決闘
「――いくぞ!」
ハワードが、そう言い放つと同時……。
ヴェスパー・タイプが、両脚のメインブースターを噴射する。
そこから繰り出されるは、レイピアによる――刺突。
得物の特性を活かした攻撃だ。
「ふん……」
軽量化された機体が生み出す突進力と、柔軟な関節構造によるしなるような一撃……。
それに対し、ベックは打ち合うことなく、回避運動を取った。
生き残った左側の増設ブースターが、翼のように挙動し、機体を横滑りさせたのである。
初撃は、大きく間合いを取ることで回避。
しかしながら、レイピアという刃物が厄介なのは、ここからだ。
「――そら!
そら! そら! そら!」
興奮した様子のハワードが、大声で叫ぶ。
ヴェスパー・タイプはそれに呼応し、初撃のそれと同等の刺突を、連続で繰り出してきた。
鋭く突き、素早く引く……。
スコットが苦心して完成させた格闘用フレームは、フェンシングの達人めいた挙動を実現している。
それに対し、フレームを分解するギリギリまで痛めつけてしまったこちらは、少々分が悪い。
背部の増設ブースターや生き残ったアポジモーターを駆使し、滑るような動きで回避するのが限界だった。
だが、このような動きは、あくまでも苦し紛れのものである。
機能十分なヴェスパー・タイプからすれば、動きを捉えることはたやすい。
「ははは……!
どうした死神?
動きが鈍いぞ!」
ハワードの言う通り……。
徐々に、レイピアの切っ先がウォッカマティーニへ触れ始めた。
それらは、刺し貫くほどの攻撃ではない。
あくまで、装甲を擦過し、薄く傷つける程度のものである。
だが、確実に追い詰められているのは、間違いなかった。
「やはり、二流……いや、三流だな」
そんな状況の中、口をついて出たのは変わらぬ挑発の言葉である。
「装甲に傷を付けたことが、そこまで嬉しいか?
俺もマティーニも、まだピンピンしているぞ?」
「……減らず口を」
突き出された切っ先は、カトラスで弾く。
この決闘において初の、分子振動剣同士による衝突。
相手の動きを利用したそれは、体勢をわずかに崩れさせ、彼我の位置を入れ替えた。
「間合いが甘い」
冷たく言い放つ。
「踏み込みも足りんな。
ウィルはこう言っていたぞ。
舞うは蝶のごとく、刺すは蜂のごとくってな。
それを踏まえると、お前の動きは下手くそのストリートダンスだな。
センスもリズムも、何もかも足りん」
「貴様……」
通信ウィンドウのハワードが、怒りで顔を歪める。
満足に動くこともできない相手によって、軽くあしらわれたのだから、これは当然のことであった。
「もっと思い切れ。
俺が憎いのだろう?
その手で殺したくて、わざわざ出端ってきたのだろう?
装甲を撫でていたところで、命までは届かねえぞ?」
「……いいだろう」
またも挑発に乗り、ハワードが肩を震わせる。
そして、一見すれば感情の消え去った――その実、表情として表せないほどの怒りを抱えた顔となり、言い放ったのだ。
「――死ね」
ここが――勝負所。
--
ヴェスパー・タイプを操り、必殺の刺突体勢となる。
父がカスタムさせたこの機体は、通常のそれよりもさらに装甲を削っており……。
至近距離での踏み込みに限れば、増設ブースターを装備した機体に匹敵するものがあった。
これに加え、しなやかな関節構造の生み出す伸びがあるのだから、対峙する相手から見れば、訳も分からぬ内に刃を突き立てられたような感覚となるだろう。
それを――打ち込む。
「――ハアッ!」
気合いを込めた雄叫びに、機体の方も呼応し……。
先までのそれとは比べ物にならない鋭さの刺突が、半壊したマティーニへと突き出される。
対して、死神は……わずかに身を捻るのみ。
そもそも、内部フレームに至るまで、致命的なダメージを負った状態なのだ。
パイロットである死神が反応できようができまいが、機体側がそれに応えられないのである。
「――取ったぞ!」
機体のマニピュレーター越しに、確かな手応えを感じた。
ヴェスパーの突き出したレイピアは、敵機の胴体――人間でいうところの、脇腹へ突き刺さっている。
アームシップ共通の構造として、この部位にはジェネレーターが存在しており……。
誰がどう見ても、ハワードの勝利であった。
だが……。
「残念だったな」
不可解なのは、通信ウィンドウに表示された死神の顔である。
きついスモークがかかったバイザー越しに見せたのは――笑み。
何もかもが、思惑通り……。
勝利を確信した男の顔だ。
とてもではないが、次の瞬間にもジェネレーターの爆発で消滅する人間の表情ではないのである。
「俺の――勝ちだ」
死神がそう言った瞬間、マティーニも動く。
脇腹を貫かれたまま、敵は左手のカトラスを振り下ろしたのだ。
狙いは――レイピア。
刺突に特化した剣の宿命として、横合いからの衝撃には弱く、それだけでたやすくへし折られる。
「な……あ……」
――何故、動ける?
――何故、爆発しない?
頭の中には様々な疑問が浮かぶものの、それは上手く言葉にできない。
そして、虚を突かれたハワードの膠着は、あまりにも致命的な隙であった。
死神のマティーニが、レイピアをへし折った動きから続いて、今度はこちらのコックピットにカトラスを突き出す。
その動きがスローモーションのように見えたのは、相手の機体が半壊していたからではなく……。
死の間際に発揮される、極限の集中力が成した技である。
つまりは……手遅れということ。
野望に燃える若き首領が最後に見たのは、コックピットハッチを貫くカトラスの切っ先であった。
--
「甘いな。
人間の臓器と同じでよ。
どこを突き刺しても、致命傷になるってわけじゃねえ。
お前に刺させたのは、ジェネレーターの間に存在するわずかな隙間だったのさ」
亡き友の遺品であるアームシップに刃を押し込み……。
最後の情けとして、敗因を教えてやる。
もっとも、それが届いたとは思えないが。
勝負を決したのは、まさしくベックの職人芸であるといえるだろう。
機体が致命傷を負わぬよう、巧妙に刃をすり抜けさせる。
言葉にすれば簡単だが、実現することのなんと難しいことだろうか。
まず、機体の内部構造に熟知しているのは当然として、コックピットの中にいながら文字通り人機一体となって、これを操る必要があった。
その上で、敵機の太刀筋を完全に見切り、狙い通りの場所に刺させるのである。
ベック以外の人間には、まず、不可能であるといってよい。
「さあて、と……」
すでに、機体の腹へ突き刺さった刃は、分子振動を停止しており、たやすく引き抜けた。
その上で、周囲の状況を確認する。
ウォッカマティーニのカメラアイが捉えたのは、動きを止めた敵たちの姿だ。
指揮官を失ったことで、戦意喪失したのは明らかであり……。
ここに、戦いは終結したのである。
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