次なる手を考え始めていた。

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