禁じ手

 まるで――舞踏。

 ガーデンのカメラが捉えた映像……。

 そして、レーダーが捉えた敵味方の反応を見れば、そのように表現するしかない。


 奴は、死神はこの宇宙を――跳ね回っている。

 右から左へ、左から右へという、単純なものではない。

 脚部メインブースターと、背部の増設ブースター……。

 そして、全身のアポジモーターを操り、360度全方位を、予想のつかぬ動きで飛び回っているのであった。


 青の海賊団に属するアームシップたちは、圧倒的な数の優位を誇りながら、ただこれに翻弄されるばかり……。

 攻撃しようと接近すれば、瞬間移動じみた挙動で、別の場所へと跳ね飛ばれてしまっているのだ。

 そうして、敵が移動したポイントは、こちら側の背面や側面など、斬りつけるにたやすい位置なのである。


 死神の動きは、まるで周辺にいる敵機の全てを俯瞰で見通しているかのよう……。

 それだけでなく、数手先の動きまでも完全に掌握していなければ、こういった戦い方はできまい。


 あざ笑うかのように、こちら側の剣閃を潜り抜け、返す刃で斬りつけては、離脱していく……。

 着実に、確実にこちらの戦力を削っていく戦い方……。

 今、初めて、ハワードは死神の実力を、真の意味で理解しつつあった。


 初手のような、弾幕でこちらを削り取る派手さは存在しない。

 だが、触れることすら許されない剣舞は、達人としての力量を理解させるに十分なものであり……。

 何より、四肢持つ人型機動兵器――アームシップの真価を、存分に発揮しているといえる。


 砲やミサイルだけが脅威なのではない。

 アームシップという兵器は、人型での白兵戦ができるからこそ、強いのだ。


「すごい……」


「これが、伝説の傭兵……」


 見惚れるとは、まさにこのこと。

 オペレーターたちが、うっとりとした……本来、敵に向けるべきではない表情となった。


 もはや、打つ手は全て打っている。

 ハワードは、ただ状況を見守るしかなかったが……。

 その状況に、変化が起こる。


「――敵アームシップ、再びガトリングを装備!

 変形します!」


 おそらく、無線通信により、遠隔操作が可能な仕組みなのだろう。

 放棄されていたガトリングガンが、自身の推進装置を駆使し、ひとりでに主の手へと戻った。

 その上で――変形。

 こうなると、死神の狙いは明らかだ。


「――っ!?

 マザーシップらに、艦砲射撃を命じよ!

 死神は、防衛陣をすり抜け、このガーデンへ取り付くつもりだ!」


 例の圧倒的な直進的機動力をもって……。

 死神のマティーニが、ガーデンへ向け猛進する。

 彼我の間には、マザーシップ艦隊が存在していたが、そうと知った上で突っ込んできた理由は……。


「――駄目です!

 射線上には、多数の味方機がいます!

 撃てば、味方に甚大な被害が!」


「――ぐぬっ!」


 これこそ――相手の狙い。

 後背へ置いたアームシップ隊を盾とすることで、マザーシップによる砲撃を封じる作戦だ。

 また、アームシップ隊の方も、敵機を中心にピタリとマザーシップとの直線上へ位置しているため、やはり射撃することができない。

 アームシップからすれば、有効射程圏外であるが、それは、狙いを付けられるかどうかという話……。

 抵抗なき宇宙空間において、放たれたビームは何かに命中しない限り、どこまでも突き進んでしまうのだ。


「アームシップ隊とマザーシップ艦隊が、互いに人質とされた……!」


 歯噛みしながら、ふと気づく。

 これは……。

 これは、チャンスなのではないか?


 死神は、こちらが味方の犠牲を恐れて撃てずいると、油断している。

 その隙を突けば、今度こそ……。


 誘惑が、ハワードの脳裏を支配していた。

 もちろん、そのようなことをすれば、味方に大損害が出ることは承知している。

 しかし、損害は、あくまでも損害だ。

 かき集めた人材を含め、取り戻せないほどのものではない。

 何しろ、自分には……青の海賊団には、このガーデンがあるのだから。


 一時的な戦力低下はやむなしだが、しばらく……そう、一年か二年は亀のごとく閉じこもり、戦力の回復に努めればいいのである。

 何より、そうすることで、あの死神を仕留めることができるのだ。


 もはや、計算などではなかった。

 損得勘定など、度外視してしまうほどの感情に、支配されているのである。

 それほどまでに、あの死神が――憎い。


 満を持して行なった惑星ロピコ制圧作戦は、奴一人のために失敗し……。

 今はこうして、ガーデンにまで乗り込み、虎の子であったアームシップ隊を次々と減らしていく……。

 しかも、父親と……あの男と自分を比べ、遥かに劣るとすら断言したのだ。


 単なる敵では、済まされぬ忌々しさ。

 そんな相手を、自分がたったひと言命じれば、宇宙から消滅させられる。

 なんとも……。

 なんとも、魅力的な話ではないか。


「……て」


 我知らず、ハワードの唇が言葉を紡ぎ出す。


「え……?」


「は……?」


 よく聞き取れなかったか、あるいは、言葉の意味を理解しきれないでいるのだろう。

 オペレーターたちが、こちらを振り返った。

 そんな彼らに、再度、同じ指令を出す。


「マザーシップ艦隊に、艦砲射撃をさせい。

 攻撃はないと油断している死神へ、目にもの見せてやるのだ」


「し、しかし……」


「くどい!」


 躊躇するオペレーターに、強く命じる。


「損害が出るなど、百も承知。

 だが、今ここで撃てば、死神を仕留められるのだ。

 伝令せよ。

 ――撃て、と」


「しょ、承知しました!」


 自分に気圧され、オペレーターが慌てて伝令を開始した。


「これで、奴も終わりだ」


 ハワードは、そんな光景を見ながら、深々と座り直したのである。




--




「――む!?」


 戦いというのは、どこまでも人と人のぶつかり合い。

 そこには、意思というものが必ず生まれる。

 そして、ベックはウォッカマティーニの装甲越しに、確かな殺意を知覚していた。

 発生源は、前方――マザーシップ艦隊!


「ちいっ!」


 ただちに、機体を変形させる。

 次いで、背部の増設ブースターと右手に保持したガトリングガンの推進装置を、全力で左に噴射した。

 キャシーから禁じられていた、最大速での方向転換……。

 機体のフレームが甚大なダメージを受け、悲鳴を上げているのが分かる。

 もはや、再度の変形はかなうまい。

 しかし、それを押してもこのような機動を取ったのは――。


「――うおおっ!?」


 瞬間、対衝撃システムでも殺しきれない振動がコックピットを襲った。

 前方から放たれた、極太の光子ビーム群……。

 その内、ひとつが機体の右側をかすめていったのである。

 右腕は、肩口からガトリングガンごと消失し……。

 背部のブースターは右側が欠損し、右脚も膝から下が失われた。


 ――艦砲射撃。


 敵マザーシップの砲撃が、マティーニに痛打を与えたのだ。

 後方では、こちらを追尾していた敵アームシップたちが、巻き添えで甚大な被害を受けている。


「野郎、やりやがった!」


 およそ、あらゆる組織においての禁じ手――味方殺し。

 それを命じたハワードに対して、悪態をつく。

 もはや、ウォッカマティーニは、機能の大半を失いつつあった。

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