大将

「いいぞ!

 仕留めきれなかったのは、残念だが……。

 いや、この形こそ、いい!」


 ガーデンの司令部内で、ハワードは子供のようにはしゃぎながら立ち上がり、そう叫んでいた。

 カメラが捉えた映像を見れば、死神のマティーニは、右半身を失い半壊状態にある。

 また、見た目以上に内部構造はダメージを受けているのか、明らかに動きがギクシャクとしていた。

 すでに――死に体。


 ここで、ハワードの脳裏にある発想が生まれる。

 こうなったのは、天の采配……。

 今こそ、あの死神を自らの手で仕留める時なのだ。

 通常とは、明らかに異なる状態の思考回路が、ハワードに決断させた。


「マザーシップ艦隊と残るアームシップは、攻撃を中止!

 私が、ヴェスパー・タイプで出る!」


 その言葉に、司令部内がざわめく。


「ハワード様が、自ら出撃されるつもりですか!?」


「危険です!

 大きな犠牲は払いましたが、残るアームシップたちに、近接戦で確実に止めを刺させればよいかと」


「すでに、死神の機体は半壊状態……。

 アームシップ隊で、確実に仕留められます!」


 己が意に沿わぬ言葉の数々……。

 それが、ハワードを沸騰させた。


「この私が、あんな……砲も機動力を失った相手に、負けるとでも?」


「そ……」


「それは……」


 オペレーターたちが、押し黙る。

 所詮は、後方能力の高さを買って採用した人材たち……。

 曲りなりにも、色を冠する海賊団の首領に対して、強情に意見し続けられる胆力はない。

 だったら、黙って言うことを聞いていればいいのだ。

 全ては、結果のみが語るのだから。


「お前たちは、黙ってヴェスパーの出撃準備を急がせい!

 私は、格納庫に向かう!」


 そう言い残し、司令部を出る。

 何もかもが、気に入らない。

 気に入らない、が……。

 この激情は、死神を殺すことで収まるだろう。




--




「悪いな、キャシー。

 機体は五体満足に持ち帰ると約束したが、ありゃ嘘だ」


 機体は半壊し、アームシップの取り柄といえる変形が不可能。

 主武装たるガトリング・フォトンカノンも、消失した状態。

 対して、敵は同士討ちから数を減らしたものの、いまだに圧倒的多数なり。

 絶望的な状況の中で、死神は笑みを浮かべていた。

 何故ならば……。


「にしても、随分と挑発が効いたようだな。

 まさか、自分の手で止めを刺しにこようとするとは……」


 奇妙にも、追撃することなく動きを止めた敵たち……。

 その様子と、装甲越しに発されているパイロットの困惑から、ベックは状況を正確に把握していたのである。


 ハワードという男が、子供じみた負けず嫌いであるというのは、ホテルの情報収集からプロファイリングした結論であったが……。

 どうやら、自分の想像以上に、その推理は当たっていたようであった。


 まったくもって、愚かという他にない。

 さしものベックといえど、この状況で残るアームシップに殺到されれば、どうにかして組み付き、機体を奪い取るくらいしか道はなかったのだ。

 そこへ、わざわざ敵の頭が、乗り込んできてくれる。

 逆転の好機としか、言いようがないだろう。


 だから、コックピットの中で腕組みし、静かに待つ。

 そうしていると、小惑星を改造した敵の拠点から、一筋の光が飛び出してくるのを確認できた。

 光の正体は、アームシップの推進装置が生み出す噴射光である。


 その速度は、なかなかのもの……。

 ホテル製の……しかも、カスタマイズされた機体に間違いない。

 ウォッカマティーニのすぐ近くまで飛翔してきた敵機が、変形し、アームシップ本来の姿を取った。


 カスタムの原型となったのは、ヴェスパー・タイプと呼ばれるアームシップだ。

 特徴的なのは、白兵戦にとことんまで特化したその設計思想。

 骨格である細身のフレームは、他機種よりも柔軟な関節構造を持たされており……。

 装甲は、回避を前提とした最小限のもので、一部に至ってはフレームそのものが露出している。

 センサー類を集約させた頭部には、昆虫のそれを思わせる複眼式カメラアイが装備されており、どことなく、凶悪な印象を見る者に与えた。


 全身を蒼く染め上げたこの機体は……。

 本来の持ち主は……。


「ウィルのカスタムヴェスパーか。

 小僧……。

 そいつは、お前ごときが乗っていい代物じゃねえぞ?」


 我知らず、怒気を発しながら、オープンにした通信回線へ呼びかける。

 先の挑発時と同様、こちらからの呼びかけへ応じずにいられないのだろう。

 モニターにウィンドウが開き、敵の顔を映し出す。


 映し出された、敵機のコックピット内……。

 ご丁寧に、ハワードはパイロットスーツを着ることすらなく、そこへ乗り込んでいた。

 絶対に負けることはない状況だと、確信しているのだ。

 こいつの場合、それは余裕ではなく、無知と経験の浅さからくる慢心なのである。


「王たる者が玉座へ座るのに、何を遠慮する必要があるというのか」


 まるで、舞台上へ立った役者のように……。

 大げさな身振りを交えながら、ハワードが肩をすくめた。

 こちらを小馬鹿にしたような態度と眼差しは、その実、憎しみの裏返しである。

 そのようにして、自分こそが優位であると、己へ言い聞かせずにはいられないのだ。


「この機体は、青の海賊団を率いる者のために用意されたもの。

 正当なる後継者である、この私こそが今の主なのだ」


「青の海賊団を率いる、ねえ……。

 てめえで仲間を手にかけておいて、よく言いやがるぜ」


「高度な戦術的判断だ。

 現に、貴様は死に体ではないか?」


 ――ぬけぬけと。


 そう思いつつも、頭の芯を冷やす。

 感情に支配されるのは、眼前の敵だけでいい。

 こちらは、それを操り、圧倒的不利を優位ヘと変ずればいいのだ。

 だから、口を開く。

 時に、言の葉というのは、光子ビーム以上の威力を持つ武器となるからである。


「俺が死に体?」


 言いながら、操縦桿を操った。

 ウォッカマティーニが、ベックの意思を受け、片腕で肩をすくめるように動作してみせる。


「まだ、左腕も左脚も残っている。

 カトラスだってな。

 お前ごとき小僧を葬るなら、ハンデが足りないくらいだ」


「……言ってくれる」


 挑発の効果は、やはり――絶大なり。

 薄く笑んでみせるハワードだが、それが余裕からもたらされるものではなく、屈辱によるものなのは明らかだった。


「ならば、お相手願おうか」


 そう言うと、眼前の敵機……。

 カスタム化されたヴェスパー・タイプが、腰から得物を引き抜く。

 折り畳み式のそれは、カトラスではない。


 ――レイピアだ。


 刺突を主体とする刃物であり、ウィルが得意としていた武器である。

 火器に頼ることなく、己が得意とする剣技でもって相手を仕留める……。

 先代青の海賊団船長は、そういった戦い方を好んでいた。


「かかってこい」


 ベックもまた、自機の残る左手でカトラスを引き抜く。

 互いに武器とするのは、分子振動式の刃のみ。

 今――決闘の幕が上がった。

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